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2013年7月6日土曜日

Detour: Veelinayakenpatti - Chennai

こんばんワニ。


昨日の夜Veelinayakenpattiを出てChennaiにやってきました。

やっぱりお別れはツラかったです。


C甥っ子ファミリー

次に会うまでこの娘たちは私のことを覚えててくれるんだろうか。


Mんちの家族

いろーんなことがあったMのおうち。

お父さんの具合がよくなりますように。


この写真、昨日Dindigulのバス停で撮ったものです。

と思ったあなたは大正解です。

予約していた電車に乗り遅れバスでやってきました苦笑

22時10分の電車に乗るために
21時くらいにVeelinayakenpattiを出ればいいと言っていたのに
21時をすぎてもお別れがつらくて
ダラダラしていたら出発が21時半近くに。

案の定「40分あれば大丈夫」なーんて言っていた
お兄ちゃんRも半ばあきらめムード。

でも電車ってよく遅れるし!と思ってDindigul Junctionについてみると
電車がない。

あの~、Chennai Expressはもう行っちゃったんでしょうかと聞くと
このプラットフォームから出るよとのこと。

あーよかった!と思って歩き出すと、
ん?
電車がホームのあーーーっち側に停車しているではありませんか。
というか、停車じゃなくて動いてる。

えーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

と思って走って、走って、走って、走った!

でも私のバッグをひとつ持っててくれたMが追いついてこなかったので
無念、あきらめる。

このまま帰って明日行けばいいじゃないという甘い誘いを断り
バスで行くことにする。

幸い、バス停についたらちょうどChennai行きが出発するところ。

この間の夜行よりシートふかふかで乗客も少なかったので悪くなかった。



Adai Aviyal

昨日の最後の晩餐は私の大好きなAdai Aviyalを作ってもらいました。
夜食にと少し持たせてくれたけど結局食べられずに朝ごはんにしました。
おいしいけど、やっぱりひとりで食べるとさみしい。

次にこれを食べるのは…いつになることやら。


は~。疲れた。

今日はChennaiでショッピング三昧!
とかではなかったです。

Chennaiの街を何をするでもなくぶらぶら~とすごしました。

本当は電車のChennai Egmore駅の近くに泊まっていろいろ計画してたけど
それもおじゃんってことで苦笑。




2013年7月4日木曜日

終わりの始まり (4) 2 years

こんばんワニ。


ものすごくどうでもいい話ですが最近くっつけたGoogleのTranslate(画面右側にあるはず→)でこのウェブログを英訳するとこんばんワニが"Crocodile tonight"になります。ハイ、どうでもいいですね。

まぁ、いろいろ昨日もありましたが今日レポートを提出して修士課程が一応終わりましたことをここにご報告します。

つか。

学科長がE教授にヒミツでレポートを別途提出しろというので今日もわざわざ行ったわけです。で、いつもは大学近辺で印刷の類はするのだけど(プリンタ持ってないからいつも外で印刷してました)、今日はNilakottaiでやったわけ。ChinnalapattiエリアにはBrowsing Centres(ネットカフェのカフェなしのようなところ。つまるところネットができてコピーなどもやってくれるところ)の連合のようなものがありどこへ行っても一律の値段で印刷ができるのだけど、Nilakottaiにはそういった仕組みがないのかそれともどこの店でもそうなのか、Chinnalapattiでは1ページあたり1ルピーが相場なのに今日は5ルピーもとられました。この間100ルピーちょっとだったレポートが500ルピー近くになってしまい半泣きになる。でも仕方ない。

と思って提出しに行ったのに、学科長が「E教授に提出したレポートも入手した」と言う。つまりもう1冊は無駄。大学まで行ったのも無駄足・・・。

でも最後にまたマニプリの子たちにあいさつをしたかったのであんまりおいしくないケーキとイトコちゃんが好きだというMaggiを手土産に部屋に行く。二人に買っていったものなのに、結局私にも振舞われる。3時にインスタントヌードルとケーキ食ってる女子って一体。。。

イトコちゃんに会ったのは1年前。デリーからイトコが来るとシスターズにいわれ、超都会からやってくる子がどうやってこのド田舎大学で生き残るのかと思っていたけれど、私なんかより数段ここでの生活をエンジョイしてるように…見える。というか、ちょっと都会から来るから高飛車な子なのかと勝手に想像していたのに、ものすごくdown to earthな子で、いつもテキパキと動き回っていて、いい子だなぁとしみじみ思ったものです。

実家に帰っているマニプリ妹ちゃんとも電話で話し、あ~最後にもういっぺん会いたかったねぇとしみじみ。

思えば2年前に大学にやってきたとき、当時の学科長(B教授)に紹介され、私のクソ重い荷物を運ぶのを手伝って寮に連れてきてくれたのは彼女でした。あの日医者が憎くてベソをかいている私を病院に連れて行ってくれたのも彼女。最後にきちんと会ってお礼を言えなかったのは心残りかな。

そしてお姉ちゃん。今日もうだうだと3時間くらい話をしました。同じ学科の妹ちゃんよりお姉ちゃんと仲良くなったのは彼女の方が私に年が近いせいか、同じように遠距離恋愛をしていたせいか、それともうちの大学への不満が同じくらい高かったせいか笑、わかりません。一緒に行ったKerala旅行は短かったけど楽しかったなぁ。私が具合悪いときも、悪くないときも、いつも気にかけてもらって、彼女の薬箱にはしょっちゅうお世話になったし、グチで過ごした時間は何日分にもなると思う笑。次にインドに来るのはお姉ちゃんの結婚式だろうなと思うくらい、大切な友だちです。

明日最終日もまた私が来ると思っていたらしいイトコちゃんに「さみしくなるよ~」と言われつつ、寮をあとにしました。

ぼけとる。

ぼけとらん。

バイバイ

今日記を書いていてふと気がついたこと。

2年前大学に来たのは6月の後半ですが、学期がはじまったのが7月4日の月曜日でした。で、修士課程が終了したのが本日7月3日。

ちょうど2年間だったわけです。

妹ちゃんが「2年なんてあっという間だよ」と言っていたのが信じられなかった。それが本当に2年前になってしまいました。




2013年7月3日水曜日

終わりの始まり (3) 先生の涙

こんばんワニ。


と、いうようなことがあったのでイライラがまた爆発しそうになり、ここ数日アーユルヴェーダやらの薬でお腹の痛みと戦ってきた私ですが、なんとか卒業できそうな雰囲気です。

学科長の言葉を信じようというか信じないとやってらんねーと思いつつ今日も大学へ向かいました。友人宅のあるVeelinayakenpattiNilakottaiからちょっと離れているのでAutoに乗りNilakottaiのバス停へ。

ここ2年間何度も「うちに住んで大学に通えばいいよ」と言われてきたのでそれを今になって試しているような感じです。結論、日本でも満員電車の通勤はしたことあるけど、インドのラッシュアワーバス通学はつらそうだわ、ものすごく。あとは想像にお任せします。

学科長との約束の10時前に学科に到着。E教授も来ている。蚊を追い払うのに疲れたので外で待つ。すぐ学科長も現れる。

まず学科長とP先生が学科長のオフィスで話をして、そのあとE教授が呼ばれ3人で話している。E教授は昨日ぶつぶつ言っていたようなことを学科長に伝えているようす。謝礼がどうのこうの、とか。

少しして私も呼ばれ中に入る。E教授はご丁寧にもうだうだと理由を書き連ねたレターを用意してきたようで、それを学科長に渡して熱弁している。学科長には先週の金曜日に「7月4日にDindigulから電車に乗るのでそれ以降は来られません」とレターを渡しているのに今になって「いつここを出るんだ」とまた聞かれる。「4日です」「4日…?」「7月4日です」「7月?」…ってオイ、先週話したじゃん…。E教授は「なぜ学科長にも私にも連絡していないのにP先生にだけ(出発日の)連絡をしたんだ」と言われる。いちいち全員に話さなきゃいけないのかよ。

