2013年4月9日火曜日

Future Forecat for Arians 来年は兵士。

こんばんワニ。


今日学科に行ったら、明らかに飛行機内でパクってきたなと思われる某航空会社の冊子が置いてありました。

この間日本に帰ったときAir Asiaの機内誌に「低コストを維持するために機内誌のお持ち帰りはご遠慮ください」のようなことが書かれていて「誰がこんなもんパクるんだ」と思ったけれど、よく考えたらSudokuとかクロスワードのページが破られているのは以前に他の航空会社でも見たことがある。

まぁ、よくあることなのかもしれないけど、まさかうちの学科にパクっている人がいるなんてね…

で、どうせパクったんだろうしと思って、私もページを1枚パクってきました笑


おひつじ座の人の未来予想です。


おひつじ座の人は自由奔放で、衝動的に行動し、競争心が強く、積極的(攻撃的)である。

最初からホメてるんだか非難してるんだか。

著名人ではアル・ゴア、レオナルド・ダ・ヴィンチ、マーロン・ブランドー、ラッセル・クロウ、マライア・キャリー、クエンティン・タランティーノなどがおひつじ座である。

攻撃的=ラッセル・クロウってことね?


性格

おひつじ座は一匹狼で、出かけることが大好きで、冒険好きな性分である。

きわどい人生を送り、外に出て何か成功を収めることが好きで、誰かがやっているのを家で座って読むだけなのはいや。

やる気に見合うだけの成果がもたらされないと、イライラする。

あぁ、これ、わかるわぁ。

表裏がなく、歯に衣着せぬ言い方をする。

これも…わかるわぁ。

独立心が強く自分の意見をハッキリ持っているけれど、たまにナイーブになったり、簡単に物事を信じたりする。

だよねー。晴れときどきナイーブ。

人生に対しては楽観的で、困難もすぐ乗り越える。常に次の冒険に備えている。


恋愛…の項目はあんまりおもしくないのでカット。


仕事

おひつじ座は集中力、行動力、説得力がある。いつもチャレンジに立ち向かう準備があり、それを乗り越えようという意思がある。

未踏エリアの冒険家に向いている。

…え。

公述人、アスリート、兵士、医師にも向いている。

…兵士。。。

おひつじ座は客観的、知的で、機転がきくのでそこが気に入られる。リーダーの役割を含んだ仕事につきやすい。

なるほど。

でもネガティブな感情に左右されやすいので注意が必要。


健康

つまるところ、頭痛など頭の症状に悩まされやすい。あと、ギリギリまで自分を追い詰めるので事故や心の病気になりやすい。ということです。


旅行

衝動的な旅行プランを立てやすく、スリリングな旅がしたい。自然の豊かな場所、文化や食事の全く違うような場所にいくのが好き。


ふ~ん。。。

来年の今ごろは私イライラした兵士かもしれないね。やだーーーーー。

なんていうか、おひつじ座のよくある特徴、みたいなことばかり書いています。

でもおひつじ座にも2種類あって、ホントに気ままーに生きてる人と、ちょっと慎重な人がいるようです。私は後者でありたい。


占い、あんまりやったことないのですが占星術は昔から「あたってるかもなー」と思うことが多いので、ホメてもらってるところがきちんと出るように、これから(兵役以外の)仕事をしたいなと考えています。

アル・ゴアのような人になれるようにがんばろう。
うん、それがいい。

まぁ、MBA終わってからだけどね…

ちなみに、占星術はインドでも同じ12星座使ってます。でも結婚に際していろいろ細かく占い師が見たりするそうなので、奥が深そうです。





2013年4月7日日曜日

2 Priceless Cakes (続)節目

こんにちワン。


昨日(土曜日)に三十路の大台にのっかったみわです。

メイルやFacebookでのたくさんのメッセージありがとうございます。


ヘコむことがいくつかあったのですが
まぁよしとします。


さて。

元同僚でこれまた私が心底尊敬しているFさんが
20代最後に何かしたほうがいいんじゃないと
(Fさんの場合は浅草でサンバを踊った。)
言われたので、
30になる前に何かしよう!と思っていたけれど
結局そんなこともなく
時計が20時半(インド時間)をつげると
日本では0時。

独身でうんぬんかんぬんはこの前書いたけど

その時間に何をしていたかと言うと、
圧力鍋貸してました。笑

部屋にパタパタと聞き覚えのあるサンダル音がやってきて
(最近はノック音以外にサンダルの音でも誰か予想がつく)
部屋にずかずか入り込んできたのは
案の定マニプーリシスターズお姉ちゃん。

