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2013年3月12日火曜日

2 years and still counting (2)

Continued from here


So...I was not able to attend the prayer this year.

I was kind of expecting that Facebook would be a full of posts about 2 years ago, but things were more 'as usual' than I thought. More pictures of babies of my ex classmates, more shared posts of George Takei, more posts by our Ministry of Foreign Affairs - all of which do not talk about the earthquake. I know this is a good thing. Facebook is full of fun. But then again, I feel a bit guilty for enjoying it.

It is not that everyone is forgetting about it. It is not that everyone is 'done' with the past. And I should embrace the fact that we are finding things that make us happy everyday despite that we had a horrible, horrible disaster which took away lives of so many.

But then again, I feel guilty.

It is partially because I am away. It may be because I have not done much for the people suffering. 

So...on this day (though it is not technically March 11th now) I once again swear to myself: I will keep searching for ways to help out.

I hope this feeling of 'guilt' keeps me going. Going in a sense that I will do whatever I can, to make up these 2 years of being away from my people, those days which I could have spent for my people.










2013年3月11日月曜日

2 years and still counting

We 'fixed' Kanna

"Romba dull..."

The usual irritating expression to describe me being a bit down. The usual day with classes. The usual blackout hours.

But today is not the usual day. It is March 11th.

And yet, frankly, I do not think my classmates even remember what happened 2 years ago.

Well, I cannot blame them. I do not recall when an earthquake hit Darjeeling/northeast a while ago. Nor can I remember the exact date  for the Mumbai attacks. Sorry, but it's true.

And for me, too, the painful memory of the disaster is slowly becoming the-memory. 

I always thought "not a single day passes without thinking about that day." To be honest, not anymore. I do, of course, think about it a lot. I do. But lately I have been having days when I am free from the fear, the devastating fear, that we experienced that day. And those happier days are increasing in number.

It is a shame, I think. How can I ever live without thinking about those people who are still suffering, away from their home, living in temp houses, missing their family, searching for their loved ones....??? I should never live without it. But it does feel nice to be away from these thoughts and be a happy person.

Speaking of a happy person:

I was not a happy person for many years. I mean, I had not been. I was dragging some pain since 2004 because of something which happened in March. Every March, I was sorta in a small depression, thinking about it over and over. I used to tell my friends how difficult it was to get over it. I was so convinced I would not overcome it that (I think) I even told myself to be in a state of being super sad during the entire month.

Then March 11th 2011 came. My life changed. Our life changed. All of us.

At the beginning of March 2011 I was expecting my sadness would hit me soon, as I had been doing for the past few years. Then the earthquake. I did not even bother about my past anymore. Gone.


Personally, I am a bit grateful in a sense that my 2004 is no longer a 'big deal.' It is a tiny tiny issue compared with the loss we had as a country.


But this does not mean it is better that way. Being sad about myself is just replaced by being sad about other people. Does it make it any better? No. It is worse. It is not just about me anymore. It is about us, our country, and our land.


Last year I put on an Internet radio to offer a prayer at the time when we had the quake a year earlier. This year I was stuck in my classroom, listening to my teacher talking about how one SHG became a failure case. It felt wrong.

This is what I am afraid of: not being able to have at least once a year at the right time when I do think about that day, and offer a prayer for those who have lost their lives and who are still suffering. Not being able to do it, and slowly forgetting the past.

To be continued...








2013年3月2日土曜日

Lakh, Crore, 予算!

こんにちワン。


めがね

昨日のThe Hinduの一面、のイラスト。

このめがね、このちょっと前屈したような感じで歩く人。


そのかばんに予算案が入っているのかい

Chidambaram財務相(大臣?)です。

おととい、デリーで来年度の中央政府予算案がChidamrabamによって
議会に提出されました。

次の日(昨日)の新聞は22ページ中11ページが予算案の分析にあてられ
それに続く社説や地域欄も予算の話ばかり。

たいていどれも「どこそこのことを考えていない」という
非難の声が多いのだけれど、
経済学者なんかは「バランスとれてるね」などと
ほめたりしているので
悪くない予算なのではないでしょうか。

去年は新聞読んだり読まなかったりで気がつかなかったけど
予算案に国中が注目している、というか
予算案をフツーの人たちも気にしている、というのは
日本ではないことだよなぁって思います。

数日前のIndian Railwaysの予算案が出たときも新聞はその話ばかりでした。
IRは国が運営するインド列車の会社で
そのネットワークは世界一、
確か雇用している人員数も世界一だった気が。