E教授には昨日と同じように「7月4日にここを離れなくては行けない理由は何だ」と聞かれる。なので、「とっとと出ていきます」レターの件を学科長に思い出してもらう。E教授は「君が大学を離れるための許可を誰が出したんだ」と言う。卒業生が大学から巣立っていくのにいちいち許可が必要なのかよ。たぶんお前はガイコクジンだから大学の許可が必要なんだと言いそうなところ、学科長が「これ(私がインターンシップのあとにすぐに出ていくこと)は私たち(学科長とP先生)が指示したことだ」とビシっとツッコみを入れる。それなのにP教授は「それは私には受け入れられない。きちんと許可が必要だ。私は自分の意見をきちんと書いて正式に学科長に提出している。」うんぬんかんぬん。それで学科長の話がまだ終わってないのに勝手に出て行く。

E教授のレターに目を通している学科長。そこで、私も一応用意してきたんですけど…と、昨日マニプリお姉ちゃんのラップトップでこつこつタイプしたレターを渡す。内容はもうすでに学科長にもControllerにも伝えてあることなのだけど、一応きちんと文面にしたんで。電車やフライト、ホテルも予約していて、またアレンジしなおすのは難しいこと、奨学金も先月末で打ち切られていること、父が来ること、学科にはP先生を通して出発日が伝わっているものだと思っていたことなどなど。かなり腰を低くして書いたつもり。

それを見た学科長が「Let's go」と言う。またE教授のとこですか…とあきらめようとしたら、学科長はP先生と一緒に学科から出て行く。あわててあとについていく。

学科長が向かった先はOffice of Controller of Examinations。まぁ、うちの学科の隣の隣くらいの距離なんだけどさ。そして学科長とP先生がControllerのオフィスに入っていく。ここはテスト関連の書類があり生徒は勝手に出入りできないので外で待つ。

ちょっとして何か書類をかかえてE教授がやってくる。なんだよコイツも来るのかよ!と思ったけどControllerのオフィスじゃなくて他のスタッフのいるところに入っていく。何をしているのかわからないけどすぐ出て行く。私の前を無言で通り過ぎる。私も見なかったことにする。

20分くらいして学科長とP先生が出てくる。学科長が「心配しなくていい、今日外部評価者を呼んでVivaをやるから。午後にまた来なさい」と言う。これは口約束ではないと思う。思いたい。

寮に行ってお姉ちゃんとイトコちゃんに何があったか説明する。二人も新しくマニプールから来ているオンナノコの入学手続きや寮の部屋確保でバタバタ忙しいのだけど、まぁ座りなよと言ってもらい話をする。んで、結局ランチもごちそうになる。。。

午後って何時くらいかな~…クラスのスケジュールだとランチは13時45分までということになってるけど。と思っているとNilakottaiのCが電話をかけてくる。「今Mと一緒にいるんだけど、学科の教授と話をしようか?」えぇ。

CとMのNGOはうちの大学ともつながりがあって、研修をここで受けたり、研修の講師として呼ばれることがあるほか、Mは実は私の大先輩に当たる人。2年前に私がここで勉強することになったとき、周りがみんな喜んでいる中で「あそこはpoliticsがあるところだから気をつけて」と唯一警告をしてきた人です。彼もかなり苦労したから、と。そんなわけで私はCをLocal guardian(遠方から来ている生徒はこの辺りに住んでいる人に保護者代わりになってもらわなくてはいけない)として大学に登録していました。

まぁそんなつながりはあるのですが、わざわざ学科と話をしなくても…と思ったので「大丈夫、きっとやってもらえるから心配しないで」と言う。Mが「でももしやるつもりがないようなら連絡して」と。

そのあと、またぼ~っと過ごす。

またCから電話がある。「今学科長と話をしたよ」と。??????????????

二人がなんと私の学科に行って話をしてくれたのだそうです。それによると学科長は「心配ない、今日15時に評価者をアレンジしたから」と言ったそう。わざわざ本当に話をしてくれるとは思っていなかったのでびっくりする。Vivaが終わったらまた連絡してくれと言われ、とりあえず電話を切る。

そのあと、同じ学科のB教授から電話があり、16時にVivaを受ける準備をしなさいと言われる。でも秘密だから、と。

ということで16時前に学科長のKVKオフィスへ。オフィスの前で待っているとB教授もやってくる。で、「レポートは?」と聞かれる。えぇ。「金曜日にE教授に提出して、自分の分は印刷していないんです」と言う。「そうか、ではあとで提出でもいいか確認しよう」と。そのうち車に乗った女性がやってきて学科長のオフィスに入っていく。学科長の車でこの女性を迎えに行ったスタッフが私にも中に入るように言う。

思ったとおり、この女性が外部評価者でした。8日に他の生徒が来るときにも担当になる人のようです。レポートはもう1冊印刷し、学科長を通してこの女性に渡してもらうことになりました。

この間の「冗談でしょ」のようなVivaとはちがい、なんだかんだで1時間くらい話をしました。口頭試験っていうか、2年間の総括のような質問が多かったかな。日本とインドの比較とか。糖尿病に関しては私もかなり熱弁しました。

でも「それでは、2年間のガンディグラムでの経験をまとめて、『何を日本に持って帰るか』という点に関してはどのように考えているか」なんて質問は今聞かれるには最悪のタイミングなわけで。

「2年間最悪な思いをしてきました。クラスメイトとの言葉の壁、インドのシステムあれこれ、修士論文での苦労、病気…。もう早くここを出たくてしょうがないんです」

…とかは言ってないです笑。かと言ってこの大学を褒め称えるわけにもいかないので「まぁいろいろ大変ですよ。私も、クラスメイトも、周りの村も、いろんな問題を抱えてますよね。それがわかったというのは貴重な経験です」とオブラートに包んだ返答をしました。

名刺までいただいて(そいえばこの間のVivaでも名刺もらったけど、どこにやったかな)、わざわざ2度も来てもらうことになることに感謝し、学科長とB教授に感謝し、KVKを出る。レポートのことがなければ今日が最後になるのでもう一度お姉ちゃんに会いに行こうと思ってたけど、また明日も来るしと思ってそのまま帰ることにする。通学(帰り)ラッシュにまたぶつかり、満員バスで帰る。

帰り、お世話になった人たちに「MBA終わりそうです」の報告とお礼のために箱詰めのお菓子を買う。思ったより高くて少々ビビる。

村に帰ってお菓子を配り、すっかりリラックスしてグーグー寝る。

では済まなかった。

お菓子を持ってCの家へ。

ここで何があったかを話したところ、Cに実は今日もともとうちの大学で用事があったと聞かされました。わざわざ来てくれたのなら申し訳ないと思ってたのでちょっとホっとする。それで、学科に行って話をした~、の一部始終を聞きました。

まずは学科長より親交の深いB教授のところにあいさつに行ったそうです。最初っから私の話をするのもあれなのでまぁ当たり障りのない話題から始まり、「そういえばミワのことは知ってますか」と切り出したそう。もちろん知っていると話がつながり、そこで「ずいぶん大変な目にあっていると昨日彼女が言っていたものですから」と伝えたのだそうです。実はその時点でもう学科長が外部評価者のアレンジをしていたのだけれど、B教授は「ぜひあなたたちからも学科長に話をしてほしい」と言ったそうです。

