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2013年7月19日金曜日

北インドブッダ追っかけ旅 (13) Delhi

こんばんワニ。


今日はデリー観光をしました。


日本の技術とお金を導入して作ったデリーメトロを見てみたいと言う父について
メトロへ。

大変だった。

入り口で簡易なセキュリティチェックがあるので入るだけで時間かかる。

でも基本並べない、並ばないインド人が
マジメに列作って順番待ってるのを見ると感動さえ覚える。


で、Red Fort (Lal Qila) へ。

ここもムガル帝国のシャージャハーンが作りました。

来月の独立記念日のセレモニー関連なのか
なんかライト積み上げたり作業してたので
入れないところもありました。


赤いね。

赤い砂岩は他のムガル建築にもよく使われてますよね。Agra Fortとか。


ぱちり

今日はたくさん写真撮ろうねー 


象嵌

昨日無理やり 連れて行かれたところくらいのレートだと
これひとつ30万ルピーくらいするね。


ほれぼれ

このどこかに「天国が存在するとしたらこんな感じ」
というようなことが書かれた部分があるそうです。

見つからなかったけど。。。

建物多すぎ

ぶっちゃけ何の建物か忘れた。



もはや

ピントはTiggerに合っています。。。 


疲れたよ。

このあとOld DelhiをさまよいつつJama Masjidへ。

これもシャージャハーンが作らせたもの。

インドで一番でかいモスクなのかな?


なんとなく

スカーフも何もなくて頭を隠せない。

観光客がたくさん来るからセキュリティもそこまで厳しく見てない気がする。
(足が出てる外国人は布で隠されてたけど) 

でもやっぱり罪悪感を感じるので私は入りませんでした。

ミナレットもお金払えば登れるみたいよ。


Irresistible!

このあとメトロにまた乗ってRajiv Chawkへ。

Cannaught Placeにあるチェンナイの有名レストランSaravana Bhavanへ。

チェンナイを出てから食べたいなーとずっと思っていた南インド料理を堪能。

父もMasala Dosaが気に入ったようです。


ランチのあとはNational Museumへ。

インドの博物館というのは
すっごいものがたくさんあるのにディスプレイがお粗末なので
もったいないなぁと常日頃感じているのですが
ここはさすがにマシ、だった。

でも満足とは言えない扱いをしてる。
すごくきれいな石像とか外に並べてあるのとか見ると心が痛むのです。

展示品はすっごいのがたくさんあったよ。
「これ世界史の資料集にのってたよね?」みたいなものがあって。

仏像もたくさんあったので
また追っかけ旅に戻ったような。

ブッダのRelicsも置いてあるんですよ~。
ただの白いかけらにしか見えなかったけど、一応拝んでおきました。

なぜかラテンアメリカとかヨーロッパのものも展示してあって
なんだそりゃと思ったけど。


このあとSarojini Nagarというところのマーケットに行ってお買い物。

ここはお店で売れないような傷ものの服が流れてくるところらしく
交渉次第でかなりお得になる場所。

この間のとこみたいにごちゃごちゃしてました。

Fixed pirceのお店も多いので、安くはならないけどぼったくられもしない。


2食連続

このあとまたCannaught Placeへ行って専門店で紅茶を買い
またSaravana Bhavanでご飯にしました。

北インドで言うThaliは南ではMealsと言って
ご覧のようにたーくさん汁物や野菜がつきます。

ケーサリもついてたね。ホントタミルナドゥみたいだ。


明日父が帰国の途につきます。



2013年7月14日日曜日

北インドブッダ追っかけ旅 (8) Kushinagar - Delhi

こんばんワニ。

今日デリーに帰ってきました。

今朝はチェックインまでダラダラするつもりだったのだけど、現金を下ろすためSBIへ。

Kushinagarの遺跡やお寺は大きな通り(有料道路みたい)から門(おとといの雨ザーザーの写真のところ)を入っていくのですが、この門を入ると周辺にはATMがひとつしかないのね。それが昨日使えなかったの。だけど大通りには門を出てすぐのところにSBIがあるのを見かけたので今朝行ってみた。

9時半くらいに開くだろうと勝手に思ってたら(ネットで営業時間が調べられなかった)開店は10時。待ちまくったらきちんと整理番号1番をもらったけどけっきょくお金は下ろせませんでした。小切手(Cheque)がないと自分の支店以外で下ろせないんだって!今までATMばっかり使ってたから知らなかった…。じゃぁATMどこにありますかって聞いたら2キロ先だって。行くかよ、バカ!

なので結局父が両替しました。個人で両替してくれるところはあります。

Mahasukhamdada Chin Thargyi Pagoda

金ぴかPagoda(ストゥーパ)。表記はBurmese Templeとなってます。


なぞの像群

たまに色の塗ってある像もあるのですが


托鉢?

基本白。アートのことはわからないの素人にはブキミに感じます。


12時にチェックアウトしてタクシーでGorakhpurに戻りました。ホテルでタクシーをお願いしたらバスで帰ればいいじゃないと言われたけど、始発じゃないから座れないと疲れちゃうかなと思ったのでタクシーに。Gorakhpur-Kushinagar間、バスなら1時間半50ルピー(ひとり)、タクシーなら1時間1200~1300ルピーでした。

Gorakhpurの空港は空軍の横にくっついているものらしくて、写真撮影禁止でセキュリティもデリーよりきちんとしているくらい。でもちーさな空港なのでたぶん1日2便とか。Jet Airways/ JetKonnectしかいません。そのくせやたら働いている人が多い。お給料どのくらいもらってるんでしょう。


今日のホテルも空港に近いところだけれど、前回より遠め。迎えのおじいちゃんはプープーとクラクション禁止のところで鳴らしまくり、車とAutoの隙間にグイグイ入っていく。あぁ、インドだなぁとしみじみ思う。


マッシュルーム

ホテルのルームサービスはちょっと高いね~と言って外へ。外から見たら超ショボい食堂に見える小さなレストラン。思い切って入ってみたら、インドの口コミサイトZomatoでお得なお店として賞をもらったところでした。

父は日本の皆さんも大好きなバターチキン、私はマッシュルーム(解禁笑)マサラを頼みました。あわせたのはベーシックなRoti。うまかった。


こんなところ

値段も確かにデリーにしてはお手ごろだし、量もたくさんあるし、おすすめです。


どうもありがとう

それと、今日サンダルを買いました。

あの日死に物狂いで走ってたらかかとがボロボロになってしまったサンダル。いいサンダルを買うまでとほうっておいたらどんどんどんどん形が崩れていって、右はかかとの台がなくなってしまいました。

ネットで買ってものすごく気に入っていたけれど、もう修復不可能のようなのでさようなら。一緒に旅してくれてありがとう。

かかとがずるりとむけています

明日は北上します。


2013年7月12日金曜日

北インドブッダ追っかけ旅 (6) Kushinagar

こんばんワニ。


ザーザー
ブッダの人生をちょっぴり追っかけることになっていた(ならなかった部分もあるけど)この旅。

本日はKushinagar、ブッダが亡くなった場所にやってきました。

昨日Varanasiのホテルをあとにしたのは23時。夜のガート周辺エリアは昼間の喧騒がウソのようにしーんとしていて、ぽつんぽつんとティーやさんがあいているくらい。なので逆にコワい。ホテルで22時以降は外に出ないでくださいと言っているのがわかる。私たちはSarnathに連れていってくれたオートドライヴァーに迎えに来てもらって、Autoが停められる場所まで歩いていきました。夜中でもお寺の周りには警察がたくさん常駐。ガートが爆破された事件は2010年、まだ最近の話だもんね。

Varanasi Junctionを0時40分発だったはずのChaurichaura Expressは1時間近く遅れたかなぁ。立ったり座ったり、かなーり待ったよね。インドの駅のプラットフォームではありえないことをたくさん見てきたけど、ウシさんが悠々とプラットフォームを歩いているのは初めて見たかも。子猫みたいなサイズのおねずがたくさんいるのも初かなぁ(ちっこいのは駅でも電車でも見たことあるけど)。普段あんまり乗らない2AC車両(3段じゃなくて2段ベッドのAC車両)でわくわくする。

で、終着駅Gorakhpur Junctionについたのも1時間半遅れくらい。ここからKushinagarまではバスに乗るのだけど、駅から近いはずのバス停まで歩く途中みーんながSunauliに行くのかと聞いてくる。Sunauliというのはネパール国境の町。インド滞在中にSunauli経由でブッダの生誕地Lumbini(ネパール側)に行く観光客が多いからなんだろうね。

私たちもまぁ方向は似てるんですが、Kushinagarに止まってもらわなくちゃいけないので「Kushinagar行き~」と車掌さんが言っているバスに乗り込む。普通の乗り合いバスより小さくて、でも周りに同じようなのがたくさんあるから公営か私営かわからない。どーでもいいけど激混み。父はこのバス旅を心配してたみたい。私は「思ったより快適」とか思っちゃってたけど。。。笑

乗る前に「1時間半」と言われ、チケット買うときに「1時間」と言われたので何なんだよと思ったけど、案の定1時間半くらいかかりました。で、ついたときの有様が上の写真。泣きたくなるような大雨。10分くらい待ってなかなかやまないので「もう行こうよー」と歩き出したけど、荷物持って雨の道はやっぱ歩きづらいねー。

半泣きでついたホテルはPathik NiwasというUttar Pradesh州政府が運営しているホテル。ネットであんまりいい評価をもらってないんだけど、このちーさい町で他にある宿泊施設はやけに高いホテルかゲストハウス(安め)だったので、間とってここでいいかと思ったのね。でもメイルは返信しないわ、電話は出ないわ、やっと出たと思ったらなかなか英語が通じないわで、旅行日程の中でも気になっていた箇所です。

で、部屋。古臭いシーツ、インテリア、はげた壁紙。テレビがブラウン管…つかない。バスルームについてるGeyser(シャワーのお湯をわかすもの)がつかない。バスルームには前に宿泊したであろう人の石鹸が残されている。カーテンひっぱったらレイルごこ落っこちる笑 部屋、変えてくれーーーーー!