電車は短距離から長距離まで、
お金のない人から中間層、お金のある人まで、
みーんなが使うインドのメイン交通機関。

だから国中がIRの予算や
それにともなうサービス向上、運賃値上げ等に興味を持つのはわかる。

でも国の予算まできちんと見ているなんて、ね。

荷物運びをするporter/coolieの人たちが
デリーの駅のでっかい画面で
大臣が予算の話をしているのを熱心に見ている
そんな写真も新聞に出ていました。

日本で政府の予算案に目を通した記憶がない私。。。
はずかししいことですよね。


まぁいくつか思ったことを書きとめておきたいと思います。


まず、収入が1億ルピーを超える人たちだけ
10パーセント追加で税金を払うというもの。

日本やアメリカでもよく富裕層からもっと税金を回収しろと
よく言われますが、なかなか実施が難しいことだと思うんです。

富裕層から反対されるし、
富裕層は政治家とつながってるし、
なかなか実現は難しい。

それをしれっとやろうとしているインド。

で、これが、もともとお金のある人からの提案だったというのが
Pleasantな驚き。

Azim PremjiはWiproというITからエンジニアと幅広くやってる会社の会長さん。
ちと前までインドで一番のお金持ちだった人です。
(インドで一番のお金持ちはマハラジャじゃないですよ!)

慈善事業家としての彼の活動について学んでいたので
インドでもビル・ゲイツのように
社会に貢献しているビジネスマンがいるのはすばらしいことだと
常に思っていたのですが、
この10%プラスの話はPremjiさんの提案だったとのこと。

Premjiさん、やりますね!
そしてそれを予算にきちんと組み入れたChidambaramもエラい!


とは思うのですが。

新聞をあちこち読んでいて感じたのが
バッシングが大臣に向けられているということ。

もちろん、責任者は彼だと思うのだけどね。

まさか、彼がぜーんぶ予算を書いているわけではないでしょう。

財務省職員がおそらく毎日徹夜でこつこつと仕事をして
(ってなことはインド公務員ではありえないか…)
お金をたくさん払って経済学者にもアドバイスをもらって
それで作ってる予算でしょう。

それなのに「大臣は自分たちのことを助けてくれない」と
言うのはなんか変じゃないですか、ね?

まぁ、いいけど。


お金持ちだけじゃなくて、庶民の私たちにも関わることが
予算案にも多く盛り込まれています。

税金の変化等で値上げが見込まれるもの:
2,000ルピー以上の携帯電話
SUV
40,000ルピー以上の外車
800cc以上の輸入バイク
輸入ヨット
たばこ
エアコンつきのレストランで食事
500万ルピー以上の不動産
1000万ルピー以上、2,000平方フィート以上の家
大理石
輸入絹
駐車料金

安くなると思われるもの:
ブランド既製服
宝石
輸入ヘーゼルナッツとオーツ麦
タピオカ
輸入トラック

うぅむ。

大理石も宝石も関係ないけど、エアコンレストランの件は気になります笑
たま~に、行くので。。。

インドではエアコンのついているレストランでは
エアコン席とそうじゃない席と別になっていて
エアコン席はメニューが別です。

食事内容が別なんじゃなくて、値段が高いってことね。

エアコンは電気(=資源)をくってるので、
その分顧客にもっと払わせようということなんですね。

エラい!

とは思うけど、A/C席は今後控えようかなとも思います。。。苦笑

さっき庶民に関わると書いたけれど、こうやって並べてみると
やっぱり中間層から富裕層のほうが打撃を受けるような気がしています。



タミルナドゥ関連ではKudankulam原発周辺の開発に
15億ルピーの支出。

日本の地震のあとから核反対運動が起こっていて
なかなか稼動がはじまらないKudankulam。

今住民が格放棄と叫んでいるのは
もちろん安全面に憂慮してということなのだけれど、
政府は「開発」と銘打ってお金をばらまき、
人びとをひっくるめて黙らせようということなのでしょうか。

その一方で80億ルピーが
風力発電関連に使われるようです。

核なんてやめて、風力とか水力とかもっと開発すればいいのにね。。。


100億ルピーを資本に女性のための銀行を設立。

インド農村部では女性が銀行でお金を借りるというのはまだ難しい話で
そんなわけで自助努力グループ(Self Help Group, SHG)を作って
グループでお金を借り入れるということがずぅっと行われています。

SHGとこうしたローン(いわゆるマイクロクレジットですね)のおかげで
女性が銀行に行くという機会が増え
女性がこうした資金を元にプチビジネスをはじめる
なーんてこともあるのだけど。