「ご飯炊くから圧力鍋貸して!」

何でも、使ってる圧力鍋でチキンをこしらえたので
お米を炊くために別の鍋がほしいそう。

いつも台所用具貸し借りはよくあるので
よく考えずにどうぞと渡す。

姉「もう料理終わったの?」

私「(オートミールで済ませようと思ってたのでちと恥ずかしい苦笑)
まだだけど、すぐ済むから大丈夫。
ご飯なら20分しないで終わるでしょ」

姉「じゃぁ先に作りなよ」

私「いいよ。待つから」

というのが20時半ころの会話。

21時をすぎても圧力鍋がかえってこない。

まぁ、私のってデカいぶん
(ひとり分しか作らないのに寮でいちばんデカい圧力鍋を所有している笑)
火が通るのに時間かかるしなぁ。

と思ったけど。

うーん。。。

彼女たち、いつも3人分(シスターズとイトコちゃん)
作っていて、圧力鍋はひとつしかないにしろ
3品くらいきちんと作ってるし、
何で今日は必要だったんだろう。

そういえば、以前に圧力鍋貸したのって…

まさか。。。

と思っていたらイトコちゃんが圧力鍋を持って戻ってくる(21時半くらい)。
まだほかほかの鍋。

イ「ごめんね、遅れて。怒らないで」

私「別にいいよ。大丈夫」

そのあと私の調理はさくっと終わったのだけど
(オートミールあっためるだけだしね…)
鍋を洗っていたら不思議なことに気がつく。

がんこなすす汚れ。

Kerosene stoveの特徴としてすす汚れは当たり前だけど
お米炊いてこんなについちゃうのってなかなかないので
やっぱりまさか、と思う。


そして
まさかがやっぱりになった23時56分。




手づくり

やっぱり。。。<3 

彼女たちの圧力鍋はちと小さいので
クリスマスに彼女たちがケーキを焼いたときには
私が置いてった圧力鍋を使ったんですね。

焼き方(蒸し方)はこのへんで説明済み


ちょっと期待しちゃってた自分が恥ずかしいけど
本当にお祝いに来てくれた彼女たちに大感謝。


キャンドルがないからマッチですけど。ドンマイ。


さて、それではきちんとインド式にお祝いしましょう。

(すっぴんでごめんなさい)


ふー!

Happy Birthdayの歌は万国共通(ウソ。でもインドは同じ)。

ただ何かスピードが遅いです。

歌に合わせてキャンドル(もしくはマッチ)を吹き消す。


カット

切るのは誕生日本人の役目。





First bite...

こうして本人がまず食べさせてもらいます。

おわかりのように手です。もちろん。

フォーク?冗談じゃない。


ほぉれ、お食べ

このあと、お集まりの友人に食べさせてあげます。


お約束

このあとクリームを顔につける(つけ合う)という儀式
があるのですが

「30代のお肌にバタークリームはオイリーすぎる」

と勘弁してもらいました笑

まぁ、でも、
アーユルヴェーダとかギー(バター)顔にたらすよね。
一緒?笑


最後の

ここでお祝いするのは最後の誕生日
のはず。


実は土曜日はMaduraiにお買い物に行こうと予定していました。
けれど前日(金曜日)になって一緒に行くKがバックれる。

「ストレスがたまっていて…」

「土曜日授業があると思ったから…」

「かわりにDindigulに行こう」

と、私の意向を無視したことばっかり言ってくるので
ふざけんなと思って

「もういいから!祝う気ないし!うちで論文やってな!」


と言い放ったんだけど、その後も

「私がお祝いしたい気持ちは関係ないんだ?」

「私寮まで行くからさ…」

とうじうじと言ってくるので

あぁ、めんどくさいと思う(自分は心底イヤなヤツだと思う)。


でも夜が明けて気持ちも晴れたので
ちと言い方きつかったかなと思って
わびの電話を入れる。

K「誕生日おめでとう。I wish you many more returns
(幸せな誕生日がこれからも訪れますようにということです)」

私「いや、誕生日は来てほしいけど、もう年取るのはイヤだわ!笑」

と二人で笑う。

K「ねぇー、お願いだからDindigulまで来てよ」

と言うので、
まぁ、Kと過ごす誕生日も最後だろうし、と思って
行くことにする。

私「アイスクリーム食べに行こうか。おごるよ」


…


そのあとネットサーフィングをしている最中。

数日前からなんか頭皮の一部が痛いので
この間100均で買って持って帰ってきたヘアターバンで
しめつけちゃったのかと思ってたんです。

でも昨日なんとなくその位置をさわってみると
何だか水…膿?が出ている。

ひぃぃと思ってマニプーリシスターズの部屋へ。

「Dindigulの皮膚科、どこにあるって言ったっけ?」

イトコちゃんが頭を見てくれる。

彼女のリアクションっぷりを見る限り、あんまりよろしくない状態らしい
(鏡ではよく見えないんですよ…)