まぁ、なんとか滞在してます笑


Nirvana Stupa

気分を変えて出かける。ホテルからすぐそばのMahaparinirvana Templeの横にはNirvana Stupaが立っています。ここがブッダの入滅した場所、なんですね。

ちなみにブッダがキノコの食中毒で亡くなったというのはホントなんですかね?ホントならレストランにマッシュルームカレーなんてメニューがあるのはものすごく縁起が悪い気がするんだケド…

手前のお寺に当たる建物の中にはブッダが亡くなったときの涅槃ポーズ、の黄金の像が横たわっています。

Gold foil!

「金箔はらないで」って書いてあるけどこのお寺にもストゥーパにも金箔ぺたぺたはってあります。そっかに座ったらこんな風にくっついちゃいます。

(ちなみに足が汚いのは気のせい?と思われるでしょうが、気のせいじゃないです。ホントーに汚い!)

お寺の周りは公園のようになっています。気持ちのいい風が吹いていましたが、日陰じゃないとやっぱ暑い~。座ったら座ったで通りかかりのおとこにじろじろ見られ"Chi*k"(英語では中国系の人を呼ぶ悪いことばですが、ヒンディ語でも同じなのかな?)と言われ、非常に腹が立つ。聞こえてんだよ、デブ!


イケメン

すぐそばのMathakuar Shrineは亡くなる前にブッダが最後の説法をしたとされる場所です。ここにも金色の仏像が安置されています。


なんでスリランカと一緒なんでしょ

ここには日本スリランカ仏教センターというものがある。でも何をするところなのかイマイチわからん。


ブッダと…菩提樹?

どうやらここは展示館といった類の場所ではないらしい、と思う。15時ちょっと前に行ったけどしーんとして警備のおっさんくらいしかいないし。でもネットで訪問者が泊まることができると読んだので、宿坊?はあるのかなぁ。

あ、あと、お寺があります笑


似てる?

父いわく日本のある仏像に似ているって言うのだけど、そうかなぁ?

作ったのは日本で、バラして持ってきて組み立てたそうです。だから日本風の仏像であることは間違いないね。10人の教え子たちがステキな版画になってました。


Government Museum

すぐそばの博物館。悪くないけど空調ゼロ(停電?)、警備員まばらな感じで泣けてきます。(うそ)テラコッタの像とかは日本の古代のものに通じるものがあって不思議な感じ。いくつかイケメン仏像もいましたよー。


Museumの庭

博物館の前のお庭は日本の支援を利用して作ったみたいです。インドで日本っぽい灯篭見ると変な感じ。


おやつ

小さな町でやることもあんまりないのでおやつ買って帰る。父は焼きとうもろこし。数日前から何度も見てたので興味津々。塩とレモンで味つけ。しょうゆはさすがになし。


昨日は電車でぐっすり寝たのにやっぱ眠い。。。寝ちゃおう。


2013年7月3日水曜日

終わりの始まり (3) 先生の涙

こんばんワニ。


と、いうようなことがあったのでイライラがまた爆発しそうになり、ここ数日アーユルヴェーダやらの薬でお腹の痛みと戦ってきた私ですが、なんとか卒業できそうな雰囲気です。

学科長の言葉を信じようというか信じないとやってらんねーと思いつつ今日も大学へ向かいました。友人宅のあるVeelinayakenpattiはNilakottaiからちょっと離れているのでAutoに乗りNilakottaiのバス停へ。

ここ2年間何度も「うちに住んで大学に通えばいいよ」と言われてきたのでそれを今になって試しているような感じです。結論、日本でも満員電車の通勤はしたことあるけど、インドのラッシュアワーバス通学はつらそうだわ、ものすごく。あとは想像にお任せします。

学科長との約束の10時前に学科に到着。E教授も来ている。蚊を追い払うのに疲れたので外で待つ。すぐ学科長も現れる。

まず学科長とP先生が学科長のオフィスで話をして、そのあとE教授が呼ばれ3人で話している。E教授は昨日ぶつぶつ言っていたようなことを学科長に伝えているようす。謝礼がどうのこうの、とか。

少しして私も呼ばれ中に入る。E教授はご丁寧にもうだうだと理由を書き連ねたレターを用意してきたようで、それを学科長に渡して熱弁している。学科長には先週の金曜日に「7月4日にDindigulから電車に乗るのでそれ以降は来られません」とレターを渡しているのに今になって「いつここを出るんだ」とまた聞かれる。「4日です」「4日…?」「7月4日です」「7月?」…ってオイ、先週話したじゃん…。E教授は「なぜ学科長にも私にも連絡していないのにP先生にだけ(出発日の)連絡をしたんだ」と言われる。いちいち全員に話さなきゃいけないのかよ。

E教授には昨日と同じように「7月4日にここを離れなくては行けない理由は何だ」と聞かれる。なので、「とっとと出ていきます」レターの件を学科長に思い出してもらう。E教授は「君が大学を離れるための許可を誰が出したんだ」と言う。卒業生が大学から巣立っていくのにいちいち許可が必要なのかよ。たぶんお前はガイコクジンだから大学の許可が必要なんだと言いそうなところ、学科長が「これ(私がインターンシップのあとにすぐに出ていくこと)は私たち(学科長とP先生)が指示したことだ」とビシっとツッコみを入れる。それなのにP教授は「それは私には受け入れられない。きちんと許可が必要だ。私は自分の意見をきちんと書いて正式に学科長に提出している。」うんぬんかんぬん。それで学科長の話がまだ終わってないのに勝手に出て行く。

E教授のレターに目を通している学科長。そこで、私も一応用意してきたんですけど…と、昨日マニプリお姉ちゃんのラップトップでこつこつタイプしたレターを渡す。内容はもうすでに学科長にもControllerにも伝えてあることなのだけど、一応きちんと文面にしたんで。電車やフライト、ホテルも予約していて、またアレンジしなおすのは難しいこと、奨学金も先月末で打ち切られていること、父が来ること、学科にはP先生を通して出発日が伝わっているものだと思っていたことなどなど。かなり腰を低くして書いたつもり。

それを見た学科長が「Let's go」と言う。またE教授のとこですか…とあきらめようとしたら、学科長はP先生と一緒に学科から出て行く。あわててあとについていく。

学科長が向かった先はOffice of Controller of Examinations。まぁ、うちの学科の隣の隣くらいの距離なんだけどさ。そして学科長とP先生がControllerのオフィスに入っていく。ここはテスト関連の書類があり生徒は勝手に出入りできないので外で待つ。

ちょっとして何か書類をかかえてE教授がやってくる。なんだよコイツも来るのかよ!と思ったけどControllerのオフィスじゃなくて他のスタッフのいるところに入っていく。何をしているのかわからないけどすぐ出て行く。私の前を無言で通り過ぎる。私も見なかったことにする。

20分くらいして学科長とP先生が出てくる。学科長が「心配しなくていい、今日外部評価者を呼んでVivaをやるから。午後にまた来なさい」と言う。これは口約束ではないと思う。思いたい。

寮に行ってお姉ちゃんとイトコちゃんに何があったか説明する。二人も新しくマニプールから来ているオンナノコの入学手続きや寮の部屋確保でバタバタ忙しいのだけど、まぁ座りなよと言ってもらい話をする。んで、結局ランチもごちそうになる。。。

午後って何時くらいかな~…クラスのスケジュールだとランチは13時45分までということになってるけど。と思っているとNilakottaiのCが電話をかけてくる。「今Mと一緒にいるんだけど、学科の教授と話をしようか?」えぇ。

CとMのNGOはうちの大学ともつながりがあって、研修をここで受けたり、研修の講師として呼ばれることがあるほか、Mは実は私の大先輩に当たる人。2年前に私がここで勉強することになったとき、周りがみんな喜んでいる中で「あそこはpoliticsがあるところだから気をつけて」と唯一警告をしてきた人です。彼もかなり苦労したから、と。そんなわけで私はCをLocal guardian(遠方から来ている生徒はこの辺りに住んでいる人に保護者代わりになってもらわなくてはいけない)として大学に登録していました。

まぁそんなつながりはあるのですが、わざわざ学科と話をしなくても…と思ったので「大丈夫、きっとやってもらえるから心配しないで」と言う。Mが「でももしやるつもりがないようなら連絡して」と。

そのあと、またぼ~っと過ごす。

またCから電話がある。「今学科長と話をしたよ」と。??????????????