それで…私の話をしているとき、B教授が涙を流したと言うんです。

ルールにそって生きているような人で、生徒には厳しいし、キッツいこと言うし、人間性疑うこともよくあるのだけど(生徒をバッファロー呼ばわりとか)、私をDindigulに迎えに来てくれたあの日(実はあの日心配で朝4時からバス停と家を行ったり来たりしていたのだとか)から私のことを妹のように思ってくれていたのだと。(そこ、娘じゃないんだ?というツッコミ入れたかったけど。)

なんだか、こんなこととかあったけど、私のことをきちんと考えていてくれたのだと思うと、しばらく意識して距離を置いていたことなど、大変申し訳なく思いました。

B教授と話をしたあとCとMは学科長のところへ。学科長は今日どこかで会議があったのだけど、私のためにそれをキャンセルして大学に来てくれたのだそうです。E教授が書いたレターはちらっと二人に見せたあと、二人の目の前でそれをビリビリ破ってゴミ箱に捨てたんだって。あぁ、それ、E教授の前でやってほしかったわぁ。

Cの話を聞いたあとMの家に行って、同じように学科長と話をしてくれたことのお礼を伝えました。Mは在学中にB教授とちょっとモメた過去があるので、「普段Bがめんどくさいごたごたに生徒を巻き込むことが多いんだけどね。学科長もB教授も君のことを心から応援してくれているようだね」と驚いていました。

最後の学期に起こったあんなことやこんなことで本当に心底、うちの大学の評価が自分の中で急降下だったけれど、最後の最後に私のために今日のVivaを(こっそり)アレンジしてくれたControllerと学科長、B教授、それにP先生には、今後も頭があがらないでしょうね。

明日レポートをもう1冊提出してきます。これで終わりだと思うけれど、本当に終わるまで終わりとは言わないことにしよう。


おまけ:お菓子買う前に心配した父から電話がありました。心配、つきないね苦笑



2013年6月29日土曜日

終わりの始まり (1) MONDAY???

こんにちワン。


先日のポストインターンシップのレポートを提出したら修士課程が終了と書いたのだけど。

現実はそう甘くなかった。

っていうか、予想したくないけどこれも予想してた。

なんたってインターンシップの担当あのE教授だからね!そう簡単にはいかないよね!


ということで、昨日大学に行ってきました。

予定では午前中にレポート提出して、Viva Voce(口答試験)をささっと終わらせて、寮にいるマニプーリお姉ちゃんを訪ねて1ヶ月何があったか洗いざらい話そうと思ってたんだけど。

9時半に集合と言われていたけれど、大学の入り口でレポート印刷してたら時間がやたらかかり10時半くらいにやっと学科に到着。

スタッフが入り口に集まってるので何かと思ったら、学科長のいるKVKにみんな行っていると言われる。携帯電話チェック。誰かが私に連絡をくれた形跡なし(ムカ)。

KVKに到着すると地元西ベンガルでインターンシップをしていたN以外はみんなそろっている。KaraikudiのDも来ていました。

もうVivaがはじまってるのかと思ったらそうでもないようす。Karaikudiで会っていないクラスメイトと1ヶ月間の苦労を分かち合う。。。

しばらくして学科長のオフィスからB教授E教授と次々に出てくる。

ちと話が戻りますが。

インターンシップ終了日1日前に、私は学科に電話をしてP先生にいつレポートを提出するのか聞きました。先生は7月8日と言ったのですが、私は6日にタミルナドゥを出てしまうんですよね。なのでどうしたらいいんでしょうと聞くと、では28日(金曜日)に来なさい、特例だからと。だから金曜日に来るのは私だけの予定だったんです。

なのに27日になって連絡が来て、全員金曜日に来いと言われました。

んで、金曜日のKVK。

E教授が出てきて、レポートの提出は○○日(タミル語だったのでわからん)なので今日はもう帰ってよい、今日提出できる人やVivaを早めに受けたい人はレターを書いて事情を説明しろとのこと。

はぁ、めんどくせー!!!

私は今後一切大学に足を踏み入れるつもりはなかったので「P先生に電話したとき私の事情を話して今日Vivaやってもらえるということだったはずですが」と言うと

E「P先生がインターンシップの担当なのか?君は私の電話番号を持っているし、私は君の番号を持っている。なぜ担当(の私)に聞かないんだ

と言い放って出て行く。

はぁ?同じ学科のスタッフなんだから、P先生の指示通りに行動するの何がいけないのよ?

でも「P先生が言ったんです」が通用しないのはわかってる。こういうときP先生はしらばっくれるから

あーめんどくせーと思いつつ、学科長に事情を説明するレターを書く。P先生にレポートと一緒に渡すと、先生はそれを持って学科長のオフィスに入っていく。

ちょっとして先生が出てきて「3時にまた学科にきなさい」とのこと。Vivaをやってくれるものだと思う

このあと寮に行ってお姉ちゃんとうだうだ話す。ランチをごちそうになる。

15時前学科に戻る。クラスメイトも何人かは残っているようす。E教授がオフィスにいるので「あの~」と話しかける。

E「なぜ君は学科長あてのレターを私のデスクに放置しておくんだ」

見ると、私のレポートとレターがデスクに置いてある。

「P先生に渡したんですけど」と言うけれど案の定通用しない。

E「私あてのレターを書きなさい」

…自分でコピーすれば?ハゲ!!!!

イライラをおさせつつレターを書く。

そのうちE教授は午後のティーのために学科を去る(この人ゼッタイこれを欠かさない。ティーショップの人とデキてるんじゃないかとさえ思う)。で、そのうち学科長が来る。

学科長に直接話をしてE教授あてのレターに承認のサインをもらう。つまりこれって学科長も「私が今日Vivaを受けるべき」だと承認するということなのだけど、そのあとE教授がやってきてしばらく学科長と話をすると、やっぱり事情が変わる

E「Vivaのための外部評価の人を急いで探すので月曜の10時に来なさい。レポートは急いで読むから」

なんだよそれ、ハゲ!まだ探してなかったのかよ???

担当とかホザいてるけど、何もやってねーじゃねーか!

第一、インターンシップの外部評価なんてホントにあったのかよ(他の学科はやってないはず)。うちの学科だって去年なんかViva自体なかったじゃん(いっこ上談)!!!

超うぜー!!!!!

と、言うことで今日レポート出さなかった人には完全ムダ足の一日となりました。

私もNilakottaiから行くと時間かかるから、月曜にまた行くなんてイヤなんですけど。つか月曜って7月じゃん。次の学年だよ?

もうマジ、うちの学科どうかしてる。

このあとまた寮に行ってお姉ちゃんに不満をたらたらこぼしたのは言うまでもありません。

夜ご飯までごちそうになり、あわててNilakottaiに帰ってきましたとさ。




2013年6月28日金曜日

Internship は終わった。

こんばんワニ。


昨日インターン先のMYRADAを出てVeelinayakenpattiに来ました。

ホッとしたせいか、それとも1ヶ月間さっぱり飲む機会がなかった牛乳をガブガブ飲まされているせいか、お腹が急降下しています。オナカイタイ…


こんなところに泊まってました。

最終日は事務所があいてスタッフが来たらすぐに鍵を返して帰ってきました。だって、6時間くらいかかるんだもん。


MILK…

事務所の近くにビスケット工場があって、通るたびに焼きたてビスケットのいい香りがしていたのでぜひ帰る前にこのビスケットを食べようと思っていました。地元企業っていうか、たぶん他の場所ではあんまり買えないと思ったからね。

おとといやっと売ってるのを発見したので購入。

Milk Bikisのパクリのようなネーミングとパッケージがそそります。


Gobichettipalayamって書いてある

で、昨日帰る前にあけてみたら。

おいしくない。

というか、Milk Bikisと同じような味を期待していたからね、きっと。これはこれでマズくはないはず!