まだまだ銀行に行くぞという女性が個人では多くないというのが実情なわけで。

男性銀行員と話がうまくできなかったり
銀行でハラスメントを受けたりと、
女性は銀行でもトラブルにあっているのです。

そんなこんなで政府が「じゃぁ女性の銀行作っちゃおう」
というわけですね。

まぁ悪くない話なんだけど、
根本的な問題(今ある銀行の女性への態度や考え方)は
どーでもいいんか、と思ってしまいます。


全体的に、インド政府がさまざまな分野で
どのくらいお金を使おうとしているかというと

農業関連 18,781 crores
産業関連 48,010 crores
経済サービス関連(?) 31.602 crores
農村部開発 56,438 crores
交通関連 1,33,488 crores
福祉・社会サービス 1,93,042 crores
灌漑・防洪水関連 1,200 crores
通信関連 12,380 crores
その他サービス 9,307 crores
発電 1,58,287 crores
化学、テクノロジー、環境関連 17,587 crores
合計 6,80,123 crores

なんのこっちゃ!

と、思う人もいるでしょう。

はじめにインドに足を踏み入れてからずーっとやっかいだなと思っている、
インドのお金(や数字)の数え方。

2年近く住んでいてもまだぱっと頭が切り替えられない。

上記「1000万ルピー」なんてのは
今数えて私が書き直しているものなんですね。

もともと数字は苦手な私は
アメリカで勉強していたときに「Million, Billion, Trillion...」が
なかなか頭に入らなくって、苦労したんですよ。

それがどーにかこーにか5年でしっくりくるようになったのに
今度はインド式。。。


ということで、インドに来る人は知っておいたほうがいい、
インド数え方。


インドや南インドの各地では、
日本で「百、千、万…」が使われるように
Lakh, Crore,...」が使われます。

1 lakh というのは 10万のことです
英語では One hundred thousand。

1 crore というのは 100 lakhs もしくは 1000万のこと
英語では  10 million。

ここからがなんか厄介なんですー。

100 crores は 1 arab
100 arabs は 1 kharab
と上にまだまだたくさん単位があるのだけれど、

なぜかインドではCrore以上にお目にかかりません

だから100 crores は 1 arab じゃなくて 100 croresって言うんですね。

それと、表記の仕方。

英語表記では

One 1
Ten 10
 One hundred 100
 One  thousand  1,000
 Ten thousand 10,000 
One hundred thousand 100,000
One million 1,000,000
 Ten million 10,000,000

って書くじゃないですか。

それがインドでは

One 1
Ten 10
 One hundred 100
 One  thousand  1,000
 Ten thousand 10,000
One lakh 1,00,000

Ten lakhs 10,00,000 
One crore 1,00,00,000 

になるんですよ。

そのコンマ何?みたいな。。。

まぁ、インド式に読むならこちらの方がわかりやすいのだけど。。。


そんなこんなで組み合わせると
One lakh crore なんて言い方も出てくるんです。

Crore(1000万)× Lakh(10万) = 1兆
もしくは One trillion (1,000,000,000,000)

なんですが、表記は

10,00,00,00,00,000

となりますね。。。

あぁ、ややこしい。


で、さっきの予算の話に戻ると、
全体の支出が 6,80,123 crore rupeesとあり
これは6 lakh 80 thousand 123 crore rupeesですよね。
おおよそ6.8 lakh crores、6兆8000億ルピーになります。

これは今日のレートでおおよそ11兆600億円
123 billion US dollarsもしくは1230億USドル。


…なんか、合ってるのかわかんなくなってきた。。。

ひとけたふたけた間違ってたら大変だけど、
財務管理専攻とはいえ文系なんで苦笑

この数え方はお金だけではなくって普通にものを数えるのにも使われるので
 1 lakh people とか言われると、
うーん、あぁ、10万人ね。。。と多少私にはタイムラグが生じます。。。

おそらくlakhやcroreはアラビア語とかヒンディ語が元になっている単語なので
タミルの人の中には(タミル語ではないから)
英語だと思っている人がいるのです。

経済の国際化のど真ん中にいるようなインドで
若い学生たちがまだlakh croreと言っていていいものか、と
たまに思うのですが。


さて。

この予算案について思うことが多々あったのだけど
容量オーバーなので今日はここまで。


ちなみに、財務相はタミルナドゥの出身なんだってさー




2012年9月12日水曜日

拝啓黒い影さん 1 1/2 year later

拝啓 黒い影さん


モンスーンがやっと来るのかと思ったら
今日のように暑い日もあり
体調管理が難しい今日このごろ、
お元気ですか。


昨日、今日と
突然の訪問、びっくりしましたよ。

サプライズもいいけれど
停電してるときにあなたがしゅるっと通ると
心臓に悪いので
次回からはぜひ事前に知らせてくださいね。


最近わかったのだけど、
あなたの石鹸好きは変わらないんですね。

私が買ってきたHimalayaの石鹸
毎晩バスルームでかじってますよね

食べちゃいたいほど石鹸好きなんですね?