二人がなんと私の学科に行って話をしてくれたのだそうです。それによると学科長は「心配ない、今日15時に評価者をアレンジしたから」と言ったそう。わざわざ本当に話をしてくれるとは思っていなかったのでびっくりする。Vivaが終わったらまた連絡してくれと言われ、とりあえず電話を切る。

そのあと、同じ学科のB教授から電話があり、16時にVivaを受ける準備をしなさいと言われる。でも秘密だから、と。

ということで16時前に学科長のKVKオフィスへ。オフィスの前で待っているとB教授もやってくる。で、「レポートは?」と聞かれる。えぇ。「金曜日にE教授に提出して、自分の分は印刷していないんです」と言う。「そうか、ではあとで提出でもいいか確認しよう」と。そのうち車に乗った女性がやってきて学科長のオフィスに入っていく。学科長の車でこの女性を迎えに行ったスタッフが私にも中に入るように言う。

思ったとおり、この女性が外部評価者でした。8日に他の生徒が来るときにも担当になる人のようです。レポートはもう1冊印刷し、学科長を通してこの女性に渡してもらうことになりました。

この間の「冗談でしょ」のようなVivaとはちがい、なんだかんだで1時間くらい話をしました。口頭試験っていうか、2年間の総括のような質問が多かったかな。日本とインドの比較とか。糖尿病に関しては私もかなり熱弁しました。

でも「それでは、2年間のガンディグラムでの経験をまとめて、『何を日本に持って帰るか』という点に関してはどのように考えているか」なんて質問は今聞かれるには最悪のタイミングなわけで。

「2年間最悪な思いをしてきました。クラスメイトとの言葉の壁、インドのシステムあれこれ、修士論文での苦労、病気…。もう早くここを出たくてしょうがないんです」

…とかは言ってないです笑。かと言ってこの大学を褒め称えるわけにもいかないので「まぁいろいろ大変ですよ。私も、クラスメイトも、周りの村も、いろんな問題を抱えてますよね。それがわかったというのは貴重な経験です」とオブラートに包んだ返答をしました。

名刺までいただいて(そいえばこの間のVivaでも名刺もらったけど、どこにやったかな)、わざわざ2度も来てもらうことになることに感謝し、学科長とB教授に感謝し、KVKを出る。レポートのことがなければ今日が最後になるのでもう一度お姉ちゃんに会いに行こうと思ってたけど、また明日も来るしと思ってそのまま帰ることにする。通学(帰り)ラッシュにまたぶつかり、満員バスで帰る。

帰り、お世話になった人たちに「MBA終わりそうです」の報告とお礼のために箱詰めのお菓子を買う。思ったより高くて少々ビビる。

村に帰ってお菓子を配り、すっかりリラックスしてグーグー寝る。

では済まなかった。

お菓子を持ってCの家へ。

ここで何があったかを話したところ、Cに実は今日もともとうちの大学で用事があったと聞かされました。わざわざ来てくれたのなら申し訳ないと思ってたのでちょっとホっとする。それで、学科に行って話をした~、の一部始終を聞きました。

まずは学科長より親交の深いB教授のところにあいさつに行ったそうです。最初っから私の話をするのもあれなのでまぁ当たり障りのない話題から始まり、「そういえばミワのことは知ってますか」と切り出したそう。もちろん知っていると話がつながり、そこで「ずいぶん大変な目にあっていると昨日彼女が言っていたものですから」と伝えたのだそうです。実はその時点でもう学科長が外部評価者のアレンジをしていたのだけれど、B教授は「ぜひあなたたちからも学科長に話をしてほしい」と言ったそうです。

それで…私の話をしているとき、B教授が涙を流したと言うんです。

ルールにそって生きているような人で、生徒には厳しいし、キッツいこと言うし、人間性疑うこともよくあるのだけど(生徒をバッファロー呼ばわりとか)、私をDindigulに迎えに来てくれたあの日(実はあの日心配で朝4時からバス停と家を行ったり来たりしていたのだとか)から私のことを妹のように思ってくれていたのだと。(そこ、娘じゃないんだ?というツッコミ入れたかったけど。)

なんだか、こんなこととかあったけど、私のことをきちんと考えていてくれたのだと思うと、しばらく意識して距離を置いていたことなど、大変申し訳なく思いました。

B教授と話をしたあとCとMは学科長のところへ。学科長は今日どこかで会議があったのだけど、私のためにそれをキャンセルして大学に来てくれたのだそうです。E教授が書いたレターはちらっと二人に見せたあと、二人の目の前でそれをビリビリ破ってゴミ箱に捨てたんだって。あぁ、それ、E教授の前でやってほしかったわぁ。

Cの話を聞いたあとMの家に行って、同じように学科長と話をしてくれたことのお礼を伝えました。Mは在学中にB教授とちょっとモメた過去があるので、「普段Bがめんどくさいごたごたに生徒を巻き込むことが多いんだけどね。学科長もB教授も君のことを心から応援してくれているようだね」と驚いていました。

最後の学期に起こったあんなことやこんなことで本当に心底、うちの大学の評価が自分の中で急降下だったけれど、最後の最後に私のために今日のVivaを(こっそり)アレンジしてくれたControllerと学科長、B教授、それにP先生には、今後も頭があがらないでしょうね。

明日レポートをもう1冊提出してきます。これで終わりだと思うけれど、本当に終わるまで終わりとは言わないことにしよう。


おまけ:お菓子買う前に心配した父から電話がありました。心配、つきないね苦笑



2013年6月15日土曜日

Internship Day 19 トラの山からKaraikudi

こんばんワニ。

ネットがつながらない山奥に行ってました。以下ここ数日の記録です:


Internship Day 17: 6月12日(水)

GobiのMYRADAからArepalayamのトレーニングセンターに引っ越して3日目。

いろいろあったような、なかったような。

あいかわらず、意思疎通がうまくいっていないというか、何をすればいいのかよくわからないというか、めんどくせーと思うことが続いています。初日(月曜日)なんか責任者が「土曜まで君たちが来るのを知らなかった」とか言って6時まで来ないんだよ?おかしいべ。土曜にはわかってたんじゃんね?笑

メンバー(私のクラスメイトとチェンナイからの生徒)同士でコミュニケーションがなってないというのも問題で、毎日プチけんかみたいなことになっていて、私は高見の見物をしています。といってもメンバーの一員なので誰かモメてると災いはバラバラと降ってくるわけだけど。

まーともかく。

おとといこの山間のトレーニングセンターにやってきました。

上記の理由で責任者と話をもてたのが夜の30分ほどなので、はっきり言ってここで何のトレーニングをしているのかよくわかりません。そこそこの敷地面積であるのはわかるのだけど。ここにはたくさんビニールハウスならぬ網ハウスみたいなのがあって、たぶん学校行ってないんだろうなというような若い子(オンナノコメイン)がたくさん働いています。学校行ってないというのは私の憶測ですが、若いオンナノコに学問を続けることをすすめるかわりに雇用するなんてまさかNGOがするわけない(と思いたい)ので、若いうちに結婚させられた子に雇用の機会を~とか、extraで憶測がむくむくとわいています。

で、何を作っているかというと、菊とか、花です。




日本人の感覚だと菊→葬式とか思っちゃうんですけど、菊はお寺で神様にささげたりするようなので、需要は高そうです。チェンナイとかバンガロールで販売しているそうな。

もともと私は切花反対主義なので(鉢植えは可)特に興味がありませんが、Kはかなり興奮してました。

私たちのいる地域は森林保護地域に入ってるんだか入ってないんだかのぐらいのエリアなので、野生の動物がそこらへんを通ったりするそうです。例の責任者も月曜日にはじめてトラを見たと言っていました。あと、CMRCのアシスタントのおっちゃんは、毎日ゾウがジャックフルーツを食べに来るって言ってた。トレーニングセンターの敷地にもサルがいっぱいいて、向かいのお店からヒトの食べ残しをパクっているようです。でもココナッツチャツネの袋にむしゃぶりついているのを見ると、サルでもインドにいたら辛いものOKになっちゃうのかねとしみじみ思いました。

で、肝心のインターンシップ。

先日、ここで「新しく」Kitchen gardenの事業をするからうんぬんかんぬんと書いたと思うのですが、ここに来て実はもうこの事業去年はじめていたということがわかりました。はじめたと言っても7月の15日間でKitchen gardenを各家庭で作って点滴感慨を整備し、種配っておしまいみたいな感じだったみたいだけど。

ということで、その際(始める前)120人の受益者(8ヶ村)に直接聞き取り調査をしていて、その質問表を見せてもらったら、なんと私たちが先週準備した質問とまるで同じ。調査が去年だったので、今年新しい受益者を対象に同じような調査をしても結果は似通ってくるだろうからやる意味がまるでなし、だと思うんだよね。「どの種がほしいですか」みたいな質問は個々で変わるからやってもいいかもしれないけど。

しかも、こういう地域で交通機関も限られてるので、責任者(トレーニングセンターの主任)はここから離れた村には朝5時半のバスに乗って行けと言うわけ。で、聞き取りして8時のバスで帰ってこいと。おかしいべ。村には30分くらいでつくらしいのだけど、それって6時台でしょ。この時間帯農家は農作業してるし、お母さんはご飯作ってるし、ガキは(当然学校も遠いので)早い時間に家を出る。(前提は調査をする前に村の人たちと顔見知りになっていることだとしても)そんな忙しい時間に「裏の畑のことなんですけどね」なんて聞けないでしょ?