でもクラスメイトには不評でした。


 ●  ●  ●  ●  ●  


あの家のその後。

お父さんの具合がずっと悪くて、お姉ちゃん(10月?に出産予定)もちょくちょく家にくるようになったみたいです。

私が昨日ついたとき(17時くらい)、これからダンナさんがNilakottaiで待ってるから帰ると言っていたのだけど、お父さんにそれを伝えるとまたお父さんが泣き出してしまったので、「あと4日くらいここにいようかな」とお姉ちゃんは残ることにしました。

私もしばらくお姉ちゃんと時間を過ごしていなかったのでうれしいな。

でも私が来週ここを出るときにまたお父さんが泣いちゃったらどうしようとも思う。泣いてくれなくてもちょっとさみしいけど。笑


 ●  ●  ●  ●  ●  


明日大学行ってレポート提出してきます。

これでホントに修士課程終了

ハライタイ。




2013年3月23日土曜日

Uncountable Unforgettables II (2) 夜通し

こんばんワニ。


昨日の続きです。


と、いうことで神様が無事お寺におさまりました。


このあとまた神様にいろいろなお供えものを持っていくわけですね。。。


わいわい

きちんと聞くの忘れましたが、女性たちが何か食べものを持ってきて
集めているところです。

神様にというわけではなくって、
神様の像を作ってくれた別の村の人に感謝してもしくは
神様をこっちの村に持ってきてお腹ペコペコの男性陣が食べる
というようなものだったようですが
今はこれを食べる人はいないそうです。

でも伝統守って一応みんな作るわけ。

風呂敷みたいなのにざっくり包んでどこかに持っていかれたけれど
Cいわく「犬が食べちゃうんじゃない」とのこと。。。


ランプ

神様に供えるランプ。

ふだんはお水を入れるポットですが
頭なんかにのっけて大変そう。。。

写真ではわからないと思うけれど
このポットの上にギー(バター)などで作ったペーストが乗せてあり
これにアルコールランプの「芯」のようなものを差し込んで
火をつけています。


順番待ち

これまたお寺の周りをぐるりと回ってからお寺へ。

待ってる間に
ランプの飾りに火がうつっちゃって
あわてて火を消している女性もいました。

デコレーションは各家庭それぞれと言ったところでしょうか。


主役

前にこのコミュニティのお祭りをやったのは20数年前ということなので
この中には生まれて初めてこのお祭りに参加という人も多いでしょう。

真ん中のたいこ、これが不思議な音を出す楽器です。

いっぺんたたいてみたいわぁ。 


ひとりで

ピアス事件のその後。

せっかく神様に買ったピアスをつけてもらえなかったということで
Cはがっかり、Cの甥っ子Jはプンプン、
Jの奥さんPも放心状態。

メイクアップのあとCはまたピアスをしてよとお願いに行ったのだけど
取り入ってもらえず。

腹を立てたJはもうこのお祭りに参加するのはやめろと言って
Pがランプを持っていくのにも反対しました。

ランプの集まりにCたちが参加していなかったのに気がついたのか
Cのおうちでみんながガッカリしているのを聞きつけたのか
祭司(たぶん)のおじさんがCのおうちにやってきたのです。

どうしたんだと優しく聞く祭司に
Cは涙ながらに「つけてもらえなかったのが悲しくって」と訴える。

そこで祭司はCのおうちのピアスを神様につけてもらうからと約束しました。

と、言うことで次のイベントが始まっちゃう前に
あわててPがランプを持っていくところ。

ぐるりとお寺を回ってランプを奉納しました。

中では祭司のアシスタントくんたちが指令を受けて
ピアスをつけている真っ最中

かと思ったら

ピアスのうしろの金具(落ちないように留めるやつね)を
落っことしやがった!

女神様はお花やサリーやらで何重にも飾られているので
ちっこい金具を探すのは一苦労ふた苦労。

しかもお寺の奥、オイルランプのみで照らされているところにいらっしゃるので
暗くて見つからなーい。

見かねた祭司が携帯電話を取り出して
電話の明かりで探す始末。。。笑

まぁ四苦八苦してどうにか金具も発見。

ピアスをしてもらった女神様は
メイクアップが本当に完成したって感じで
私もうれしかったです。


トランス

続いてのイベントは例の鉢植え奉納。

Veelinayakenpattiのはちと小さめかな。

Cのコミュニティの女性たちはおそろいのサリーを用意していました。

列をはみ出して奇声をあげつつ水色のお姉ちゃんに支えられているのは
トランス状態の女性。

勤めていた団体スタディツアーでもお世話になったお母さん。

お祭り時にはトランス状態の人、多いんですよね。
特に女性。

最初観たときはビックリしたけれど。

みんなフツーに対応しています。笑


ぐるぐる

鉢植え奉納のあと。

女性たちが輪になって、ぐるぐると回りつつ拍子をとって
真ん中の女性が歌っている。

意味を聞くのを忘れた。

男性のダンスと違うけれど
これもなんだか農村ちっくな、素朴な盆踊りのようでした。



ありゃ

夜が明けちまった! 


高見の見物

ということで2日目。

案の定ヤギさんたちのいけにえがあるということだったので
Nilakottaiのオフィスに非難しました。。。

やっぱりまだちょっと見る勇気がないです。


ふたつも!

午後オフィスから村に戻ってきました。


2日目のハイライトはファイヤーポット

4か5家庭がポットを準備したようです。



やんややんや

ポットを奉納したらまたダンス。


あれ?

ポット放置してあんじゃん!



VIP

2010年にここでボランティアをしていたスウェーデンのK。

今年はその彼氏くんがここで研究をしつつ
ボランティアをやっているようです。

なんでかわからないけど彼だけ特別対応。
(ブーブー)


と、私の参加はここまで。

全然論文の作業がすすまないのと
極度の疲労で
もうアカンと思ったので
寮に帰ることにしたのです。

最近はいつもこれという20時15分のバスに乗り大学へ。

いつも夜到着のときはひとつ手前のChinnalapattiで降りて
オートにのり大学に帰ります
(大学の前にオートがいないことがあるから)。

だからChinnalapattiまでって車掌さんに言うんだけど。

最近はなぜかこの周辺の人たちに
私がGandhigramの学生だということが知られていて
Gandhigramまで行くと思われている始末。

ウトウトしていたらChinnalapattiを過ぎちゃって
Gandhigramで起こされる。

「Chinnalapattiまでって言ったじゃん!」
と言うと
「あ、そう」
で済まされる。。。

バスを降りるとまーーーーーーーーーーーーーっくら。
オートもいない。

暗い中を寮まで歩いて帰ったら寮母が
「今日このあたりずーっと停電なのよ。電線の問題なのよね」
とのこと。。。

せっかく帰ってきたのに論文の作業できない!