応急手当として、以前に彼女たちが
その皮膚科でもらったパラフィン(…?)を塗ってもらう。


今年は皮膚科かよ…と思いつつ
シスターズ妹になんとなくの場所を聞いて
Dindigulに出かける。

バス、暑い。。。。





そしてDindigul到着。

やってきたKの手には箱。



今度はキャンドルつきだぜー

来るなり、

「私のバスでお祝いするほうがいいと思うの。誰もいないから。
アイスクリームパーラーには人がいるでしょ」

というトンチンカンなことを言い出すK。


と言うことで、Kが乗ってきたばかりのバスに乗車。

フツーのことであるかのようにケーキ箱をあけたところの写真がこれ(上)
バスのシートの上です。。。

Kがいつも乗っている路線なので
車掌さんもドライバーも顔見知りのよう。

ということで、
バスで車掌とドライバーに見守られつつ
二つ目のケーキのキャンドルを吹き消し
カットをしたわけです。。。

誠にプライスレスな状況です笑

Kと私と食べさせあい、
彼らにもケーキを食べてもらいました。

んで、そのころにはこれからバスに乗る乗客もいたので
ガキにケーキを分け与えました。

私たちなんてやさしいんでしょう
(配ったのは車掌くん)。


てんこもり

そのあとibacoへ。てんこもりのアイスを食べて心から幸せだと思う。


んで。

忘れちゃいけない皮膚科。

どうやらここの近くにあるということなので、
Kと一緒にクリニックを探す。

17時に整理券が配られるから
18時の診療前に行った方がいいってことだったのね。

ABMクリニックだと思ってたらAVMクリニック。

Kが見つけたそのクリニックは
なんと私の歯医者の隣笑

なんだよここかよ、と思う。

で、もらった整理券は「1」

たくさん人が待ってるのにどうして?と思う。

「前に10人くらい待ってるみたい」

とKが言うので
あぁ、11人目ということなのね、と思う。

そのあとKをバス停留所まで見送って皮膚科に戻る。

18時の診療開始前にたくさんの人が来ている様子。

つけられたテレビの映画を観つつ
待つ。待つ。待つ。

そのうち「ミワ」と聞き覚えのある声がして見上げると
なんと前学科長がつっ立っている。

彼もなんか皮膚疾患があったらしい。。。

で
待つ。待つ。待つ。

18時はとっくに過ぎてるのに人が診察室に入っていく気配なし!

19時になり、待合室の一番前に座っていた男性が

(たぶん)「6時からって言ったじゃないか」とブチ切れる。

そーだそーだ、と思って心から応援する。

その後診療開始。

「15番までの人来てください」と言うので
立ち上がったけど、実はその15番というのは
朝待ってて診てもらえなかった15名だということが判明。。。

それが私の前の「10名」←じゃないじゃん
ということが分かる。

そのあと15分くらい待って
「あなた1番よね」と言われる。

そのあとまた診察室の前で5分ほど待ち
ようやく中に入れたのは20時前でしょうか…

こうこうこういう症状でと医師に伝えると

「髪の毛染めてない?」

「シラミはいない?」

と聞かれる。

いない、と思うけど…泣

ともかく、飲み薬と軟膏、
それに患部を洗うもの(塩化ナトリウム?)をもらいました。

飲み薬の中に私に効かなかったParacetamolがある泣

「眠れないくらい痛かったら月曜に、
そうじゃなければ火曜日にもう一度来て」

だそうです。こんなに待たされるのはもうごめんです。




ということで
30代最初の日に皮膚科という
なんとも体の衰えを感じるようなスタートでしたが
何か思い深い1日でした。

帰りにはBaalaji BhavanでAdai Aviyalを買って帰りました。
あぁ、おいしい<3

終わりよければ全てよしって感じ。


さて、大学院生活も残すところわずかですが
今年1年充実したものになりますように。

重ねてになりますが
たくさんのお祝いメッセージありがとうございました。




2013年4月6日土曜日

Ashrama 節目

こんばんワニ。


届いた



先日「オノ ユカナ」という人からEMSが届きました。

誰…?笑

まぁ、これがわかるのは高校の同級生だけだと思います。


ということで、日本時間日づけが変わって4月6日、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

おかげさまで30歳になりました。

以前に働かせてもらっていたところでの上司Sさん(私が心底尊敬している人です)が、自分は30のときがいちばん楽しかったと、彼女が40くらいのときに言っていました。

それを私が聞いたのはおそらく22とか23とかのときで、そのときはもちろん30歳になるときに自分がインドにいるなんてことは予想だにしていませんでした。

30歳のときがいちばん充実してた!と言えるかはこの1年にかかっているので、毎日しみじみ(茨城弁笑)生きていこうと思います。

もっと言えば、10年前は学士の1年目の終わりにさしかかっているころで、何やってたかさっぱり覚えてませんが、たぶんテスト勉強してたんでしょう。アメリカは日本とちがってハタチが節目ということはないので(運転16、選挙18、飲酒は21から)特別騒ぎ立てるわけでもなかっただろうし。

最近で言うと、去年の誕生日は歯を入れてもらいましたね笑



さて。昨日の話の続き。

めずらしくFacebookでもコメントをいただいたくらい、今日(インド時間ではまだ日づけ変わってません。5日の金曜日)結婚しなければダメという話です。

つまるところ、20代のうちに結婚しないとだめだよ、と社会学科長に言われたのです。

まったくもって余計なお世話です。笑

でも悪びれもなく言っていた学科長がなんかウケたのでよしとする。


何でそんな話になったかと言うと、昨日も書いたように結婚の話をしていたわけなんです。このへんの人はまだまだお見合い結婚が主流だけど、日本はどうなのという質問でね。

まぁ、タミル人によく聞かれることなのでいつもどおりに「まぁ最近は恋愛結婚が多いですね」と説明。婚活とか出会い系サイトの話にもふくらませようと思えばふくらませるけど、話が込み入るので私はしません。