で、村の人たちがどちらかというともうちょっとリラックスしている時間帯には交通機関の関係で行けないか、夕方6時以降は動物がぞろぞろ出てくるので私たちがほっつき歩いているのはよろしくないというわけです。

つまり…交通機関で村をまわるのはものすごくむずかしい。かといっていくつかの村はトラの保護地域に入ってるので(個人的には恐ろしくて行きたくない)公共交通機関(バス)以外の車は入れない。←事前に許可が必要。まぁ、もともとMYRADAが私たちのために車出してくれるってこともないんだけど、こういう事情でお金払ってタクシーで数日かけてまわるってのもむずかしいわけなのです。

こういうとこで事業をしているというのはとても尊敬に値することだし、ぜひそういった地域も訪れてみたいけれど、私たちにもできることって限られてるので…

だからぶっちゃけ、何をしていいのかわからなくなった。やろうとしていた調査は終わってるし、やろうとしてもlogisticsがかなり難題だし、サポート体制もない(勝手にやってね状態)。なのでGobiの責任者に電話して「何が求められているのかわからないんですけど」と言ったら、この人も去年の調査のことは知らなかったようす。「誰がこの調査結果見せてくれたの?」なんて言ってる始末。だから質問表作ったときにこれでいいねなんて言ったんだろうね…。。。なので、「1年たってるし評価ならできるんじゃないですかね」と伝える。「それはいいね!私もどうなったか知りたいし」だそうです。評価、やってなかったんだろうか。

で、グループメンバーに「こうこうこういう評価はどうかな」と言うと、沈黙。「私はこう思うけど、結局(タミル語で)質問するのはみんなだからみんなが賛成してくれないとできないじゃん」と言ったのだけど、沈黙。結局、どうでもいいんでしょうね。「評価なんてやったことないから何をしていいかわからない」などぐちゃぐちゃ言い訳を並べるチェンナイボーイ。女々しくて泣けてくる。幸い私たちは先学期評価のクラスやって、実際に開発事業の評価をやってるので、なんとなくはわかる。うだうだ言わないで、何かやれば責任者も努力は認めてくれるでしょう。

つーことで質問表を作成しなおし。

トレーニングセンターはちーさな村にあり、これまた中距離バスが止まって運転手や乗客が休憩をとるところなのでちーさな食堂が3つくらいあり、朝早くから10時までやっているそう。でも他にはなーんもない、そんなところです。ご飯食べるところが目の前にあるのは幸いだけれど、バリエーションもないしね。。。まぁ、お店の人にも顔を覚えてもらったのでニコニコ対応してもらうとホっとするけれど。私のRelianceもつながらないし(Vodafoneのモデムは使用可)、初日は泣きたいと思った。2回目のVPPほどじゃないけど寒いしねー

と、ここまで書いたのが今朝。

このあとCMRCに行ってマネージャーに会い、こうこうこうしたいんですけどと伝え、結局去年の事業の評価をすることに。8ヶ村のうち最寄の3ヶ村、43名の受益者のうち24か25くらい質問をしようということになりました。アバウトにしてあるのは行っても受益者の人に会えない可能性もあるからです(農家は畑にいないかもしれないから)。でもGobiの責任者が受益者全体(120名)の15%(18名)か20%(24名)くらい調べればと言ったので24名はおさえたいところ。

で、朝ちょっとミーティングしたあと3ヶ村に行きました。最寄とはいえ…1キロくらいって言ってたけどもっとあったと思う。まぁ、高地で涼しいので平地の太陽の下ヒーヒー言いながら歩くのとはちがう(けど陽射しは強いわ)。途中このへんの地域の作物などについてCMRCのアシスタントさんに聞きながらのんびり歩く。





Kitchen gardenですが…。まぁ、きちんと世話をしている人もいれば、あれっ?みたいな人も多かったかな。「ちょうど作物の植え替え時期で」と横ヤリを入れてくるマネージャー氏を疑うわけではないけれど、きちんとやってねぇなって人は確かにいます。「世話は大変」って言ってる人もいるし。高齢の人は買った方が楽チンって思っちゃうかもしれないし。けれど、MYRADAのトレーニングセンターがあるArepalayamに住んでる人たちはけっこうきちっとやってたかな。サポート体制もここはしっかりしているのかもしれない。農家の人が多くて植物の世話に慣れている人が多いせいか多くの家できれいな花を植えている人が多いです。バラとか、こんな寒いところでも育つんだと思ったジャスミン、その他もろもろ。

とちゅう、きれいな花をたくさん植えているおうちでティーをご馳走になりました。先日読んだMYRADAの「地域で地元住民のグループをもりあげるには」みたいなマニュアルを読んだときに、こういった際ティーを断るのはあまりよろしくないと書いてあったのを思い出してしめしめと思う。このあたりでは通常ティーには白い砂糖じゃなくてjaggeryを使うのだそうです。でもお客さんが来たときは普通の砂糖。Jaggeryの方が体にいいのにね。




また、最初に行った2ヶ村ではヴェジタリアンの人が多いと聞きました。ある一定のCommnityの人たちで構成される村だからだそうです。食事にもコメを使うところにRagiを取り入れていて(Ragi dosaiなど)、それも健康にとってはプラス。んじゃー伝統的に健康的な人たちなんじゃ…じゃぁ事業やる意味あったの?とか思っちゃうけど、やっぱり野菜不足のため貧血の人がけっこういるんだってさ。ほうれん草食おう。


今日長々と歩いてこのあたりの人たち(特に男性)が平地のぶよぶよおっさんたちと違う理由がわかってきた気がする。伝統的にちょっと健康的な食生活をし、よく歩き(坂道も多い)、よく農作業をする。だから平地の人よりは体つきが健康的に見える。実際はどうかわからないけれどそれが私のimpressionかなぁ。


空き地じゃなくてKitchen gardenですよ

しつもん中


まぁそんなわけで25名の聞き取りを終えたわけなのですが、「明日Gobiに帰りたいんですが」と言ったら、朝5時半バスの主任に会ってから帰ってきなと言うわけ。でもこの人あさってまでここに来ないのよ。明日何すりゃいいんでしょ。

夜。電気のつかないバスルームで顔を洗っていたKが「大変!ちょっと来て!」と大慌て。また何やらかしたんだと思って行ってみたら、なんと小鳥がバタバタしている。

来た日から鳥がぴーちくぱーちくと朝から夕方くらいまで鳴いてるので屋根裏(といってもトタン屋根なんだが)にでもいるんだろうと思っていたんです。しばらく使ってなさそうだった部屋には鳥のふんがたくさんあるし笑。でも小鳥がおっこちてるなんて何事!

日本人の感覚として「おっこちてる小鳥に手を出したら親鳥は世話をやめてしまう」って思うので「手でさわっちゃだめ!!!」と言ったのだけど、Kはエサをやるわ(ビスケット)水をたらして「飲んでる」と大騒ぎ。さわっちゃだめなんだってばと何度も言ったのだけど。

で、ベッドフレームを立てて、巣があるらしい屋根と梁のすき間に鳥を返せと「叔父さん(のちほど登場)」が言うので、夜中にベッドをぎーぎー動かしていると、部屋のすみに黒い影がふたつ。よく見てみるとそこにも小鳥が2羽。でもこの2羽はもう羽をぱたぱたして多少は飛べる感じ。捕獲しようとすると逃げる。とかってぎゃーぎゃーやってるのに親鳥がどこにも見当たらないので、私たちがこの部屋に来たことで逃げてしまったんじゃないだろうかと思う。

戻すのは待って様子見をすることに。鳥が寒いかなと言って葉っぱやら綿のようなもの(カポックというらしい)をかき集めてベッドを作り、そこでとりあえず寝てもらう。3羽ともねむそーにして、ピィとも言わず寝る。

Internship Day 18: 6月13日(木)

ブラブラ過ごせばいいよねと思っていた木曜日は大変な1日になりました。

朝イチで親鳥のような鳥が戻ってきているのを確認。遠目に観察していると、私たちがさわったにも関わらずまだちゃんとご飯をやっているようす。よかったぁと思うものの、最初に見つけた飛べない鳥はやっぱり動きづらそうな感じ。親鳥がいないのを見計らってよく見てみると、折れているんだかまだ生まれたばかりだからか、この子の足はまだまっすぐ立たないみたいでした。動き回るのもままならないようですが、親鳥がくると一生懸命そっちの方に動こうとしています。だけどうまくいかない。見ていて涙が出そうでした…

と、親鳥が戻って世話を再開したにも関わらず「小さいやつはほかの2羽よりご飯をもらってない」とまたビスケットをやっているK。「あのさぁ、あんたが世話すれば世話するほど親は世話しなくなる可能性があるよ」と言うとだまって小鳥を戻す。

そんなこんなで朝から鳥の世話をしたり、昨日の聞き取り調査の項目と去年のを照らし合わせたり、あんまりダラダラせずに夕方になったなぁ~。主任はいつ来るんだろうと思っていた16時ごろ。

クラスメイトSが泣きながら電話をしてきました。なんと別のクラスメイトDのお母さんが亡くなったとのこと。すぐにDの家にみんな来て!ということでした。

とは言え、インターンシップ中にだまってここを出て行くわけにもいかないしということで、学科長やGobiの責任者に電話をして許可をいただき、彼女の家に向かうことになりました。どこにあるのと聞くと、Karaikudiという私は聞いたとこのない場所。Maduraiから2時間くらいの場所と言われても、あいまい。。。。

ということで地図にしてみました。




17時半ころあわてて荷物をまとめるとなんとバスが今!トレーニングセンターの前に止まってるとのこと。お世話になったスタッフやお店の人たちにお礼を言うヒマもなく、半ば夜逃げ状態でバスに飛び乗る。小鳥たちのことが気になり、後ろ髪をぐいぐい引かれながらArepalayamをあとにする。どうぞ、親鳥さんたちががんばって子育てを続けますように。

下りヘアピンカーブは速いけど、気持ち悪くもなりますね。。。

どうやら22時台にTirupurから直接Karaikudiに出るバスがあると叔父さん情報なので、それまでに間に合うようにと急ぐ、急ぐ。途中GobiのMYRADAで荷物をおろし、またあわてて飛び出す。22時くらいにTirupurにつかないと席が確保できないかもと言われあせるけれど、MYRADAからGobiのバス停まで行くためのバスがなかなか来ない。次の停留所まで歩いてようやくバスに乗りGobiバス停へ。ここでも出発ぎりぎりだったTirupur行きに乗るとTirupur到着は乗り換えバスの出発時間の22時45分といわれ、またあせる。しかし案外早くついたので(それもどうかと思うけど)ようやく夜ご飯。食べてすぐ23時にバス出発。

なんていうか、普通の乗り合いバスみたいなバスなのに夜行、っていうのは初めてでした。前にACつきのデラックスバスみたいなのには乗ってるけど、これはフツーの車両の席を多少改良したくらいの感じで、気分はちょっとそのへんに行くような気分のバス。リクライニングなんてもちろんないわけで、そんな中で眠るのはちとキツいものが。幸い涼しかったというかぶっちゃけ寒かったので汗だくとかじゃないけどね。

Internship Day 19: 6月14日(金)