週末にNilakoittaiでプラスチックの石鹸ケースをもらってきて
私の石鹸入れておいたのだけど、
あけて使ってますよね

石鹸ケースに入れたのは
使わないでね
って意味を込めたのだけど。

プラスチックケースの障壁なんか屁でもないくらい、
石鹸がとてつもなく好きなんですね?


今日なんか石鹸好きの気持ちがおさえられなかったようでしたね。

私がバスルームに入ったとき
あわててあなたがから出て行くの
見たんですよ

いつもは夜にこっそり出てきますよね?
もう、なりふり構わず石鹸をかじりたいんですか?


ごめんなさい。

私のバスルームや石鹸を共用したい気持ちもわかるけれど、

申し訳ないけれど、
おねずのあなたとは
うまくやっていけそうにないです。


寮母に話したから
穴はふさいでしまう予定になっています。

コワいおっさんが毒でもまく前に
出て行ったほうがいいと思いますよ。


今日も石鹸かじりで忙しいでしょうから
お返事はけっこうです。


お元気で。
敬具



ぼけぼけ~

VPPの話の続きも書かなくちゃと思うのだけど、
なんだか頭が集中できません。

ということで少し前の写真。

ぼけぼけ写真をあえて選んでいるのは
被写体の皆さんに許可とってないからなんですよ~
(ゴメンナサイ)。

以前に勤めていたNGO
今回は10名を越える日本からの皆さんを
わが大学でお迎えしました。

一応うちの学科が受け入れ先ということで
VPPの後半組(理系)のアレンジで
クソ忙しかったであろう学科スタッフの先生にお願いし
おそらく有意義なプログラムになったかと思います。

最後の夜は
うちの大学の生徒と日本からのお客様と
一緒に夕食を
ということで、
来るメンバー集めに当日翻弄していたのですが、
東北部の生徒たちが快く
「行くよ~」と言ってくれたので
なんだかインドなのに
東南アジアの子たちと交流しているような
そんな絵になってしまいました。

まぁ、顔つきが似てるから
私も東北部の子たちの方が
なじんで話ができるんだけどネ。


さて、問題です。

この写真の中にインド人は何人いるでしょう?


答えは。。。。また今度。

● ● ●


9/11から11年、
3/11から1年半ですね

NYCではすでに事件の記憶が風化していると言われているそうです。
私なんか11年も前のことなんだって思ってるけどね。

でも、3/11からはまだ1年半しかたっていないんだと思う。

あれからたくさんのことがあったからかな。

ずっとずっと前のことのように感じる。

もしかしたらアタマが忘れたいと思ってるのかもしれない。
絶対忘れちゃいけないことなのに。


こんな節目のときに、
タミルナドゥでは新しい原子力発電所の稼動までカウントダウン
と言ったところです。

昨日は燃料運び込みに反対する地元の住民たちが
近くの浜から発電所に向かっているところで
警察と衝突。

なぜか飛び火で別の場所で警察と衝突した
漁師が撃たれて死亡。

警察との衝突は正当化するけれど
亡くなった漁師の家族にに
「なぐさめ」のお金を配布する州知事。

なんだかなぁ。


前から言ってますが
私は原子力のおかげで快適な生活を送っていたので
東京電力にすべて責任をとってもらうっていうのは
個人的に主張できないと
考えています。

かといって、地元の人が
雇用なんかいらない
原子力の電気なんかいらない
そう言ってこの発電所に反対してるのに
政府がそのままゴーサインを出してるのって
どーかと思うんです。

一応、日本人のキモチも考えてほしい
とか思っちゃうわけ。






2012年3月12日月曜日

Find Ways to Help できることからはじめよう



  ■   ■   ■   ■   


3月11日金曜日
日本で地震が起きた。っていうか日本のあちこちで。
交通機関は止まってるし
みんな歩いて家まで帰ったし
悲惨な状況。
疲れた。眠い。
今夜はお兄ちゃんのアパートに泊まる。