で、「失礼だけど君いくつ?」と聞いてきたんですね~。

「29です」

「なるほどね。もう結婚しているべき年だよね、インドの考え方で言うと」

以前にこのウェブログでも書いた気がするのだけど、ヒンドゥ教の教えにAshramaというのがあって、これによるとヒトの人生は4つに分けられるんです。


8-18歳(7歳までは人生とみなされないのかは不明。)はBramacharyaという時期で、学生として勉強にはげむ時期。Dharma(法)を身につける。

18-40歳はGrihasthaと言って、家庭でハッピーに生きつつ社会に尽くそうという時期。

40-65歳はVanaprasthaの時期で、家庭生活の責任も全うしたことだし(早!)そろそろ表世界から身を引いて他人にいろんなことを教えていきます。

65歳からあとはSannyasa、表世界から完全に去って自分の精神を高める時期。輪廻から逃れるために瞑想したりね。


まぁつまり、学科長が言いたいのはもう18歳はむかーしに超えているんだからそろそろ家庭を持つことを考えたほうがいいんじゃないの?ということなんですねー。

特にうちの場合、妹ちゃんが先に結婚しているというのはインド的によろしくないみたいなので…。汗

こんなインドの田舎でもたくさんのオンナノコが25こえてまだまだ博士号めざしてがんばってるって感じなので、この考え方がいつまで続くかわかんないけどね。

まぁでもこの話になったあとに

「いやぁ、今日はどうもありがとう。電子辞書の件以外に話がいろいろできてよかったよ。君はとても正直にオープンにいろいろ話をしてくれるからね」

と、言われてしまったので

「あの~先生、ホンットに正直に言ってもいいでしょうか」

「え?何?」

「実は私土曜日に30になるんです~…そうすると2日しか結婚する日が残ってないんですけど苦笑」

「あぁ、そうなの!悪かったね!笑」

と学科長は笑ってるので、私もガハガハ笑ってしまいました。

まぁでもホントに彼に悪気がなかったのが感じられるので、まぁいっかと思った。


と、言うことで、今日結婚しなくちゃとFacebookでダンナ募集をしたわけなんですよ笑

ちゃんと立候補してくれた人もいるんですよ。オスメス共にね…<3

でも30歳は独身で迎えました。




だから何?ってね。


で、今日、私が昨日なぜだか面識のない社会学科長に呼び出されたのを知っているクラスメイトに「昨日こういうことがあってさぁ、結婚できるのが今日しかないんだけど」と冗談で言ったら

「明日結婚すれば誕生日と一緒でいいじゃない」

だって。

しれっと言われてしまいました笑


2013年4月5日金曜日

なんとか明日! Counting D-O-W-N...

こんばんワニ。


しばらく沈黙状態でごめんなサイ。


火曜日の朝「明日CFA(定期テスト)だって」といきなり言われて

冗談でしょ。笑

と思っていたら本当にテストでした。

通知(circular)が学科に届いたとのことでしたが、掲示板にはってないので、正式に通知したことにならないじゃない怒!とブチ切れましたが。

今週末ゆっくりしたかったのでよしとする。


そんなわけで水曜木曜とテストがあり今日の午後終了。

今朝のテストのあと知らないオッサンに呼び止められ「社会学科の学科長が君を探している。いつ会える?」といきなり聞かれ

なんなんだよ。。。なんで面識ない人に呼び出されるんだ。。。

と思ったけど午後(テストのあと!)社会学科に行く。


つまるところ学科長は日本の電子辞書がほしいんですって。

前に日本人の学生(たぶんBさん)にもらったのが壊れちゃって、新しいのがほしいみたい。

イマドキの電子辞書はものすごく高いから、電子書籍リーダー買って辞書ファイル買ったほうがいいかもしれないけどねー。


で、その流れではもちろんないのですが、

「社会学的観点から興味があってね」

と学科長と話を長々としてしまいました。

日本にはカーストのような仕組みがあるかとか、結婚はお見合いなのかとか、まぁ、普通のインド人でも聞きそうなことだったけど。

で。

その流れで

どうやら私は明日(金曜日)結婚しなければいけないことが判明した。

笑

さぁ、どうしましょう。


もう寝る。。。

おやすみなサイ

2013年4月1日月曜日

Dialysis 娘の涙

こんばんワニ。


私が論文に打ち込んでいたようないなかったような先週末、VeelynayakenpattiのAppa(お父さん)の具合がものすごく悪くなっていたとのことで、お見舞いに行ってきました。