7時間くらいかかったかな。ようやくKaraikudiへ。Arepalayamからは12時間経過済。

こちらに来てやたらと結婚式にはおよばれするけれど、葬儀は2度目。何を言っていいのかさっぱりわからないままDのおうちへ。数時間前に到着していたクラスメイトたちに囲まれて、Dがさめざめと泣いていました。事情は詳しく聞きませんでしたが、お母さまは呼吸系の病気を患っていたのだそう。彼女も呆然として疲れきっているようでしたが、長女としててきぱきと親戚に指示を出したり、弟に頼んで仕事をしてもらったり。お母さまも生前は家のことをてきぱきとやってお父さんをひっぱるタイプだったそうです。

明日ちょうどタミル暦の月が変わるのですが、葬儀(3日かかるそう)が月をまたいでしまうと家族にまた不幸があるのだそうです。だからDは2日で全て終わらせなければならないとお父さまに伝えているようでしたが、お父さまは3日やりたいと考えているようで、それでモメているうちに時間がすぎる。そのうちようやく、私たちは別に葬儀に参加するために来ているのではなくて彼女に会うために来ているというのがわかりました。話を聞いて、気分をやわらげてあげるということなのでしょうか。私はてっきり葬儀までいるのかと思っていたので、朝ごはんを食べてあっさり「じゃぁそろそろ戻りますか」というのは変な気分がしました。

でもみんなインターン先からあわてて来ているわけで(許可が出なかった子たちは週末に来る)、しかも一番遠隔から来ている私たちはいっそいで帰らないと今日中にたどり着けなくなってしまうのです。そんなわけで10時ごろDのおうちをあとにしました。

それにしても、こんな若いうちに母が亡くなるなんて、Dはさぞかし辛いだろうなと思います。しかも、ご両親は異コミュニティ間の恋愛結婚だったそうで、お母さまの葬儀だというのにお母さまの家族親戚はDの家に入るのを拒否して外にいるという始末…あぁ、インドって複雑だ。めんどくさい。

Mが月曜日に企業の面接があるからと実家に帰ったので、帰りは私とKのみ。陽射しの強くなってきた窓側の席で、Gobiまで戻る。Tirupurに直接行くバスがないのでTrichy経由で帰る。←これだと1時間半くらい時間が長くなる。。。Trichyまでは3時間。30分ほど乗り換え待ちでTirupurまではまた5時間乗車。

Tirupur行きのバスで途中、Kの「叔父さん」が乗車。叔父さんというのは呼称のようなもので、実際はKのカレシでした。まぁいっつもKが電話口で怒鳴り散らしているのはこの人かくらいの感覚だったけれど、辛くあたられても笑Kをやさしく見守ってくれる男性という感じでいい人なんじゃないかと思いました。そんな叔父さんとTirupurで夜ご飯を食べて、Gobiについたのは22時近くでしょうか。あぁ、疲れた。お尻が痛い。


お葬式の花とか私が思ったからバチが当たったんだろうか。と今ふと気がつきました。


2013年4月13日土曜日

Extension Education, Education Extension (2) インドなんか2度と来るかボケモメント

こんばんワニ。


倉林家ガールズを紹介します。

もこもこ

3女のメイです。でも今上が出払ってるので長女です。


じっ

4女のカンナです。大きくなってきました。


あぁ、猫に会いたい。猫とゴロゴロしたい。猫に癒されたい。そしていじめたい。

あぁ、ヒトってイヤだ。ていうか

インドなんか2度と来るかボケ!!!!!!!!!!!!!!!

と、思うことはしばらくなかったけど、今日はちょっぴり思った。んで猫が恋しい。

猫って(動物はみんなそう)ヒトが思ってるより頭がいいから、ヒトが落ち込んでたりイライラしてたりするとわかるんだって。なんかいやなことがあっても(写真ここにはないけど)うちのクロウといるといやな気持ちが吸い取られるみたいな気がするし(ブラックホール)。


● ● ●


前回の続き。っていうか、続きなんかなくって

「学生ヴィサ延長できました~」

とかハッピーなポストを書くつもりだったのに、そうは問屋がおろしません。


前回「電話するから」と言った職員の言葉を信じ大学に戻る。水曜に連絡はなし。


昨日木曜日、朝から電話待機。こっちから連絡しようかとも思ったけど、待ってみる。11時、連絡なさそうだから午後電話しようかと思いつつ、洗濯をはじめたところで電話あり。。。

職員「えーと、1時間で来てください」

(今洗濯はじめたばっかりなんですけど…)「1時間じゃつきません。午後はあいてますか」

職員「午後は今日お休みです」←祝日だったからだと思われる

「じゃぁ明日行きます。何時に行けばいいですか」

職員「10時に」

「それでは、10時に」

このとき、特に何も言われなかったのでもう手続きは完了し次の日には延長完了書類がもらえるものと思い込む。

…という思い込みはよくありません。


今朝。今日うちの大学は休み(2週間前閉鎖中にも関わらず土曜日に教職員だけ勤務だったので、振り替え休日)でしたが、他の学校は通常授業、お勤めの人も通常勤務のため、ラッシュにぶつかる。汗だくバス。

でも乗り換えもよく、10時前に無事FRO到着。

職員「かけてください」

座るけれどあとからあとから人がやってきてなかなか私の話がはじまらない。

ちょっとしてやっと職員が私の書類をひっぱりだす。

職員「学籍証明書に期限のことが書いてないですよ」

…は?

私が持ってきた学籍証明書は、この人に持ってこいと言われなかったけど念のためMBA Coordinatorに作成してもらったものです。作成の際に「こうこうこういう理由で延長が必要だと書く必要があるのか」と聞かれて「はい、お願いします。こんな感じで…」と言ったにも関わらずできたものをもらったら「クラバヤシミワはうちの大学で2011-2013年勉強しています」というフォーマットに従った内容のみ。Coordinatorが「他に文面が必要なら学科で作成してもらって」と言われてちょっと考えたけど、もともと持ってこいと言われなかった書類なのでまぁいっかと思って(しまって)そのまま持っていったんです。

そしたらこれですよ。

「でも延長のことは9月末までってICCRのレターに書いてあるじゃないですか」

職員「学籍証明書に書いてないとね…」

持ってこいって言ってない書類わざわざ用意したのにケチつけんのかよ!

(追記)つか、電話で話したときに言えよ!!!

とイライラ度がぐんぐん上がる。

私のイライラが伝わったのか、あとからでっかい書類の束を持ってきた男の人が職員にどうしたのか訪ねている。ガンディグラムの日本人学生でねというような内容を職員が話している。

私「Coordinatorの作ったフォーマットだから変えてもらえなかったんですよ」

職員「じゃぁCoordinatorと話をさせてください」

今日は休みなんだよ!ボケ!

と思ったけど、なんとかCoordinatorに交渉してほしいので携帯電話に電話する。

C「もしもし…(休日モードな感じ)」

「あー、すみません、ミワですけど、今警察に来てて、職員の人が話したいって言ってるんですけど…」

とつながったにも関わらず部屋をあとにする職員。。。

「ごめんなさい、かけなおします…」

5分ほどして職員が帰ってきたので再度電話。Coordinatorに話をしてもらう。

と、思ったのに、あっさり書類作成し直しを承諾するCoordinator。使えねー!!!

C「月曜にまたレターを作るようにと言われたよ」

(わかってるよ!ボケ!)「はぁ、そうですか…じゃぁ月曜にお願いします」

イライラが爆発しそうな私。ここのオフィスに来るのだって簡単なことじゃないのに。時間もかかるしまた授業を休まなくちゃいけない。

あとから来た男性が「ヴィサ延長には学籍証明書にきちんと期間を書かなくちゃいけないんだよ」と言う。「それはわかりますけど、この人に電話したときそんなこと一言も言わなかったんですよ。」と返す。

そのあともあとからあとから人がやってきて、対応にてんてこまいな感じの職員。

合間をぬって、この男性が職員に私がどうしたらいいのか聞いてくれている。どうやら彼はKodaikanalの学校の関係者のよう。インドに駐在している外国人の人の子どもたちは気候がよいのでよくKodaikanalの学校に通うんですよね。だからヴィサ延長に関しても詳しいようでした。

で、結局わかったのは電話口で持ってこいと言われた書類よりたーくさん必要なものがあったということ。

正しくは


1) Form of application to be filled in by alien desiring to extend stay in India (4)
2) Certificate of registration of foreigners and residential permit (Original with 4 copies)
3) Bona fide certificate (Original with 4 copies)
4) Letter from the financial guarantor/scholarship sponsor (Original with 4 copies)
5) Passport and visa copies (4)
6) Challan for payment of visa fee (Original with 4 copies)
7) Local Police Station security clearance certificate (Original with 4 copies)
8) Passport size photographs (2)


みたいです…。

1) 申請書はもう書いた。手書きで4通。でも男性がタイプしたものを持っていたのでおそらくダウンロードが可能なんだと思う。M子さんに聞いてたけど、どこでダウンロードできるかわからなかったんだよね。

2) 滞在許可はオリジナルを持参、コピー4通。

3) 学籍証明書には延長期間を明記。4通コピー。

4) これも4通コピー。

5) これも4通コピー。

6) これね…。延長申請費用はなんと国籍によって違うんですー。ぼったくられないようにきちんと移民局のサイトをプリントアウトしたらしいものを男性と一緒にチェックして、日本人は435ルピーだということが判明。学生ヴィサだけど、大丈夫よね?とダブルチェック。Challanというのは支払い証明書。で、どこで払うんだというのは後述。

7) こんなのひと言も言ってなかったじゃねーか!という感じ。たまたまうちの大学のそば(Ambathurai)の警察署から人が来ていて、その人の顔を見て「あぁ、Security clearanceももらってきてね」と職員が言う。何なんだよ…。つまるところこれは「この人は滞在中犯罪を犯してないので延長に問題ないです」と警察署に証明してもらうというものです。