  ■   ■   ■   ■   



これが去年の今日、書いた日記。インクの出が悪い赤ペンで走り書きしてあります。

あの日は、1年後暑い南インドで学生やってるなんて考えられなかった。

っていうか、行くのやめようって思ったもんね。


今日は日曜日。

おとといからやってるマーケティングの課題がなかなか終わらず、でも朝から時計とにらめっこ。

11時16分(日本時間14時46分)になったら黙祷をしようと、決めていたのです。

昨日の夜、ネットで追悼式典などストリーム放送があるとわかったので

11時にワイヤレスのモデムの電波がよさそうな屋上に行きスタンバイ。

でも「昼間は電波悪い」法則が今日だけ例外ってことはなく、

国歌もとぎれとぎれにしかきこえない。

一緒に歌ったけどね。

黙祷の合図も結局聞けなかったから、時計を見て1分間、東を向いて黙祷。


そのあと部屋に戻ってNHKラジオのニュースを聴くと、

震災関連の話題ばかり。

ドアをあけっぱなしにしてたんだけど何度も何度も涙が出そうになりました。


1年前、「できることからはじめよう」と友人に呼びかけました。

結局自分にできることはあまりなかったので、

留学の道を選びました。

今も、今の自分にできることは

日本で何が起きているかをきちんと知ること、

こちらの人にも日本の状況をわかってもらうこと、

これくらいだと思っています。

あとはFacebookで震災関連のニュースをシェアすること。

そして、忘れないこと。ぜったい、忘れないこと。


今日も何かできないかとずぅっと考えていました。

海へ行って献花しようと思ったり、

震災に関するチラシを作ろうと思ったり。

でもアクションにまでなかなかこぎつけず、気がつけば11時。


せめて、今日会える人たちには1年前何があったか伝えようと思って、

英語と、ヒンディー語と、タミル語と、マラヤラム語で、

1年前に大地震があったことを紙に書きました。

そして

今日日本の人たちのために祈ってもらえますか、と書きました。

(もちろん英語以外は友だちに頼んで書いてもらいました)


大学敷地内のお寺に連れて行ってもらい、お参りに来ていた人にメッセージを渡しました。

祭司の方にも読んでいただき、お祈りをお願い。


寮では、停電の中部屋を回って(超迷惑)

メッセージを読んでもらいました。

「もちろん、日本のために祈るわよ」

「日本のためにがんばってるね」

「もう1年なんて信じられないね」

とみんなからあたたかい言葉をもらいました。


だからやっぱり思うのです。

私はお金もないし、

気の利いたことも書けないし(こだまでしょうか?)

アーティストでもないし、

政治家でもない。

だけど、私にもできることってあるんです。

だから、できることからはじめよう、

改めて思いました。


また、寮の子たちとの会話の中で、

自然災害はどこにでも起こりうること、

災害以外にも世界にはたくさんの問題があること、

再認識しました。

これからもっともっと、私の「できること」が増えていくように、

これからもがんばって日々を過ごそうと思います。


(写真は、黙祷をしたあとの私です…)






2012年3月11日日曜日

BOP2 スイカにマサラ

こんばんワニ




日本は寒いと思うのだけれど、南インドはスイカのシーズンでやんす。


大学の敷地内を突っ切っている線路の踏み切りのとこで毎日誰かが野菜とか果物を売っているのですが、最近はもっぱらスイカ売りです。


昨日授業のあとお腹すいたなーと思ってキャンパス内のお店に行ったら閉まっていたので、腹へったーとダラダラ歩き、スイカやさんまでたどり着いてしまいました。ざっくり切ったスイカ(ふた口大?)を両手にいっぱい、で5ルピー。くし切りのまま食べるのもありだけど切ってもらうほうが食べやすいかな。


(注:私はもう平気かなーと思って食べちゃってますが、インド路上で売ってるカット果物はまず購入しないほうが身のためです。いつ切ったかわからないし、ナイフも汚いかもしれないから。雑菌のパラダイスよ。ヒット&ファイヤーだよ。笑)


んで、日本ではスイカに塩ってとこですが、インドではスイカにマサラ(スパイス)です。まぁ、コンセプトは同じだよね。そのへんで売ってるカットパパイヤやカットパイナップルにも同じオレンジ色のスパイスをぱらぱらとかけて食べます。やめて…といつもは言うところなのだけど昨日はひと足遅くもうかけられちゃったあとだったのでそのまま食べました。悪くないよ


あっ、ちなみにこの写真は今日寮の子にもらった別のスイカです笑


最近はみーんなおんなじとこでスイカ買ってるみたい。日本のスイカよりちょっと小さいから女の子でも買って持ってこられるね。




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昨年の8月に行われた元勤め先NGOBOPツアーの春日程がこの週行われていました。