つかカレー作ってる場合じゃないじゃん自分。と思った。


この間のお祭りのあと、お父さんの具合がすっごく悪くなって、Maduraiの病院に連れて行ったけれど、「もうどうにもできない」とか「前回の治療のときに食生活を改善しなさいとあれだけ言ったのに守らなかったからもう私たちには手におえない」とか言われて、何件か病院をたらいまわしにされていたそうなのです。

最後に行ったMeenakshi Mission Hospitalでは前金が払えないとどうも…とやはり断られそうになったのですが、家族が泣いて病院を回りお願いしますといろいろな人に頼んだところ、ある医師(女性だと思う)が娘に向かって「私の娘みたい。どうか泣くのをやめて。私が治療をはじめるよう許可のサインを出します。」とようやく治療をしてもらえることになったそう。

けれどお父さんの容態はとても深刻なレベルに達していたそうで、「手は尽くすけれど約束は何もできない、あとは神様に祈りなさい」と言われてしまい、家族は本当に、心から祈るしかなかったんだって。

それで、治療はするにしてもこの前金を払わなくてはいけないということだったので、それを工面するために付き添っていたお母さん、息子と娘(お姉ちゃんじゃなくて妹の方)のうち、お母さんと息子が村に帰る。

こういう話ってもちろん日本でもあると思うのですが、そんなにたくさんというわけではない額のために人の命が左右されるというのは本当に心が痛むというか、世の中って不公平だなぁっていうか、なんともやりきれない気持ちになります。(ますますカレー作って喜んでいた自分が憎たらしい)

お母さんと息子は村に帰って、親戚や近所の人に聞いて回ったけれど、みんな手持ちがないだとか、もうお父さんのことはあきらめろだとか言って、必要なお金を集めることができなかったんだって。

例のお祭りに来ていたスウェーデンの彼がそのときまた村に来ていたんです。家族はあえて彼にお願いすることはしなかったんだよね。だけど、泣いている家族を彼は見たから「どうしたの」と妹に電話。「僕は君のカレシでも、君は僕のカノジョでもない。ただ僕たちは友だちでしょう。僕は友だちとして聞いてるんだよ」と言ったんだって。そこで妹も泣きながら事情を説明したところ、夜遅かったのに泊まっているところに置いてある現金6,000ルピーを取りにいき、家族に手渡したのだそうです。

彼には私も心から感謝です。(ここ重要:家族はきちんと数日後にお金彼に返しました)


そこで治療も無事すすみ、今日私が訪れたときにはお父さんが3回目のトウセキを受けていました。


話がちと前後しますが、今日病院に行く前にお父さんに一体全体何が起こっているのかきちんと勉強したくて、いわゆる「糖尿病(生活習慣病)」ではないのだけど糖尿病として治療を受けているSさんにいろいろ質問をさせてもらいました。

つまるところSさんはトウセキをするなんてもう手遅れといった感じだったのですが。

恥ずかしい話、私透析って何のことかよくわからなかったんです。お父さんがどんな治療をしているか聞いたときにDialysis(透析)って言われて何のことか知らなかったのでナニソレって言ったら「血をきれいにして戻すのよ」って答えが返ってきて…そのままSさんに伝えたんだよね。

知らないで一生過ごせたらいい単語だろうけれど、一般常識だよね…あぁ、恥ずかしい。バカ!バカ!自分!

という自分のバカっぷりはどうでもいいのだけど、Sさんの話を聞く限りではもうお父さん助からないんじゃないかなって思うくらいで。

けれど、数日前に「お見舞いに行っていい?」と聞こうと電話したらお父さんの容態はなんとか安定したということだったんです。この透析と、インシュリン含めた他たくさんの薬でね…。


容態がよろしくないようであれば行っても邪魔になるだけだけど、お父さんに意識があるならちょっとでも会いたいなぁと思って、今日行ってきました。

ていうか昨日のうちにVeelinayakenpattiインして、今朝一緒に家族と行ったんだけど。

お父さんのことがちと安定したせいか家族はいつものテンション。まぁ、疲れているなって感じはしたけれど。

実はスウェーデンの彼が昨日ここを発つことになってたんです。お父さんのために彼がしてくれたことを今日まで知らなかった私はお礼も言わずに「じゃーねー!」とフツーにバスに乗せてしまったけれど(ますますバカ!)。彼は今日の便でスウェーデンに帰ったようです。いいヤツだった。また来てください。

(彼のガールフレンドKの誕生日今日ですけど、よかったんですかーーー!?←余計なお世話。)

NilakottaiのNGOにはスウェーデンからよくボランティアが来て数ヶ月滞在しています。だけど短期間なのに村の人と交流を深めて、見送りに来てもらえる男性ってあまり多くない気がするんだよね(女性はけっこうグイグイ交流したりしてるけど)。だからこの人はいい人なんだと、インド村人目線で私は評価しています。

もしKと彼が結婚するなら、Veelinayakenpattiでインド式のセレモニーをしたらいいよ!とまたおせっかいなことを言ってしまいました笑


で、彼がバスに乗ってChennaiに向かうその乗車地点が、お姉ちゃんの現在住んでいるダンナさんの村に近かったんです。彼の見送りだけだったら正直行かなかったと思うけど、お姉ちゃんが来るっていうんで私も同行。