この警察署の証明書を作成してもらうのにも学籍証明書、パスポート・ヴィサ・滞在許可書が必要です。学籍証明書はオリジナルとコピーを1通、他はコピーを2通ずつ。

で、作成はぱぱっとやってもらえるのかと思いきや、男性いわく「あの人たちはそんな時間ないから」自分で作成した証明書にサインとスタンプをしてもらうのが常だと言う。なので男性の学校に通っている子どもの例を書き写させてもらう。

学籍証明書や他の書類も見せてもらう。ひとりひとり分厚い書類の束で、何人分も準備済み。数枚の書類で何とかなると思っていた自分がカッコ悪く感じて、ちょっとイライラがおさまる。

(追記)男性「相手は政府なんだから、交渉してどうにかなることじゃないよ」「すぎたことは忘れないと」

しかもこの男性Challanを実際に記入して、こうやって書くんだよと説明してくれました。

ムカついて頭がどうにかなっちゃうかと思ったけど、男性のおかげでちょっとスっとする。

(イケメンだったらここで恋に落ちていたでしょうが、ちと残念)


で、この職員。学籍証明書作ってまた来てねというような感じの態度が、ものすごくムカつく。まだいたの?みたな様相なので「あなたと話をしたいんです」と言う。

「じゃぁ月曜に1)から7)持ってきますけど、他に何か必要なんですか?」

職員「いや、それだけです」

「証明写真は?????????????」

職員「あ、そう写真も」


…殴ってやりたい。

「何枚必要なの!?」

職員「2枚で十分」

信じられん。だけど信じるしかない。

ということで、学籍証明書を作成し直して警察に行き、そこでも証明書を作成してもらったのちにまたここに来ると伝える。

でも平日の今日、なんとか申請費用は支払を済ませたい。

男性に「ここで払えるんですよね」と聞くと、「いや…SBIで支払いをするのだけど、その前にTreasuryで印をおしてもらわないといけないんだ」というまた厄介そうな答え。。。

支払の前に政府のTreasury(財務部?でしょうか)で印をおしてもらうんだけど、なぜかDistrictのオフィスであるこのCollector's Officeにはその部署がないとのこと。。。ハイ?で、男性の場合は"Treasury"で印をおしてもらったけど、このへんでは"Sub Treasury"で印をおしてもらわなくてはいけない…。。。よくわからん。

推測ですが、この印はなぜかDistrict(県)ではなくてひとつ下の自治組織Taluk(もしくはBlock)のオフィスでおしてもらうということのようです。なのでDistrictとは別のオフィスというわけ。←間違ってるかもしれないので当てにしないでください

ともかく、今日中(14時まで)に支払ったほうがいいねと男性が言うので、FROから直接Sub Treasuryに行くことに。何度も(男性に)お礼を言ってオフィスをあとにする。

とは言えちと遠いようなのでDindigulのメインバス停まで戻る。11時くらいにオフィスを出たけれど、暑いーーーー!

バス停に戻り、ちっこい警察駐在所に行く。私ここでよく道やバスの乗車場所を聞くんですけど、いつもたいてい英語の話せる警察官の人がいるんです。でも今日のぞいてみたら中にいたのは女性の警察官二人のみ。英語で「Sub Treasuryを探しているんです」と言うけどなかなか伝わらない。

とりあえず中に入って座ってと言われて、あせる気持ちをおさえてとりあえず座る。Challanをひっぱりだして、Sub Treasuryで支払をしたくて、どこそこの通りにあるみたいなんですけど…と説明する(英語。笑)。なんとなく解してくれたようで、電話で詳しい場所を聞いてくれる。

「バスで行く?Autoで行く?」

私「遠いですか、近いですか(タミル語)」

二人「(笑)」「遠いわね」

私「じゃぁAutoにします」

そこでこの警察官さんがドライバーをつかまえて、場所を説明してくれました。警察官の前でしっかり値段も聞いたから、ぼったくられなかったです笑

せまい路地を抜けて(たまに抜けられず戻ったりしたけど)なんとかこのSub Treasuryに到着。印はすぐに押してもらえました。で、入金はどこでするか。

FRO職員の話と彼の書いた地図によると、入金をするState Bank of India (SBI) の支店はここから近そう、だったんだけど印を押してくれた女性と印を押してもらいに来ていた男性の話(タミル語なのでよくわからん。ここを出て左の方に行ってあっちー!みたいな)によると、そうでもないかも…。

とりあえずその支店の名前を書いてもらう。どうやらお世話になったSt. Joseph Hospitalに近いらしい。ちょっと歩いてガソリンスタンドで道をきく。あっちと言われてそっちに歩く。また道をきく。

「遠いですか」

「遠いね」

マジか…。そこでまたAutoに飛び乗る。「St. Joseph Hospitalの向かいにSBIがあるようなんですが」と言うと?という表情だったけどともかく病院まで行ってもらう。

案の定、病院の向かいにSBIなし。そこで書いてもらった紙をひっぱりだして、ここの支店なんですけどと言うと「そこなの?」と言われる。走ること2分弱、この支店にようやく到着。

なんか人があふれてる…。

中に入ると中に入りきれないくらい人がたーくさん待っている。入金用紙のようなものを持って並んでいる人がいる列を対応している銀行員に、「入金なんですけどここの列でいいですか」と聞くと

銀行員「番号札とって待っててください」

他のSBIでも番号札出してるの見たことあるけど、それがきちんと使われているのは見たことがなかったので、マジかよ!使ってんの?と思う。とりあえず番号札入手。211番。番号表示板で今の番号を確認。

私の前に100人以上いますけど…。。。泣

泣いても仕方ないので、ACの風が当たるところに突っ立って、待つ、待つ、待つ。12時少し前。男性の話だと14時までに入金ということだったから、あと2時間はある。なんとかなりそう。

札束や入金用紙を持った人があとからあとからやってくる。日本でも銀行は時間によってはものすごく忙しそうだけど、インドは要領悪いのか人が多すぎるのか、銀行でもものすごく待たされる。

そのうち、さっきの銀行員の窓口(1)には番号札の人が行かないことがわかる。3つの窓口のうち、番号札対応をしているのは2と3だけ。じゃぁ1は何やってんだろうと思う。1にはたくさん人が並んでいる。窓口にはってある紙が、突っ立ってるおっさんでよく見えないけど、Businessなんとかと書いてあるので、企業用の窓口なのかなと思う。

でも、並んでるのはビジネス経営なんてしてなさそうなおじさんたちばかり。なんか修行者みたいな人もいる。よく見ると、私のChallanによく似た用紙を持ってる人が多いじゃないですか。。。

30分くらい番号札を待ったところで、これはもしかしてと思って立場所を変える。おっさんで見えなかった紙が見える位置へ。「Government Business Centre Until 2PM」と書いてある。

政府関連の入金はやっぱりここなんじゃないの~???

と思ってまた(1)窓口の銀行員のところへ。

「たびたびすみませんけど。私こういうChallan持ってるんですけど、似たようなの持ってる人がこの列に並んでますよね?」

すると銀行員ちょっとニヤけて

「それだったらこの列でいいですよ、マダム!」

コラーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

40分ムダ待ち!←日本人失格

ということで、よく見ると政府入金用紙ばかり持った男性がうじゃうじゃ並ぶ列に参戦。

番号札211より対応が遅かったら私ホントキレるかも、と思う。

「超遅いね」

とぼやくおじさんたちの話に耳をかたむけつつ、また待つ、待つ、待つ。割り込みされないよう、ボケっとせずに待つ。

そして待つこと…もうどんだけ待ったか忘れた。泣 何とか14時前に入金は終わりました。


Challan

これと同じのが右に2通ついていて、ひとつは銀行管理用、もうひとつは政府用だと思う。

上部の赤いスタンプがSub Treasuryのもので、これがないと入金不可。下の紫スタンプは嘘つき銀行員の印とサインです。なぜか入金額は赤で書けと言われました。政府のだから?大学の入金でそんなこと言われたことないんだよね。

で、帰る際番号札対応は190番台でした。ちょっとだけ私が早かった笑

せっかくとった札ムダにするといけないのでそのへんで待ってたオンナノコにあげました。290番台なんだからもっと感謝してほしいくらいだったけど笑、まぁいっか…。


このあと、超疲れていて頭もぼーっとしていましたが、どうしてもこまこま買いたいものがあったのでKannanへ。そのあと写真もプリントしたかったので(Chinnalapattiだと質悪い、高い、遅い)バス停の近くの写真やさんへフラフラと歩いていく。

すると見慣れた顔が。

学科のスタッフG先生。

「何してるんですか~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~???」

このあと、7UPをおごってもらいつつ今日あった出来事を全部洗いざらいしゃべったのは言うまでもありません。

先生は地元の人なので、Ambathuraiの警察署にも知り合いがいるとのこと。月曜はお休みの予定ですが一緒に来てくれるそうです。

「他に誰も助けてくれないなんておかしいじゃないか」と先生。

今だから思う。スタッフの人に一緒にFROまで来てもらえばよかったと。

とりあえず、先生が来てくれるなら月曜の警察署訪問は気分がちと楽になりそうです。


と、いうことで。

インドなんか、と冒頭に書きましたが、こうやってイライラすることがあるたびに、誰かが助けてくれる。これがインドなんです。

たぶん世界一便利で快適な国のひとつである日本から来ている私にとっては、住みづらくてストレスもたまる、そんな国だけれど、インドにはそんなイライラ日本人を見捨てないで、一緒に何とかしようとしてくれる、そんな人たちがたくさんいます。