前回はうちの大学の生徒との交流ってのがあんまりなかったのだけど、今回は学科長が人集めをして(つかうちの学科だけだけど)、懇親会が行われました。


普段クラスでぜんぜんしゃべらないという2年生も日本人の参加者の皆さんと楽しそうに話していて、ちょっと私もびっくりした。







何を話してるのかわかりませんが、やっぱしオンナノコ同士だとはずむ話があるんでしょう。








あっ、男性もいたけどね。


今回も似たような日程でしたが、私がセミナーを通じて知り合ったチェンナイで教えている教授のコネで、地元でも活動しているマイクロファイナンスの会社を訪問することになり、私も飛び入りで参加しました。



日本人の感覚からすると25パーセントの利率はサラ金より悪徳…に思えますが、上限26パーセント+手数料等1パーセントと法律で定められている中、26切ってる会社はあんまりいないですよと支店長氏。(ホントかな…)


マイクロファイナンスに関しては一般人レベルの知識しかないのですが、それと別に幅広くやっているCSR: Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任)活動のほうが私は興味あったんだよね←そういうの広めるのが仕事の一環だったから。


今インドではある一定以上の利益をあげている企業は(Criteriaがたくさんあるのでこれは省略)利益の2パーセントをCSRに使ってちょうだいねという決まりがあります。が、この会社Equitasは5パーセント使ってますよとのことでした。エラい。


このCSR活動でつくって、運営している学校(これ重要ね。学校って作るだけじゃダメなのよ。)に連れてってもらったら、なんとまぁキレーな学校。うちの大学よりいい机使ってんじゃんみたいな笑


んなわけで、この会社、ちとフォローアップでまた訪問したいと思います。



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もう日本では日づけ変わっちゃった。1年ですね。


去年の3月10日は、新宿でインドに連れてきたツアーの子たちと一緒にご飯食べてた。はじめたばっかりのアルバイトがキツくて、行くの迷ったけど、行ってよかったなって思ったのは覚えてる。単純に、かわいがってる子たちに会えてよかったって。


次の日何が起きるかなんて、わかるわけなかったけど、あの時他に何を感じてたんだろう。











2012年2月11日土曜日

Passed (3) かくかくしかじか

こんばんワニ。

友人Kのネコ。赤ちゃんネコもいたのだけど、事故で最近亡くなったそう。
ママネコはどう感じてるんだろう。




以前に核の話をするように頼まれたいきさつを書きましたが、そのプレゼンを先週やりました。


オーディエンスは物理と化学の大学1年生。


3時45分に生徒が移動するから4時くらいにはじめられるようにねと教授に言われてふふふん♪と3時45分すぎに会場に行くと、


なんだか人がいっぱいいる…。別のセミナーでもあったんかなと思って中をのぞくと、中のスクリーンに「物理・化学学科の生徒の皆さんようこそ!」と書いてある。


は?


人いっぱいなんですけど


だいたいこれくらいかなーという人数は聞いていたのだけど、いつも使ってるホールに満員になるくらいの学生。80人以上?


その日最後のクラスだし、帰っちゃう生徒もたくさんいるだろうと思ったから想定外。急にドキドキ。


大学1年生というと、


このへんの出身の子なら日本の高校に当たるSecondary schoolを卒業したばかりで、Tamil medium(タミル語でのカリキュラム)の教育を受けてきた子が多い。つまりEnglish mediumの教育を受けるのは1年目ってことね。


ということもあり、事前のミーティングでは私が話をして教授がタミル語で補足して、という予定だったはずなのに


君たち、英語でがんばって聞いてみなさい


と教授が言うので、なかばぽかーんとしている若い子たちを相手にプレゼンをしたのでした…。


こっちから「これはどう思う?」とか質問してもあまりレスポンスはなかったけれど、一番前に座ってた子がきちんと理解をしていたようなのでよしとしよう。


あっでもここぞとみんな口をそろえて答えてくれたのが、


「日本には原爆が投下された場所が2つありますがそれはどこかわかりますか?」


って質問です。みんなモゴモゴと「ヒロシマ…ナガサキ」と答えてくれました。「どうして知ってるの?」と聞いたら、歴史で勉強したよとのことでした。




なかば汗かきつつ終わってホっとしたら、教授が


あともう1グループあるんだけど、いつやってくれる?