と思ったら22時半に復旧しました。


今日も朝からコツコツやってますよー

いつ終わるかなぁ

2013年3月4日月曜日

Double Standard お父さんの涙

こんばんワニ。


Ootyにて

ある村にやってきた新任の先生。

村の先生たち専用の宿舎に住み込みで働くようになった。

その村で育った男性とその先生は恋に落ちる。

小さな村で二人のことはすぐに噂になったかもしれない。

この村では事件に値するようなことが起こる。

なんと先生は子どもをもうけていた。

彼女は身分の高い家の出身、彼にはそのころあまり収入もなかった。

彼には高嶺の花だったのだが、二人は愛し合っていた。

そのうち、先生の任期が終わったのか、それとも家族の圧力なのか、先生は実家に戻ることになった。

しかし彼女を忘れられない男性は彼女の村まで会いに行った。

もちろん、彼女の父は男性に彼女を会わせようとしない。

そしてある日、二人は駆け落ちした。

彼女が村の近くの川で水浴びをしようと出かけたとき、彼はやってきて彼女と逃げた。

そのまま二人はお寺に行き、祭司に結婚をとりおこなってもらった。

これは、携帯電話なんかない、手紙でのやりとりだけのころの話である。一体どうやってこの計画を立てたんだろうか。

そうして彼女は村に戻ってきた。

そのうち、彼女の父がやってきた。

今度は夫となった彼が、彼女には会わせないと言う番だった。

悲しみにくれた父は、せめて他の家族には会わせてやってくれと彼女の姉やその夫をよこした。

次第に彼も心を開き、彼女の家族を家に入れるようになった。

そうして少しずつ、彼と彼女、彼女の家族は和解していった。



20数年後。

この彼が、娘が身分の違う男性と結婚するのは許せないと言う。

この彼が、娘があまり収入のない男性と結婚するのは許せないと言う。

彼女は言った。

「あのときあなたは今のようにお金をたくさん持っていたわけじゃない。

でも私はあなたと結婚したのよ。」

でも彼は話を聞こうとしない。



● ● ● ● ●


おわかりかと思いますが、Veelinayakenpatti駆け落ち友人Sの家のその後の話です。

このお父さんとお母さんの話は20数年前ではかな~りスキャンダルなことだったんです。

でも駆け落ちどうのこうのというのはそのころでもたくさんあったことらしくって、今日Veelinayakenpattiに行った際に友人Cからいろいろと話を聞きました。

寮のルームメイトは同じ村出身のオトコノコと仲がよく、オープンキャンパスの日には彼がお菓子や花を持って彼女に会いに来ていた。ある日そんなオープンキャンパスの日に彼女の両親が訪問。同じ村出身の彼を見つけて「何してるんだ」と聞かれる。とっさに彼は「妹がここで勉強を…」と言ったけれど苦しまぎれのウソ。その後彼女の父は彼女にお見合いをさせようとする。それがいやだった彼女はある日、ガラスのバングルを割って飲み込み自殺を図ろうとした。寮長は即彼女を家に帰す。

別のルームメイトはそのころ男子オンリーだったカレッジのオトコノコと恋に落ちていた。ある日彼が交通事故にあい、彼女はどうしても彼のところに行って無事を確かめたかった。だが寮長は外出許可を出さない。とうとう彼女は門番にワイロを払って大学を抜け出す。帰ってきたら門番のシフトが変わっていて、事情を知らない門番は彼女を入れようとしない。寮長が呼ばれ、彼女も家に帰されることに。

などなど。20-30年前でもこんなことは当たり前にあった。村でも都市でも。

だから私の友人のことだって別に驚くことじゃない、というのが私のクラスメイトの反応だったのかなと今になって思うのだけど。


今日村についたときに、Sのうちを素通りしてCの家に来てしまったのだけど、CのうちについたらSの妹とお母さんが来ていました。

何かマジメに話していたようで、私の方をみて力なくニコっと笑い、また話を続ける。いつもは大歓迎でおおはしゃぎをしてくれるのだけど、こんなときだから仕方ないな、とちょっとさみしくは思っていたら、二人ともさめざめと泣き出す。

わけもきけずに話を黙って聞く。やっぱりSのことを話しているようでした。

数日前に、Sは見つかったの?無事なの?とCに聞いたときに「Sは無事よ。今は旦那さんの家にいるの。」と聞いていたので、あぁよかったと思っていました。

それに、妹の方も、以前に書きましたが、ボーイフレンドというか結婚したいのが親戚のオトコノコなので、まぁ問題はないよなと思っていたのに。

どうやら、お父さんは妹の結婚にも反対しているのだそうです。

その親戚のオトコノコは、お母さん方の親戚。つまりブラーミン(祭司カースト、もしくは最高カースト)。お姉ちゃんの方でモメていた、カーストに関しては問題ないじゃないと思っていたのに。

今度はお父さんは、彼のうちにはお金がないと言っているのだそうです。

この親戚のオトコノコは銀行で仕事をしているのですが、パーマネントではなくて契約か何かだそうで、お寺で祭司の仕事もしています。お父さんも同じように祭司として働き、お母さんも図書館で働いている。それだけがんばっていても、Maduraiのような都市部では家を購入することはできず、賃貸に住んでいる。

というのがお父さんの気がかりなことなのだそうです…。

確かに、「あの家ではお金があまりにもないので、お客さんが来たときにティーショップでティーを買うときはツケでお願いするしかなくて、その日の夕方誰か家族がお金を持って帰ってきたら払っている」なんて聞くと、本当にお金がないんだなぁとは思うけれど。

妹ちゃんもChennaiの大学院を出ているから、今はNilakottaiのNGOで働いているけどMaduraiの彼のうちに住んで、何かMadurai内で仕事を見つけることは可能なはず。

と思う反面、お父さんはきっと結婚したころお金がなくて、Nilakottaiの花市場でビジネスをしたりして、今はようやく自分の貸し物件を持てるようになったくらいだし、自分が苦労した分娘たちにはいい生活をさせてあげたいと考える、そういうのもよくわかる。

All You Need is Love! なんて数年前なら言えたかもしれないけれど、30を前に、私も将来のことを現実的に考えなくてはいけないと思うから。

けれど、お父さんも、妹も、親戚の彼も、みんな譲歩しなくてはいけないと思うわけ。例えば、彼も彼女もきちんと仕事をみつけて、将来のことがもう少ししっかり見えるようになってから結婚を許してくださいとお父さんに言うのであれば、お父さんも許してあげればいいじゃないと。

それなのに今はお父さんはお金のことばかり話しているとみんな言うんです。お金のある人とだけ結婚をさせたいのだと。それは違うんじゃないかなぁ。

それで…。

今日、お母さんと妹がさらさら泣いたあとに、Maduraiに行きました。オトコノコの家に行って、お父さんが結婚式に来ないと言っているけどそれは問題がないか、と相談に行ったのだそう。「でもすぐに結婚するってわけじゃないでしょう」とCに聞くと、数週間以内におそらく結婚の準備はできるだろうとのこと。えぇ。

何でも、お父さんが気にふれたようになっていて、早くオトコノコと結婚しないと何をするかわからないとみんな思っているらしいのです。昨日Cに「(妹ちゃんの)髪を少し切って、ショールと一緒に持ってきて」と言ったらしくて。なにやら儀式をして妹の考えを変えようという、黒魔術みたいなことをしようとしているんだそう。。。

どうしちゃったのよお父さん。

と思っていたら、お父さん方の親戚がCの家にやってきて、「お父さんがCを呼んでる」と言いました。昨日も今日もCのうちで、妹も含めてみんなで話し合ったけど結論は出ていない。だから話し合っても仕方ないし、自分の立場としてもどちらかの肩だけ持てないしとCがまごついていたら、「お父さんが歩いてくる」と親戚が言いました。

私も、今、どんな顔をしてお父さんに会っていいかわからないし、妹やCの話だけ聞いて一方的に「お父さんったら…」と思っていたし、毎日お父さんは泣いていること、糖尿もちの体調がずっとすぐれないことを聞いていたから、正直お父さんに会いたくなかった。

でもCの玄関先に来たお父さんを見たら、胸がいっぱいになってしまって。

お父さんは、家のことは自分が決める!というようなタイプの人で、いつもびしっとシャツを着こなし、ひどく具合が悪くても朝はきちんと毎日出勤という人です。3ヶ月一緒にいたから、お父さんがとても厳しい人だというのはわかっているし、朝の水浴び、ヒゲそりから夜のティーまで、お父さんの日課もよく知ってる。