インドなんか2度と行くか!ボケ!!の人の本は読んだことないけど、きっと彼もそういうインドのことをわかっていたんじゃないかなと思います。

と、いい具合にシメておかないと月曜日に心が折れそうなので。笑


おやすみなサイ。。。今日は熟睡しちゃうぞー




2013年2月24日日曜日

集合した Nellai Halwa

こんばんワニ。


昨夜、TirunelveliのConferenceから帰ってきました。22時ころに帰れると思ったのに、電車がDindigulについたのが22時50分、夜ご飯を買って寮に戻ったのは0時すぎでした。疲れたー。


出発からトラブルがあったといえばあったよね…。水曜日、出発時間が夕方から昼すぎに変わったのが全員に伝わってなかったらしくて。今私たちはたいてい平日の午前中しか授業がないので、授業のあとに荷物をとりに行こうと考えてた自宅から通ってる子の中には、朝あわてて荷物をとりに帰るって人もいたみたいだし。当日になって行かないとか言い出す子もいたりとか(結局来たけど)。電車が来るギリッギリの時間まで来ない子もいたねぇ。まぁこの子はキャンパス外に行くとき(VPPとか)には必ず遅れてくるからいつものことなんだけど。。。でもたまたま電車が遅れたから乗れたけど、そうじゃなかったら取り残されてたよ。乗ったのは事前予約ナシ、席指定ナシの、いわゆるPassenger trainというものです。全員座れたけどね。

まぁなんとかTirunelveliに到着したら、迎えに来ていたのは企画団体SCADが運営する高校のバス。。。大学院生が高校のバスに乗り込んでいるとさすがに恥ずかしいものがあります。それで、駅から近いのかと思ったら1時間半ガタコト揺られ続ける。遠い。。。

到着したのはSCAD College of Engineerig and Technology。おぉ、会場のカレッジキャンパス内に泊まれるのか~と思ったら、実はこれは会場(SCAD Francis Xavier Engineering College)とは別のカレッジだったんですねぇ。いくつエンジニアカレッジ運営してるんだって感じ。


宿泊先から会場まで25キロ。。。会場は駅に近い怒


泊まったのは寮ではなくておそらくゲストハウスのようなところなのだけど、普段使わないせいか水をくみあげてなかったらしく、夜おそーくまでおトイレも使えず。窓に網戸がはってあるのにデッカい蚊がぷ~んと飛んでるし。

ご飯は寮生が食べるところ(いわゆるmess foodですな)で食べたのですが、ここの生徒があまりいない時間に…と言って夜ご飯はめっちゃ遅く、朝ごはんはめっちゃ早く食べました。男の子の食堂だったようで、クラスメイトのオンナノコたちはじろじろ見られて落ち着かなかったみたい。そうそう、ここはGandhian思想にのっとったどうのこうのなんてのはもちろんないわけで、寮のご飯といえどNon-vegアイテムがメニューにありました。夜ご飯には魚のフライとゆで卵がついていたようです。育ち盛りの男の子には必要かもね。。。(うちの大学のオトコノコたちはどうなんだって感じだけど)私はVegだけいただきました。アイスクリームもついてきて、うれしかったけど。


Conferenceの入り口

で、肝心のConferenceは…なんかイマイチだったかな。

2015年までに達成しようというミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)ってありますよね。その中のひとつに環境の持続可能性確保(Ensuring environmental sustainability)というのがあるのですが、それと並行して持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)というのが去年の国際会議Rio+20で提唱されました。

そのMDGsとSDGsを例の"Convergence"の枠組みでどうやってやるか、という話がこのConferenceのメインだったようですが、SDGsにしても、このConferenceにしても、2015年を間近にして今さら…と思ってしまいます。もちろん大事なことなのですが(こういった話をするのに遅いということは決してないとは思うけれど)、今この時期にインドでこのConferenceをやる意義がイマイチ伝わってこなかった。

インドの学生にもわかりやすくするためか、イギリスからのお客様がものすごくシンプルに物事を説明している気がして、研究者とかにはイマイチな内容だったのではないだろうかとも思います。

んで。このConferenceの開会式。


? ? ?

うちのVC(Vice Chancellor)が主賓だったんですよ。

いつもVCがうちの大学でしゃべるときはタミル語なので、英語話せるのかと思ってたけど、流暢な英語だった。当たり前か。

でも話の内容がさっぱりわからんのですよ。言ってることはわかるけど、それと会議の内容とどうからんでくるのかわからなかった。気候変動等でRajasthanなど砂漠化がすすみ、このままでは首都デリーも砂漠化の危機にさらされるらしいですよ。あと、これも環境の変化のせいで、タミルナドゥのあちこちの川の流れが変わっているという話を延々としていました。海外から来てる人(私も含め)にはどこそこの川と言われても地理感ないのでわからないですよ。あとでマニプーリ妹にそれ(川関係…)がVCの専門分野だったことを聞いたので、なんでそんなに川トークをしたかったのかはわかったけど、結局何が言いたいの?というのがわからなかった。

それと、配られた資料を見てたらVCの肩書きが「Professor」で「Dr」ではなかった。博士号持ってないのかな。

写真で一番左端に座っているのが現在の学科長です。学科長が来るのはきいてなかったので朝ビックリした。一生懸命に聞いてるように見えるけど、たぶん彼も「???」と思っていたはず。


そのあと、メインConferenceの最初のセッションで話したのがうちの大学のGandhian思想の教授だったんだけど、授業のときと同じように支離滅裂なスピーチで、VCに続きうちの大学の代表がこの人じゃ、大学のイメージが損なわれるのでは…と本気で思いました。

SCADの代表がうちで博士号とった人だから大学の人を呼ばざるを得なかった、と思ってあげたい。

まぁ、そのあと、私が興味あるrain water harvesting(雨水をためて家庭や学校、企業で使えるようにする仕組み)をわかりやすく説明してくれた人の話なんかはおもしろかったんだけど、他には特筆するようなことはないので割愛します。2日間丸々いたのになぁ。


がんばれ子どもたち

1日目のプログラムの終わりに文化プログラムがありました。SCADの運営する学校の子どもたち。

そういえば会議中、高校生くらいのオトコノコで立派に意見を述べている子がいたなぁ。いっつもシャイなGandhigramのオトコノコばかり見ているのでこういう子を見るとホントにびっくりする。(インド人はUNとか国際会議の場で黙らないとジョークで言うけれど、インドの人がみんなそうというわけではないですよ。)


木の人。

たぶんこのダンスにはストーリーがあったんだと思う。前でガサガサやってる木?が切られたり、川が汚染されたり、アルコールを飲んだりというような「よくないこと」がいくつもダンスの中に織り込まれていました。にしても、木のオンナノコには心から拍手を送りたいよ。


会場にて。髪のびたべ。

1日目が終わったあと、勝手に写真撮影。


仲良し

1年半ずっとつるんできたメンバー。今Kだけ選択科目が別なので、さみしい。

この写真を撮ったあと、夜ご飯はこの会場で食べました(ランチもここだったけど)。ケータリングがとてもよかった。うちの大学でもイベントとかによくケータリングが来るけど、あんまりおいしいなって思ったことないんだよね。Dindigulはビリヤニが有名なのでしょっちゅう出るけど、おいしくない。この日はNellai(Tirunelveliの通称)の特別料理らしいものが出ました。私の大好きなIdiyapam(ビーフンみたいな麺がIdlyのような形になっているもので、ココナッツミルクなどと一緒に食べます)に白いスープ状のソース?がかかっているもの。ニンジンが入って、なんかクリームシチューのようなのだけど、これは味気なかった。


宿泊先に戻ってKと話す。仲良しの3人はみーんなelope(駆け落ち)するかもとのこと。そうですか。。。話を聞いてみると、3人ともどうやらカーストが別の人とお付き合いをしているようです。Sの場合は実はクラスメイトのオトコノコと仲良くやっているのですが、彼とはやっぱりカーストが違うのでムリだと思っているらしい。友人のこともあるので私はフクザツな気持ちでした。

Kは私が来たばかりのときに「私のこと忘れちゃう?」と聞いてきた例の子ですが、最近よく「数ヵ月後」「卒業後」のことを話しているとこの「忘れちゃう?」が深い意味合いを持ってきたなと思います。Kと一緒にやらかしたたっくさんのことは一生忘れないけれど、疎遠になってしまう気がして、それはいやだなぁと心から思うのです。


Santhi Sweets

2日目の閉会式の前、ティータイムに「音を立てないように」との付き添い教授(写真左端に移りこんでいるイカつい人)の指令を受け、会場を抜け出し駅へ向かいました。

その途中で、出発時から「買いたい食べたいオネガイシマス」と言い続けていたTirunelveli Halwaのお店へ!