もしかしたらちょっとは大変な思いをしてるのかと思ったけど、ひさしぶりに会ったお姉ちゃんは既婚女性らしくサリーをびしっと着て、ホントうれしそうだったんです。

お相手の彼も顔を見たら「あぁ、この人ね!やっぱり私銀行で何度も見てるわ!」って思い出しました。ちょっとやっぱり引け目を感じている成果、あまり家族と話さなかったけど。。。

あぁよかった。お姉ちゃんが幸せなら、私もうれしい。



話戻りますが。

お父さんの透析がまだ進行中だったので、妹と待合室で座って話をしました。

この病院は面会時間がとくに決まっていないかわりに、付き添いの人の寝る場所確保してあるなんてことはないので(個室でない限り病院って日本でもそうかな?)、みんなそのへんにゴロゴロ転がっています。そこいらで葉っぱ広げてご飯を食べているのもざらです。

そんな中天井ファンに近い席を見つけて座っていると、なにやら病院内ツアー?のような人たちがぞろぞろ。女性はみんなおそろいのサリー。髪にはジャスミンの花が。

「花はつけちゃいけないのに」と妹。

何でもこちらの病院ではおそらく衛生の関係で花は持ち込んではいけないことになっているそうです。そういえばよく花を髪につけているお母さんも妹も今日はつけてない。

「日本ではお見舞いに花を贈るんだよ!」

「インドではフルーツが多いかな」

「日本もフルーツを贈ることもあるよ。高いフルーツね。でもお父さんは糖分が気になるからフルーツはやめた方がいいよね」

「でもお医者さんはパイナップルとパパイヤとグアヴァはいいって言ったよ。でもザクロを食べると血糖値がものすごく上がるの…」

というまたよくわからないインド医学の話になりました。

とか言ってたらまた例のおのぼりさんツアー軍団がぞろぞろ。ふふと二人で笑う。

だけどここは病院。

透析専用の病棟の集中治療室にいた男性の娘と思われる人が、もうどうにもできない状態であると医師に伝えられ、それを電話口で誰かに話しています。

それを見ていた妹が涙ぐんでいます。どうしたのと聞くと

「この間ここに来たとき泣いてたのは私たちだったから…」

この女性につきそっていたのは小さな男の子、それに男性の奥さんと見られる年配の女性でした。

「家族があれだけしか来ないなんて」

とも妹は言っていました。

それぞれ家族に事情があるでしょうから、この家族に対してあれこれ私が推測をめぐらすのはよくないけれど、病棟を見回すと、やはりたくさんの人に囲まれている患者と、付き添いひとりきりの人、両親さえきてくれないような幼い男の子、ひとりでずぅっとせきこんでいるおじいさんなど、いろいろ考えてしまうような人ばかりでした。


でも、それでも、誰かお見舞いに来てくれる人がいるわけで。

ホスピスとは違うよね…と思ったのも。


帰りいろんなことを考えながら帰ってきたら、Easter Sundayのお勤めを出てきたばかりのハッピーな東北部の学生たちと遭遇。

その中のマニプールの男の子と修士論文の話をしていたら、期末テストが終わったあとにホスピスに行ってみたいと話をされて。

「えぇ!経営してる人知ってるよ!一緒に行って何かお手伝いする?」

と、とんとん拍子に話がすすんだので、今度いっぺん一緒に行ってみることにしました。

何かしたいとあのとき思ったけど、ひとりではちょっと行きづらいところにあるので、誰か一緒なら安心!

よし、行くぞ。




2013年3月30日土曜日

おせっかいを通り越してはたメーワク Student Protest (3)

こんばんワニ。


数日前「夜寝るとき天井のファン使う」を解禁しました。

寝るときにACやらファンやら使っていると朝ノドが痛いので多少暑くても使わないのだけど、さすがに夏に向けて暑くなってきたので。


そんな今日はGood Friday(聖金曜日、キリストが死んだとされる4月の金曜日)。ここにいる東北部の子たちはたぶん全員クリスチャンなので、マニプール出身の先生んとこに集まってservice(お勤め、式)があるようです。

クリスマスも含めたまにこういった会にも呼ばれるのだけど、なぜかクリスチャンの集まりだと尻込みしてしまう私。

いつも自分は無宗教ですと言っているけれど、心のどこかで多神教(八百万の神様…)を信じているからなのかなぁと最近思います。


さて今日は夜ご飯何にしようと夕方Chinnalapattiまで行ってきました。

よく行くCeylon Bakeryにはキリストの絵がかけてあるのでオーナーがクリスチャンなんだろうな。クリスチャンの祝日だから今日はお休みだろうと思っていたけど、行ったら開いてる。携帯電話のプリペイドチャージ(をベーカリーでやってんだけど笑)担当のおじさんはいないけど、ベーカリー部門は通常営業って感じ。