そんなお父さんが、ぼさぼさの髪で、よろよろとやってきて、鼻水と涙をすすりながら、こうなんだあぁなんだと話をするのを見ていたら、お父さんどうしちゃったのよ…と思うしかなかったです。

何を言っているのかわからなかったけど、Cの反応を見ていたら、お父さんの話が支離滅裂なことはわかったし、Cも何を言っていいかわからないようでした。あとで聞いたら、お父さんは同じことを何度も繰り返して言っていたそうです。

本当は勇気を出して、「お父さん、自分のことを考えてみてよ。お金がなくってカーストが違っても、お母さんと結婚したじゃない。今はお金がなくても、二人は何とかやっていけると思うよ」と伝えてもらいたかったけど、そんなことを言ってもお父さんは聞く耳を持たないだろうなとわかりました。

お父さんに必要なのは泣くことじゃなくて、とりあえず健康第一にゆっくり休んで、これからのことは少し待ってから考えればいいじゃないと思うのだけど、そんなことも言えませんでした。

お父さんが全然食べていないんだろうなというのは明らかで、Cがいろいろと食事をすすめたけれど「吐いちゃうんだ」と全て断っていました。

そして話の途中で何度も何度もお父さんは泣いていました。お父さんが泣くのを見たのは、私がインターンから帰るとき以来だった気がする。あの時こっそりキッチンで泣いているお父さんを見つけて「お父さん…」と思いました。でも今日、あのときとは全く違う気持ちで「お父さん…」と思いました。

そのうちお父さんはまたよろよろと家に戻っていきました。

この家族がどうしたらいいかわからないし、私がどう言ってあげたらいいか全然わからないです。自分はこう思う、というのはあるけど(お父さんDouble Standardじゃない?Hypocrite!)、それを言ってお父さんやお母さん、お姉ちゃんや妹、あとお兄ちゃん(はお父さんの考え方に賛成している)と仲が悪くなってしまうのもいやなのです。

ちなみに。

お姉ちゃんの方は旦那さんの家で大事にしてもらっているそうです。お父さんは旦那さんがコロニー(Scheduled Caste、不可触民の人たちが住んでいる、村の特別地域)でほったて小屋のようなところに住んでいると思っていて、お姉ちゃんがかわいそうだとなげいていますが、彼の家はきちんとコンクリで作っているようなおうちで、豪勢でないにしても、つつましく通常の暮らしをするのに不便はないとお姉ちゃんはCに伝えたそうです。ブラーミンダイエット(Pure vegetarian)で育ったお姉ちゃんのために、旦那さんの家族も肉魚を絶っているそうですよ。

お姉ちゃんと連絡がとれるらしいことはわかったので、いっぺん会いに行くつもりです。



● ● ● ● ●



なんかいろいろ劇的な話をたくさん聞いたのだけど今日も要領オーバーです(ウェブログがじゃなくて私の脳みその話ね。。。)

朝からお腹いっぱい食べさせてもらい、私のお腹も要領オーバーさ。




2013年2月13日水曜日

3 Days Before VD, 4 Days Before Engagement

クリームシチュー

こんばんワニ。

昨日はクリームシチューを作りました。

ルーから作ったよ。

小麦粉が全粒粉だったからなんか白くなかったけど。。。
できてみればクリームシチューに見える。

とはいえ、ぶっちゃけ野菜スープ+ホワイトソースなので
コク?はないかも。

野菜の味だけで勝負です。

ジャガイモがおいしかった。

見ていた寮の子が
スパイスは何を入れるの?
だって。

塩コショウだけー。








昨日月曜日。

野菜と牛乳を買いに外へ出た際に不在着信のあった友人に電話。

「いいニュースがあるの」

と言われてまさか!と思いました。

ずぅっと難航(?)していたVeelinayakenpattiの友人のお婿さんが決まり、
金曜日の夕方に婚約式があるとのこと。

家族みんなでヴァンを借りていくから一緒に行こう!
と言われました。

2010年に彼女に会ってからずぅっと
彼女の結婚はいつだろういつだろうと
思っていたので
自分がインドを去る前でほんとーによかったと
昨日は自分が大興奮。

だって、話が前後しますが、
日本の親友Sちゃんの式の日取りも決まったよと
最近聞いたばかりだったから。

ちとスケジュール的に厳しい週末になりそうでしたが
行かないわけがないと思って
あれこれ準備について思いをめぐらしていると
寝不足。。。


今日ぼーっとして2時間クラスを受け、
15分休みに携帯電話を見ると、
また不在着信。

かけると、昨日とはちょっとトーンが落ちた友人が

あのね、週末にSの結婚式やらないの

あぁ、今週は婚約だけなのね。

と思ったら。

昨日、別の人と結婚したの


WHAT!?!?!?

(クラスメイトいわく、こんな感じで電話口で言っていたらしい)


2月11日。

ヴァレンタインデーを3日後にひかえた夜

お見合い結婚を4日後にひかえた夜

本当はずっと好きだった彼と結婚

駆け落ち。


なんて、タミル映画の話だけだと思っていましたが
(となぜだかうちの大学の博士号に多い)

それに、ロマンチックだと思っていましたが

自分の家族くらいだと思っている人たちの話になると

手放しで喜ぶというか、

恋愛結婚バンザイというか、

正直に喜べない自分がいます。

婚約相手というのはご両親が一生懸命探して
何人も何人もお見合いをしたあと、
乗り気でなかった本人がこの人ならいいよとようやく言ったと
私は理解していたので。。。


ちなみにこれこの家の話です。
異カースト間恋愛結婚を達成したふたりから生まれた娘。

彼女が誰かと恋に落ちて結婚をしたいと思うようになっても
遺伝というか、なんていうか、仕方なかったんじゃない
と私は思ってしまうのです。

そんな両親でも、
彼女が昨日結婚してしまったという彼はSCだからダメだと
思っているらしいのです。

SCというのはScheduled Casteつまりハリジャン、
不可触民のことです。

彼はSC出身で、
なんだか周りともケンカをしているようなグループなので
よろしくないということなのです。。。

恋愛や結婚は決して本人たちの決めることではないというのが
未だにここ南インド農村部の
絶対的なルールなのではないでしょうか。

確かに彼女はブラーミンのお母さんの影響で
Pure Vegetarianなので
おそらくお肉を食べる彼の家に嫁ぐのは難しいでしょう。

それに、彼女がこうやって逃げてしまったことで
兄妹の結婚相手を探すのに
支障が出ることも考えられる
(あそこのお姉ちゃんはね…みたいな)。

だけど。。。

私は彼女をずっと見ているから、
こんな風に行動で自分の気持ちを周りに知らせるってことが
あまりない彼女だったから、
そんな彼女が勇気を出して決めたことだったら
応援したいと思うのです。


追加でビックリしたのは、

もうお見合い相手の家が
結婚式もろもろの準備をガツガツやっていたあとだったようで
彼女の家としても
後戻りできない…
みたいな感じだったらしく

なんと彼女の妹に
彼と結婚しない?
とふっかけてきたのだそうです…

なんだよそれ。。。

そしたら実は彼女にも心に決めた人がいて
それはお兄さんとお母さんは気がついていたそうなのだけど
お父さんは今朝それも初めて聞いたとかで、
ショックは重なるばかり、かも?