ここで書いているように先週も私はTirunelveliに来てたんですけど、その3日後、日曜日のThe HinduのSunday Magazineという別紙で驚愕の事実が発覚。このMagazineでは毎週"Food Safari: In Search of..."という記事で、各地の有名な食べものや作り方を紹介しています。で、この間の日曜日の記事で紹介されていたのがNellaiのHalwaだったんです。

Halwaというのはもともと「甘いもの」という意味があるらしくて、いろんな国で食べられていて味も見た目も全然違うものだったりするのね。有名なのはトルコのいわゆるTurkish Delightsとかね。NellaiのHalwaは小麦を水につけて発酵させたものに砂糖とギー(バター)をたっっっっぷり入れて(小麦1に対し砂糖4、ギー3)作るもので、鍋でぐつぐつ煮てどろっとしたジェリー状になるまでかき回し続けるとできるそうです。オレンジのペーストのようなHalwaは超!甘い!です。

はじめて食べたのはMadurai Junctionの向かいのお菓子やさんで、葉っぱにのせられたHalwaは甘すぎてとても食べ切れないと思って、あんまりいいイメージがなかったのだけど。この記事読んでたら、そんな有名なものを食べなかったくやしさと、おいしそうな表現に誘惑されましたね。えーーーーー!知らなかった!行ったばっかなのに!悔しい!ということで、今週行ったら絶対買って帰ってこようと心に誓ったわけですよ。だって、Nellaiに行ったら必ず買って帰らなきゃいけない、というようなものらしいので。

Kいわく、Nellaiに行く人はおみやげに必ずHalwaを買ってくるそうです。おもしろいのが、Halwaにくっついているイメージ。式を挙げて数日の新婚さんは、ダンナがHalwaを奥さんにあげてあま~い関係を作り上げるのだとか。また、浮気をしている男の人は奥さんが怪しまないようにわざとやさしくして、Halwaを買って家に帰るみたいです。ともかく、女性が喜ぶHalwaは男性の武器になるってことですかね。今夜は甘い夜を過ごしたいという男性は、Halwaとジャスミンの花をセットで買っていくようだし。男性諸君、参考に!というわけで、Nellaiに行くと言うと「Halwaをおみやげに買ってきて」と言われるのと同じくらい、「ジャスミンの花も買ってこようか!」というジョークが言われるようです。

さて、写真はNellaiで有名なHalwaやさんのひとつ、Santhi Sweetsです。Nellai出身だと言うと「Iruttukadai HalwaとSanthi Sweetsとどちらがおいしいの?」と自動的に聞かれるくらい、Nellai Halwa界大御所2件のうちのひとつ、みたいです。向かいにもHalwaやさんがあったけど、だーれも並んでない。でもここにはたくさんの人が並んでる。とは言えSanthi Sweetsは登録商標をしていないので似たような名前の場所がたくさんあり、私たちの行ったとこがホンモノか怪しいところですが。500グラム70ルピー、どっしりした袋をたくさんかかえて駅へ向かいました。

イカツイ教授も1キロ買いしてました。奥さんとうまくいってないんでしょうか。


Bye Nellai!

帰りも事前予約ナシPassenger train。始発駅だったにも関わらずものすっごい人の数。私たちが待ってた女性専用車両は20しか席がなくって、座るどころか立つスペースもなし!付き添いE教授に電話すると別車両に席を確保してるのでそちらに来いと言われる。だけどひとつのcompartment(通常8人用)に16人はムリだべ。。。だけどここはインド。無理無謀なことが起こらない日はない(そういえばHyderabadでのテロの件でやたらと領事館からSMSが届いていたので、多少電車に乗るのをひかえようとか考えるべきだったかな)。ひざに乗ったり、荷物専用の棚(寝台列車ならこのスペースもヒトの席になりますが、Passengerでは荷物専用)にも乗る!


荷物になったNとB

私もなんとか座れたけど、立ってるほうがマシかもと思うくらいぎゅうぎゅうだった。お尻も腰も痛くなるし。みんなと違って若くないんだからムチ打ってという感じ苦笑

けど、こんなのひとり旅ではゼッタイしないだろうし、勉強になったしいい経験になった。こういう電車ではところかまわず人が座りねっころがるということもわかった。みんなとこうして電車に乗るのも最後だろうし。←と思うとなんだかしょげる。

なんだかあまりいいイメージがなかったイカツイ教授E。私の修士論文担当とはいえ、クラスも受け持ってもらったことがないし、あまりいい噂を聞かないので、なんとなく距離を置いていた存在。彼もそれなりに学科の生徒と過ごす時間がないことを気にしていたようで、みんなが楽しく過ごせるようにジョークを飛ばし、イジられ生徒はとことんイジり(いいんだろうか、これ)、私にも多々声をかけてくれたので、かなり「ヤなヤツ」イメージは払拭された。

と思ったけど、フレンドリーの度を越えて「メガネで5歳老けて見える」とか言わないでいいですから!余計なお世話だ、こんちくしょー!それと、インターンシップで私をSCADに送り込もうとするのは本当に勘弁してほしい。。。


Nellai Halwa


まぁ、なんとか、寮に帰ってきましたよ。0時過ぎにご飯を食べ、sinfullyに甘いHalwaを食べていいものだろうかと思ったけど、待ち切れずに食べちゃいました。以前に食べたものより断然おいしかったぁ。ちなみにカシューナッツ入りです。


食べすぎ

こんなに甘~いものをおいしいと思うようになるっていうのは、やっぱり味覚が変わってしまったということなのかしらねぇ。

ヤバいヤバい!ダイエット…は明日から!




2013年2月17日日曜日

Mani... 読めない




祝?300ポスト目。

なんとか、続いてますなぁ。


Ootyのバラ


こんばんワニ。

延期されつづけた定期テストCFAがようやく明日から。次のCFAが3月のあたまなので、やる意味あるのかって感じだけど。

ということで勉強しなくてはいけないので短く。


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Ootyに行ったとき。

私は行きのバスで他のメンバーと少し離れて座っていたのですが。

隣に座ったおばあちゃんが、私をつついて、「いくら?」と言ってくる。

え?と聞き返すと、また「いくら?」とのこと。

えぇー、バスは乗ったところと降りるところで料金が変わるからおばあちゃんの料金はわかんないよ。

よく見ると、おばあちゃんはすでにチケットを買ったあと。

なんだ、もう買ったんじゃん。「いくら?」は私の聞き違いかなと思って、ちょっとワカリマセンという顔をする。

でもちょっと考えて、やっぱり「いくら?」だったよなぁと思う。

チケットを指差して、「これ?」と言うと、そう、とおばあちゃんがうなずく。

私タミル語の数字がどうしても覚えられなくて、11から上はなかなか言えないんだけど、たまたまわかりやすい数だったので(18だったかな)、これはXXだよとおばあちゃんに言う。

チケットはタミル語表記がしてあって、いくらっていうのも数字で大きく書いてあるんだけどなぁ。第一、おばあちゃん自分で買ったんじゃない。と思って窓の外を眺める。

でもそのあと考え直したんです。

おばあちゃん、チケット読めなかったんじゃないかなって。

よくバスに乗っていると、「(場所の名前)まで」と言って10ルピーとか20ルピーとか車掌さんに渡しているのをよく見ます。バスって、会社によって値段が変わるので、同じところで乗って同じところで降りても、値段が違うことがあるんです。だから私もいちいち料金聞いてから出すのがめんどくさくて、小銭じゃなくて紙幣で払ってお釣りをもらうことが多い。

それで、チケットとお釣りをすぐにくれない場合があるんですよね。車掌さんによっては、お金をまずみんなから集めて、そのあとチケットとお釣りを配る人もいます。よくお釣りの金額覚えてるなぁと思うけど、間違われたことはないです。すごいよね。

それで、このおばあちゃんの場合も、お釣りをあとからもらっていました。

たぶん、20ルピー渡してチケットだけ先にもらい、お釣りを待っていたのだけど、いくらお釣りがくるのか知りたいので、チケットがいくらだったのか聞いてきたんじゃないかなって思うんです。

紙幣やコインは色や大きさでいくらか違いがわかるのだろうけど、チケットは毎回変わるからね。いくらか、わからないのかもしれない。



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先日Dindigulから帰ってきたときのバス。

うしろからつつかれて、ふりかえると、おばあちゃんが前方を指差して何か言っている。

「マニ、マニ」

Money?なんのこっちゃ。

前方を見るけど、ただバスの前面ガラスがあるだけ。

わかんないですという顔をしたけれど、ちょっと考えて、Maniは「~時」だったことを思い出す。

しかし時間の伝え方がわからない。~時ぴったり、だったら言えるんだけど…汗

と思っていると隣の女性がおばあちゃんに教えてあげていました。

バスの前面にはよく時計が下がってるんですね。おばあちゃんはそれを指差して、私に何時か言ってもらいたかったんだと思います。時計があるのは知っているから見えない、ということではないと思うんです。時計が読めないんでしょうね、きっと。




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チケットが読めなくても、時計が読めなくても、生活ができているおばあちゃんたち。なんか不思議だなぁと思います。

しかし、周りにタミル語を話す人はたくさんいるのになぜ私に聞くんだーーーー。





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あと、全然別の話ですが。

先日Palayamkottaiに行ったとき。

一緒にうちの大学で博士号過程をやってるケニヤの人と(だからスワヒリ語の話になったんですけど)、Tさんのホスピスでボランティアしていたドイツの親子と一緒に行ったんです。

ドイツの二人は医師をしているお母さんと医師になる勉強をしている女の子でした。お母さんが例のセミナーの主賓ってことで、ドイツの高齢化について話をしたんだけどね。

Tさんが運転して、お母さんが助手席に座り、ケニヤの彼と私、娘さんが後ろに乗りました。私真ん中。

木曜日の朝出発したのが早かったので、後ろの3人はウトウトしてたわけ。

そのうち、右となりの女の子がもたれかかってきたんです。

数年ですが茨城から都内まで電車通勤をしていたので、こういうのって慣れてるっていうか、「疲れてるんだなぁ、かわいそうに」くらいに思っていたんだけど。

電車で隣の人がもたれかかってきても、ちょっとしたら「はっ!」て気づいて体制整えるじゃないですか。で、またどしーんみたいな。私もこんなことしょっちゅうあるので、なんていうかある程度は「おたがいさま」だと思っています。

しかしドイツ人医学生。起きない。

もたれかかってるっていうか、もう私を枕に寝ている感じ。

で、こんなこと言うの失礼ですが、彼女背が大きくて、横に広い人ではないにしろ、重い。

重い。

重い。。。。泣

ヴァレンタインデーに、ロマンチックだわぁと心の中で苦笑いしていると、ようやく「はっ!」と気がついたようで体制を整える彼女。

支えていた左手・腕がしびれてるよーと思いつつ、私も体制を整えました。

5分後。またどしーん。

重い。。。。


お母さん、助手席でフフと笑ってないで娘を起こしてください。