働いている子に「今日休みじゃないのー?」と言ったら「違うのよ。言ってやってよ」とおじさんの息子(たぶん。同じ顔だから)に目配せ。

そこで息子氏に私から「何で今日休みじゃないんですかー」と言うと「でも休んでたらあなた買い物できないでしょ」と返される。

「休みだと思ってでもチェックしにきたのよ笑!」

おじさんの方は今日どっかでお祈りの式があるとかでちゃっかり休んだらしい。

働いてるオンナノコとオトコノコもてっきりクリスチャンなのだと思ってたけど、そうではないんだって。じゃぁ休みじゃなくても文句言うな笑


で、そういえばこのお店って「Ceylon」ベーカリーじゃんね、と思う。

Ceylonというのは「セイロン紅茶」と言われるように、スリランカの旧名です。

スリランカ政府に対するバッシングがタミルナドゥ中で盛り上がりすぎちゃってる中、ここも被害受けたりするんじゃないかと思ってたけど、そんなことはぜーんぜんなさそうな感じ。

Dindigulの本店は被害受けてたりして。

…そんなことない気がする笑

まさか地元の人はセイロン=スリランカだって知らないわけ?


と、私が言うのにはきちんと理由があるわけです。


反スリランカ政府運動がはじまってから、スリランカと名のつくものはやたらと襲われているんですよ。


たぶん最初に襲われたのはChennaiのBank of Ceylonだと思う。マスクをした12人が押し入り、銀行員を襲い銀行をメチャメチャにしたんです。

あとSri Lankan Airlinesのオフィスに石を投げつけたヤツもいました。


まぁここまでは、よく中国でも日本企業を襲うってことがあるので、ありがちだなぁと思っていたのだけど、次第に変な方向にエスカレートしていったわけです。


スリランカのシンハラ人たちには仏教徒が多いので当然お坊さんもいるんですが。Thanjavurを訪れていたそんなお坊さんが例の寺院で地元タミル人に襲われるという事件もありました。

そのあとすぐにまたChennaiで仏僧が電車の駅で襲われています。


最近新しいカトリック教皇がアルゼンチンの内戦時代に殺戮を見てみぬフリしたなんて話も出てきたけど、かといって教皇が人を惨殺していたわけではないだろうし、このお坊さんたちだって進んでタミルの人たちを殺していたということはないと思うのです…


そしてもうなんかメチャクチャじゃんかと思われる事件が。


タミルナドゥの中に海岸エリアを切り取って別の特別行政区にしているPondicherryというところ(もともとフランス領でその影響が今も残りおいしいワインやフランス・インドフュージョン料理が食べられるという夢のような場所)があります。

ここにあるSri Aurobindo Ashram(ashramというのはヒンドゥ教の教えだったりヨガのレッスンをしたりするような場所)も最近50人のタミル人がやってきて施設を襲いました。

で。Sri Aurobindoというここの創設者がシンハラ人でしたというならまぁなんとなくわかるのですが、Aurobindoは西ベンガル出身。

はい?

でも、ここが襲われたのは彼が西ベンガル出身だったからなんです。

じゃぁスリランカと関係ないじゃんと思うのですが。実は。

西ベンガルの州知事Mamata Banerjeeが国連人権理事会の決議(スリランカ政府の内戦時のタミル人に対する行いを非難するもの)に反対していたから、なのです。

…やっぱ関係ないじゃん!

これってつまり。日本政府がこの決議にちょっとでもイチャモンをつけようなら私がそこらへんでボコボコにされるというようなものなのです。恐ろしい。。。

(そういえば西ベンガル出身のクラスメイトNは無事だろうか笑)


そして、政治と切り離されるべきだと私が常日頃考えているスポーツ界にも影響が。


インドの国技ではないにしろものすごく人気があるクリケット。

インディアンプレミアリーグ(IPL)というのがプロクリケットリーグで、インド国内だけではなくて、クリケット選手が多い旧英国領の国から多くのプレイヤーが集まっています。

例によってタミル人の気持ちをくみとってますよと主張したいわがタミルナドゥ州の州知事Jayalalithaaは「スリランカの選手はうちの州でプレイしないでほしいわ」とIPLに言い出す。

でIPLもそれを聞き入れちゃって、Chennaiでの試合にはスリランカ選手は出ないことになったのです。スリランカの選手が襲われないようなセキュリティ体制が整えられないというのが理由らしいけれど。

アホか。こういうときだからこそ、スポーツではフェアに、気持ちよく、タミル選手もシンハラ選手もプレイさせるべきじゃないの???