ただ妹の場合は
親戚の男の子で
周りも認めるような人だと思うし
彼も彼女と結婚したいと思っているそうなので

やっぱお見合い相手はバッサリ切るしかない。


そこで2秒ほど考えて
「私、どうかな?!笑」
と言ってはみたけれど
冗談でもさすがにこのファミリーには言えません。
(これは別の友人と話をしていたときに口から出たことです。。。)


もうVeelinayakenpattiの村中に広がっているようで
非難や冷ややかな視線を避けるためか
家族はおばあちゃん以外Maduraiの家に非難したそうです。

それを知らずに、何にも考えずに
今日あわてて17時15分のバスに飛び乗った私。

村では別の結婚式でどんちゃん騒ぎ。

おばあちゃんはみんながどこに行ったか知らないし。

バカだ自分と思ってとんぼ帰り。


本人とはまだ連絡がとれないそうです。




思えば最近
政治家か何かで

SCの男がカーストの高い女性を口説いて
お互いに愛し合っていると思わせ
結婚サギに持ち込むケースが増えている。
やはり結婚は同カースト間で行うべきだ

なんて言ったバカがいて

SCコミュニティに対するヒドい差別だし
恋愛結婚をサポートする若い人たちからもボロクソに言われてるし
ホントアホがいるもんだなぁと思ったけれど

もしこれが、本当に、
友人に起きていることだったらどうしよう?

と、思ってしまったのでした。

たぶん、たぶんだけど、
私その結婚相手に会ったことがあって。

あの人だったら感じよさそうだったからと
願ってやまないのです。

友人が無事でありますように。
幸せになれますように。




2012年12月16日日曜日

My Master's Thesis (3) 水と土の保全って

こんにちワン。


今、ケララとの州境のTheni県というところに来ています。

私が住んでいるのはDindigulに行政オフィスをかまえたDindigul県。このDindigulは南側でMadurai県(東側)とTheni県に接していて、このTheniはタミルナドゥ州の西側の州境に面しているわけですね、って言ってもわかんないと思うのでこのへん参照してください。

友人には何人かここの出身の子がいるけれど、この滞在の理由はもちろん彼女たちに会いに来ているわけではなくて、論文のデータ集めでございます。

最後のNGO訪問はここTheni県で活動しているVIDIYALという団体。流水域開発のプロジェクトはひと段落して、今は農民や女性たちに市場の情報や家畜の飼育についての情報を携帯電話のSMSとヴォイスメッセージで送るなんて画期的なことをしているNGOです。

団体を統括してる人が「土日なら時間がとれるから」とヨガのテストを受けずに(実はこの金土日テストだったんですよね~…いい加減このクラスバカバカしくなってきたのでもう土日のテストは受けないことにしました。)ここに来たのだけど、やっぱり彼が忙しくて昨日はお客様の訪問の前にお話をさせてもらい、今日はマドゥライでお仕事があるというのにその移動の前に私のホテルに来てもらって、なんとかデータ収集をしました。

昨日はまたバスの時間がよくわからなかったので4時起き5時出発。

というのも、学科の教授がいろんなスタッフに聞き回って「5時半に大学からバスにのってSempattiに行き、そこからTheniのBodi行きに乗り換えなさい」と言ったから。朝早いし荷物もあるからバス停まではAutoで行くにしても、ドライバーが遅れる可能性もあるのでちと早め5時出発でいいかなと思ったのです。BodiというのはTheni県の町で、ここからまたバスに乗って15キロのところにNGOのオフィスはあります。

なんだけど…。

前日ChinnalapattiのCeylon Bakeryで「Bodi行きのバスってここも通るんですかね」と言ったら「5時半に通るよ、たぶん」と言われ、Chinnalapattiに5時半に行けばいいかと思ったら

Autoドライバーは「こんな時間にChinnalapattiにバスは来ないよ。DindigulからたくさんTheni方面のバス出てるからそっちから行きなさい」と言われChinnalapattiからDindigul行きに乗ろうかと思ったら

Chinnalapattiでおっちゃんと話したドライバーが「Sempatti行きのバスがすぐ来るからSempattiまで行ってBodi行きに乗り換えなさい」と言ってきたので

えぇ、結局当初のプラン?と思いつつ5時半のバスでSempattiへ。

Sempattiには6時過ぎくらいについちゃったのだけど、Bodi行きがなーんと6時50分まで来なかった…。スナック売りのお兄ちゃんには「5分で来る」と言われ、Sempattiバス停のおっちゃんには「Six fifXXX」と言われ、Six fifTEENであってほしかったけど案の定Six fifTYだったのです泣。寒くって、鳥肌立ちっぱなしで待つのは辛かった。。。

まぁ、ともかく、

大学→Chinnalapatti→Sempatti→Bodi→Rashigapuram→オフィスという4時間半くらいの旅を終え、なんとかVIDIYALにたどりついたわけです。

ディレクターとはなかなか時間がとれなかったけど、午後は現場に連れて行ってもらいました。

この山の向こうはケララだよ」と言われ、山の頂上に立った5つの風力発電風車をへぇ~と眺めつつ、今日も草むらをかきわけ、坂道をサンダルで昇り降りしつつ、いろんな建造物を見せてもらいました。

帰り。スタッフ氏がBodiにお住まいということで「ティーだけちょっと」とおうちに招かれました。「今息子が働き出したばっかりで、収入は私ひとりが稼いでいるようなもの。家もちっちゃくて」と彼は言うのだけど、私はしょっちゅう村に行っているので、彼のおうちは立派だし、親戚も近くに住んでて安心だなって思ってしまいました。

案の定「ティーだけちょっと」で済むわけがなく、親戚のおうちに行き、2杯目のティーをスタッフ氏のおうちでいただき、スナックを食べ、近所のガキと話をし、停電のジョークをかまし、あぁあぁこんな時間になっちゃったよと思いつつ、今日(日曜)お魚料理するからランチを食べに来てというのを丁重にお断りし、Theniの中心であるTheni(市?町?)のホテルについたのは日もどっぷり暮れたころでした。

でもこういう予想だにしなかった出会いがあるのは本当にありがたいことです。

いやでも最近、どこのNGOに行っても博士号過程だと思われる。修士号ですと言うとビックリされる。どんなに活動的にいろんな場所にやっぱ年(見た目)には勝てないのね~。残念。


死体を隠すところではないです

と、ここからが本題なんだけどホテルでぐーたらしてないで今日はまたNilakottaiに行くので(さっき最後のNGO訪問って書いたけどもう一度CIRHEPに行くのです)ぱぱっとまとめます。

水と土の保全をどーやるかということ。

この間書いたのはチェックダム。

この写真はWATというもの。Water Absorption Trenchの略です。ただ穴を掘ってるだけ。

すくなーい降水量であるにも関わらず短期間でばばっと降ってしまう、それが干ばつ地帯によくある「雨季」(というほど降らないけど)の天気のパターン。この前も書いたけど、こういった激しい雨が降ると、雨水が栄養分のある表土を流して、どんどん丘を下り、谷まで達してしまう。丘に近いところは水も、表土も失ってしまう。

流水域開発でチェックダムやらWATやらを作るのはこの水と土を土地に残して豊かな土地を作り上げる(もしくは取り戻す)というのが目的。

このWATは、とってもシンプルな作りだけど、もし雨水がどばーっと降ってきてもこの中に水をためることができる。その際に流れてくる表土もここに残せる。あふれた水や土は下流部に流れていく。

水と表土がこの中にたまるから、この穴の中だけ青々とした草がはえているってことがあります。それが数年すると、穴の周辺にも変化が現れるんです。

この、たまった雨水は地下に浸透していって、地下水となる。そうすると、カラッカラだった土地にも地下水が戻ってくるんですね。

こうした建造物を作ることで、たとえば6~8年前には500フィート(152メートル)掘らないと水が出なかったのに、今は250フィート(76メートル)地点に地下水がある、というような変化が現れるわけ。すごいでしょ?