だって…まだいるんかい。


2回目は来週の火曜日でやんす。内容もう少し充実させようかな。




 ■  ■  ■  ■  ■  




海外のメディアでは「フクシマ」のことばかりが書かれていたけれど、私にとってはあれは地震の日。もうすぐ1年。ですね


プレゼンのときもフクシマっていうか地震の個人体験談みたいになっちゃった箇所もあって、反省。





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昨日先学期のクラスの成績が公表されました。


どうやら成績は定期テストCFA(3回分)合計+クラス参加率・課題等+期末テストESEの点数によってつけられるようで


60%~ C
70%~ B
80%~ A
90%~ S


という感じみたいです(これ以下はわからん)。


結果から言うと、あんまり満足してません。「これでもか!」ってくらい書いた期末テストも7割ちょい評価だし。




以前にも書いたように、採点には外部の人が関わっていて、結果に不満足でいくら担当教授に抗議してもとりあってもらえないんですね。


でもせめて何が評価されて何がだめだったのか知りたいから、答案返して…。











2012年1月22日日曜日

無計画的計画停電 Power Cut

こんばんワニ。

明日からテスト。

学科の入り口。
窓にぽこぽこくっついてるのはエアコン。


テスト期間になるとやっかいな停電。こちらではPower cutと言われ日常茶飯事

というか、計画的に毎日行われています

地震のあと、計画停電で日本は騒然となりましたが、これが毎日フツーに行われていると考えると、慣れちゃった自分、スゴイ。

でも停電がフツーなインドでは、停電対策もできているのです。

まず、発電機がけっこうどこにでもある。ちょっとお金がある人は自宅に持っている。こーんな田舎の大学にもUninterruptible Power Supply (UPS=無停電電源装置)があって、停電してもパソコンをフツーに使っている。

懐中電灯は充電式。電灯も電気がある間に充電していて、停電時に使えるってやつが普及してる。

だから停電しても誰もパニくらない。ただし、お隣の女子寮の子たちは停電するとわざとらしく「キャー」と言う笑

そんなわけで、停電は慣れっこ。

でも、最近困っているのが…

この停電って州の政策なんだけど(発電量が足りないから)、今まで1日2時間、日本の計画停電のようにエリアごとにやっていたのが、最近5時間だか6時間くらいになっているということ。

今日も朝8時から10時まで(コーヒーを作るお湯がわかせない)、日中も2時間くらい、そして今、19時からおそらく1時間停電です。

化石燃料が高騰していてますます電気が足りないというのが理由のようです。

しかし州政府は野党のバッシングを懸念してか数ヵ月後までに停電ゼロ時間にするなんて宣言しちゃってる。ハイハイって感じ。。。

これからタミルナドゥは夏に入ります。日本と同じように夏は消費電力が増える涼しい今電気が全然足りてないのに、停電ゼロなんてムリ!!!

って、新聞にも書いてあったよ。


知り合いとよくジョークで言ってたのは、

インドで時間通りに来るのはPower cutだけ

ということ。バスも電車も教授も友人も、時間通りに来たためしがない。

停電でもあわてないというのは見習いたいところですが(日本の人も見習いましょう)、経済活動や学生の勉強に支障があるのは否めないですね。





2011年12月18日日曜日

1/2 1 year more to go 東海村


こんばんワニ

と、いうことで渡印6ヶ月を迎えました。早かった、かな?

去年Nilakottaiにいたのは3ヶ月だったのでもうその滞在期間の2倍住んでることになる。
でもお恥ずかしながらまだぜーんぜんタミル語を勉強してません汗

勉強で忙しいからは口実にしちゃダメだね。

ということでここにて宣言。

今学期はタミル語もしっかり勉強します

…とクラスメートにも昨日言ったので、ちゃんとやらなくちゃ…。


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昨日の夜他の子の部屋で3時までずーっと話をしてました。

フシギな話もいろいろ聞いた。

地元では、祈祷師のような人たちがいて、いわゆる西洋医療では治せない症状に対処してるんだって。

そういうところに行くと、「はっ?それ、合法?」みたいな薬も購入できるそう。

「これ、1万ルピー」というその「薬」も見せてもらいました。

真っ黒のかたまりにしか見えなかったけど。

症状もいろいろ。

「信じたら自分も影響を受ける」とゆーちょっとコワい話なので、文章にするのはひかえます笑
科学では説明できないことがあるのはどこの国でもそうだよね。

でもインドって多民族国家だし、いろーんな文化があるからそういう話も多い気がする。


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で、今日は朝起きられるわけもなく笑、昼ごろ起きてパソコン開く→停電。

ちょっとだけと思って昼寝。すーぐに夕方。

今日は、10月末からやらなくちゃと思ってpending(あとまわし笑)になっていることをやりました。


NilakottaiのNGOのつながりで知り合ったうちの大学のとある教授。

紹介されたときに「今大学生に環境問題のクラスを教えているから今度原発の話をしてくれないか」とイキナリ依頼されたのね。

「ちと今忙しいのでテスト終わったら…」と言ったのはおそらく最初の期末テスト(9月)。

で、「電話するから今度私のオフィスに来なさい」と言われたので電話番号を渡したんだけど、それ以来一向に電話が来ない!