水がなかったらどんどん土地を掘って、ふかーいところにある水を搾取する。そうじゃなくて降ってくる水を土地に残そう、流れちゃう表土を土地に残そう、それが流水域の水土保全のキホン、なんですね。(と、私は思っている笑)



2012年10月21日日曜日

Gem n Natham ステキな出会い

おはよウナギ。


先日停電が短くなったんだよねと書きましたがその理由がわかりました。

JICA様の話のときチェンナイは1時間しか停電ないんだよと書いたんですが、
実はそのあとチェンナイの停電時間を2時間に延長することになったのだそう。

この1時間のおかげでタミルナドゥ全域の停電時間がカナーリ短くなる
これでチェンナイでどんだけ電気消費してるかわかりますよね。

全部電気ムダ使いとは言わないけど、
ショッピングモールのACやらライトやら、減らせる消費量もあると思う


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タッカーリ!

あいかわらず簡単なものしか作ってなかった私ですが。

この週、木金土とキャンパスでカレッジバザールという催し物がありました。うちの大学の周辺で活動しているSHGSelf-Help Group、自助努力グループ)を招いて彼女たちの売ってる商品を販売促進をするというもの。

MBAの生徒なんだからマーケティングのアドバイスをするといいね!とかって教授に言われてたのに、なぜかうちの学科だけ事前ミーティングに呼ばれず、当日行ってみたら活動に参加するのは主に1年目の生徒だった…ということが判明して、木金授業がなかったのにこのバザールに参加するわけでもなくRoaming(授業にも参加せずほっつき歩くこと)で過ごしてしまいました。

でも一応バザールに行ったわけ。顧客としてね。

最初話を聞いたときは手づくり製品でも売ってるのかと思ったんだけど、そんなことはなくって、服とかアクセサリーとか、安いでもなく品質がよいわけでもなく、そのへんの路上で売ってそうなものばかり…でも何か買わないと申し訳ない気がして、伸びないヘアゴムとか、激安ネイルポリッシュとか、くだらないけど使うものをこまこま購入。

その際見つけたのがうすっぺらいけど162ものメニューが掲載されているタミル料理の本。一緒にいたKとなかばジョークで購入。通常30ルピーのところ本日10ルピー。

えっ?タミル語ですけど?笑

Kが「私が毎日訳してあげるからさ」と言うので、彼女の花嫁修業もかねて二人で料理宣言笑

まぁ、材料は単語見て調べればわかるけど、調理方法はさっぱりわからないので訳してもらわないとね…。ということで金曜日の午後、他にだーれもいない教室でKにいくつか訳をお願いして、とりあえず金曜の夜何か作ってみることに。

寮のオイシクナイ食事でもまぁキライではなかったトマトライス。簡単に作れるのでこれに挑戦することに。しかしここで問題が。

材料:
米、トマト、玉ねぎ、しょうが、ニンニク、青唐辛子、パッタイ、キランブ

…Kが困っている。

「パッタイとキランブ、英語でなんていうかわかんない」



ということで、大学の入り口にあるお店に二人で行ってパッタイとキランブが何であるか確かめることに。以前にヴェジビリヤーニを作ってもらったときやたら香辛料を入れていたのでそういう類かなと思ったのが当たってました。

パッタイ = シナモン
キランブ = クローブ

このへんではシナモン、クローブ、アニス、ベイリーフなどが少しずつ入った袋で購入できます。わざわざ個別で買わなくていいし、ビリヤニとかご飯系の香辛料がまとめて買えるから便利。特に私なんかひとり分しか作らないから、いっぱい買ってもムダになるだけだしね。

うちの妹ちゃんはシナモン嫌いなので、食べてもらえないと思うけど。。。

作り方:超簡単!

圧力鍋(フツーのお鍋でもOK)に油を熱し、ペースト状にしたしょうがとニンニク、切った青唐辛子(赤でもOK)、玉ねぎを炒める。なじんだら小さく切ったトマトを加え炒める。パッタイとキランブもそのへんで投入(適当)。水を入れて、お米を入れて、塩を加えて、炊く。おしまい!

私の場合は冷やご飯があったのでチャーハン状にしました。あと、食感が好きなのでマスタードシード(写真の黒いつぶつぶ)とPottu Kadalai(写真の黄色いつぶ)を投入してます。

んー、味は悪くないんだけどトマト少なかった!なんか貧相なトマトライスになっちゃった…。ホントはもっとキレイな赤になるはずです笑



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さて。昨日はNathamに行ってきました。

授業受けてるM&E(開発事業モニタリング評価)のクラス。セオリー部分が終了したので実際に事業のモニタリングか評価してくださいという課題。

これですね。私がインドにいる理由。たとえば日本で同じようなセオリーを勉強しても、じゃぁ今週末評価にいってきまーす、とはいかないじゃないですか。実地研修が大学を一歩出たところで可能になる、これがこの国で開発を勉強する強みなんです

とはいえ、タミル語が話せない私はそこらへんに行ってちょっと勉強させてくださいというわけにもいかない。と、言うことで、以前にお世話になっていた東京の団体友人Vの団体とNathamでやっていた事業を評価させてもらうことにしました。

私も日本の団体で働いていたわけだし、Nathamには思い入れがあるので主観的になりがち。でも客観的な「外部評価」の要素を取り入れたかったので、Veelinayakenpattiの友人S(現在NilakottaiNGOスタッフ)に通訳をお願いしました。

まぁ、評価の内容はまだまとめてないので差し控えますが、久しぶりにNatham行ってなんか楽しかった。団体のオフィスも私が最初に行ったとき(日本から学生さんやらを連れていったとき)とは変わっていたけど、なんとなくゆる~い生活のリズムが流れているNathamは大好き。ホームステイも一番楽しかったんだよね。ちと時間なくてホームステイ先のBのおうちには行けなかったので、また今度。


ステキ笑顔S

評価が終わってNathamの街を歩いているとお寺が見える。あーあんなとこにお寺があるよとSと話していると地元の人が「別に有名なお寺があるよ」と教えてくれる。

SがNathamに来るのは初めてだったし、私も何度か行ってるのに聞いたことないお寺だったので行ってみることに。


お寺の中から撮った

Kailasanathar Swamy TempleはNatham Kovilpattiという村にあるお寺。外から見たとき村のものにしてはサイズが大きいなと思ったけど、中がものすごくステキなお寺だったのです。

えーーーーーーー!こんなとこいっぺんも連れてきてくれなかったじゃん!と思ったくらい。


壁画

お寺の回廊の中にびっしりと描かれた何かのストーリー。タイトルだけタミル語で書いてあるのでSにも何かわからなかったのだけど。


女神様?

ヴァージンストーン

7つ並んでいるこの石、「処女の女神様」なんだそう。なかなかいいお相手にめぐりあえない女性はこの神様に祈るんだって。

Sのお姉ちゃんが最初、次が私で、最後にSね、と祈っておきました。←半ば必死。


クリスマス?

なんでこんなきれいなお寺にクリスマスライトのようなものをひっかけてるんだ!と罵倒したくなりますが、僧侶のオジさんがしぐさで「写真撮っていって」と言っているのがなんかカワイかったので許す笑


ぐるぐる

この脇のコーナーにあるいくつもの像。この周りを信者の人たちがぐるぐるお祈りしながら回っていました。


キレイ

柱にほどこされた彫刻。こういうの、すっごく大好きです<3

できたばかりのときはもっとハッキリしてたんだろうなーと想像するだけでも楽しい。


シヴァシヴァ

ご本尊(っていうんだろうか)はシヴァ神のようです。ナンディもいるしね。このお寺の特徴として、他の神様の前にもナンディが座っているというのが挙げられるそうです。なんでだろね。

10世紀とか11世紀に作られたというこのお寺。メンテがなってなくて残念という記事を読みましたが、私はこの古ーくて、素朴な感じが好きです。


さて、評価まとめしますかね。