忘れちゃったのかどうでもよかったのかわかんないけど、その教授のオフィスの前は毎日通るのでなんか気が引けるじゃない?

ってことで、何週間も待って笑、よーやく教授のオフィスに行ったら、出張中。

何度も行ったけど、出張中かどっかで誰かとくっちゃべってるらしく不在。


てなわけで、10月末まで会えず。

やっと会えたと思ったら、たぶん話した内容どころか私のことまで忘れてる雰囲気。。。

何の用事ですか?」だってさ。。。

まぁ、最初から説明して、「まだやる気あります?」って聞いたら(このときすでに私のやる気はマイナス

「いつできる?」

だって。。。
もちろん日本人として原爆とか基本的な福島原発の事故については知っているつもりだけれど、大学生相手にプレゼンするんだったらきちんとリサーチしたいじゃない?だから

「次のテストもあるし、VPPもあるし、今学期はむずかしいと思うんですけど」

いつでもいいから!

なんじゃそりゃ。


…私の予想通りそのあと怒涛の忙しい日々が続き、期末テストが終わって気持ちの整理もついて、やっと今週からこつこつ再開したとこなのよね。アウトラインとだいたいのリサーチはできてたので、今日ようやくPPT作りまでこぎつけた。

でもPPT作ってると、「そういえばこれはどういう意味だっけ」「自分ではわかってるけどこれは予備知識ない人はわかんないかも」とか、出てくるじゃない?

質問されたら答えられるようにしなくちゃいけないし。

それで「そういえば東海村の事故って何だったっけ」にこぎついたんですよね。

お恥ずかしい話、茨城県出身のくせに東海村の事故のこと、全然知らなかった。1999年の9月。自分は何してただろう。

原爆の話は学校でも勉強した。広島、長崎。それに福竜丸も。

でも東海村の事故については、勉強した記憶さえない。どんな事故で何が起こったのか自分で調べた記憶もない。

チェルノブイリの事故のときはまだちーっちゃかったから覚えてるはずないのに、「日本にも影響があるかも」と感じたことを覚えてる。

なのにすぐ近くの東海村のこと、全然知らない

何年もあとの今になってネットに頼るリサーチだったけど、結論、収束が早かったからあのころの自分は気にしなかったのかなと思う。それでいろんな文章を読んで、今の福島原発のように、事故現場に入って、事態収束のために作業をした人たちがいたことを知った。

ずさん」「無責任」と事故を起こした会社JCOに非難の声があびせられた。今東京電力や政府に言ってるのと同じこと

そして被ばくした作業員の闘病、医師の葛藤、その他もろもろも読みました。事故被ばく者のケースがはじめてだったから、データとりのために延命治療が続けられたと主張する人もネット上にはいっぱいいるみたい。

私は医師も必死だったと思う。人体実験なんて言うべきじゃない。

事故は会社の責任、作業員の責任。でも作業員の方が大変な苦痛ののちに亡くなったのはホントのこと。Whatever he may have done, he does not deserve such "end" as a human being.(カダフィのときと同じキモチ)

こちらに来て何かと「日本はヒロシマとナガサキの大変な被害にあったのに急成長した」と賞賛をいただくことがよくあります。

そして「ツナミはどうなの、原発は大丈夫?」と聞かれることもよくあります。

ヒロシマとナガサキがあったのに原発に頼って生きてきた私たち

地震のあとずっと、私は政府も東電も非難しないと決めて過ごしてきました。だって電気を使ってたのは私たちだから。

政府も東電も責任があるのは当然。でも「安全」を信じてきたのも私たち。


福島の件があって、タミルナドゥの原発でも反対運動が秋からずっと起こっています。地元の人がずーっとハンストしてる。

タミルナドゥ出身で元大統領のAbdul Kalamが新聞2ページ使って「原発は安全」「原発は環境にやさしい」なんて投稿して、政府も躍起になってるのかな。

私は日本で電気を使って快適な生活をずぅっとしてきたから、原発反対とは簡単には口に出せない。

だけど、「ちょっと、考え直してくれない?安全基準、見直してくれない?」と思うのです。世界中の政府に、世界中の人たちに、言いたい。


もやもやした気持ちでリサーチをしていたら、福島原発「事故」が収束したと知りました。

本当?ホントに、ホント?

まずは政府には「ウソつき」といわれるような言動はひかえていただきたい。

それと、「京都も期限切れになるし、COP17も終わったし、再生可能エナジー、みんなでちゃんとやりましょうよ。」と、言いたい。

We've had enough.