けどねー。。。パキスタンの選手もしょっちゅうインドに来るなと言われるんですよね。クリケットは人気がある分政治が介入しやすいんだろうか。

にしても、シドニーオリンピックで北朝鮮と韓国が一緒に入場したことにエラく感動した自分としては、パレスチナとユダヤの子どもがサッカーを通じて交流しているなんてことにものすごく感銘を受ける自分としては、なんでインド人はこういうことができないんだと思うのです。


そして、もうはたメーワクとしか考えられないようなことも起こっています。


まぁ、以前から言ってることですが、タミルナドゥ州政府はタミル人が多い北スリランカを独立させろと言っています。

これはつまり、規模は違うけど、中国が横浜のチャイナタウンを独立させろというようなものです。

スリランカのことは、同じ民族であれ、他の国がとやかく言うことではないし、スリランカタミルがそうしたいのであればそれが実現するようにサポートを国際レベルで(国連とかね)することが必要だと思うのです。

まぁ、タミルナドゥ州政府にとっては「だってインド中央政府はタミルの気持ちわかってくれないんだもん!」ってところでしょうが、ウダウダ言う前に何もしてないスリランカ人の安全確保をしなさいよ。


で、今日の新聞で読んだけど、このゴタゴタでスリランカ出身のタミル人だってメーワクこうむってるのです。


最近の混乱で、スリランカから留学している生徒たちが物件を借りられないということが起きています。スリランカ人だと言うと、通常の書類の他に警察に行っていろいろ手続きがあるとかで、大家がめんどくさがって貸さないとつっぱねてしまうんだそうです。

これがシンハラ人だけだったらまぁ、ねぇ、こんなご時勢だから、と思うけどこれはタミル系スリランカ人にも当てはまることなのです。

というのも、Rajiv Gandhi(スリランカ内戦時にIndian Peace Keeping Forceを送り、結果タミル系スリランカ人と戦わせるハメになった)の暗殺(タミル組織LTTEによると言われている)からずーーーーっと、タミル系スリランカ人には警察の厳しい目がついて回っているわけで。

今回の反スリランカ政府デモに至っては、「タミルナドゥにきている難民の人たちはデモで先導きってるんだろう」なんて思うけど、実際には「スリランカの生徒はデモに参加しないように」と大学からきびしく言われて、寮で待機もしくはヒドい生活環境の「難民キャンプ」に帰っているそうなのです。


つまり、タミルタミルと言っているけど、本当に運動を起こしているのはスリランカの、本当にツラい思いをしたタミル人ではなくて、タミルナドゥで育って、最近になって「お隣の国でこういうことがありました、許せません」とわかってしまったインド人なんですよね。


結局誰のための運動なの?と思う。




2013年3月27日水曜日

Variance (2) 引き続きまして

こんばんワニ。



ちょっと前に「ばらつき」の話をしましたが

たとえばこういうことです。


!?

私の大好きなBritanniaのMilik Bikis。

追記:ウソでした。Horlicks Biscuitsだった。

袋開けてかじったんじゃないですよ。

密封されています。



別の角度から撮ってみました

あきらかにひとつサイズがおかしいでしょ!

あけてみたら案の定
おねずがかじったあとでした

…ではなくて
割れていて破片が入ってない。

日本だったら「代わりに異物が混入されてるかも」とか思って
食べないかもしれないけれど
インドだったら「インドだし」で
済ませてしまいます。

味も別に支障はなかった。

でもだまされた気分。


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おととい(日曜日)←カレーの日

寮母が
「タミル語の新聞に明日から大学再開って書いてあるわよ」
と言うので
チッ休みも終わりかと思いつつも
授業遅れまくってるしなぁと考えて
じゃぁ明日は朝きちんと起きなくちゃと考えていたのだけど

寮の子と話してたら
「明日誰も来ないと思う」
と聞いたので、結局よくわからず。

朝のお祈りの前の鐘(9時15分)がカンカン鳴ったら授業に行けばいいか。

と思って就寝。


昨日(月曜日)

うーんと思って起きると9時17分!!!!!

な、鳴らなかったよね。。。

と耳を済ませて5分後のお祈り開始鐘を待ちましたが
鳴る気配はなし。


現在のところ再開は来週の月曜日のようです。

というのも、
今週の金曜日が祝日(Good Friday、イースター前の金曜日)で
またすぐ休みになっちゃうから、
というよくわからない理由だかららしい。

学生運動の方もまだあちこちでやってますが
国連の決議も出てますんで
そのうち下火になるだろうとのことです。

ということで引き続きまして今週もお休みです。


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この間カレー作ってたときに
イトコちゃんと話をしました。

あんまりふたりで話をすることはないのですが
先日Aachi'sに行ったあたりからもっと話をするようになったんだよね。

私「今教会から帰ってきたばっかりじゃない?」

イトコちゃん「うんそう、Palm Sunday(イースター前の日曜日)だったから」

私「あそう…(Palm Sundayが何かよくわかっていない)」


イ「Palm Sundayって知ってる?」

私「(ドキリ)聞いたことはあるけど…」

イ「でもPalm Sundayは万国共通のはずよね」

私「う、うん、そうだよね汗」

とたわいもなくない話(彼女にとっては大切な話だと思う)をしていたら
いきなり

イ「ねぇ、ミワは幸せ?」

な、なんですと?

私「んー、まぁ、幸せだと思うけれど」

イ「なんかねぇ、ミワを見ていると思うの。
ミワは他の人のことぜーんぜん気にしないんじゃないかって」

えぇぇー そんなこと…ない、と思うけど苦笑

私そんなに他人に興味がない人だと思われてるのかしら。。。

まぁ、よくよく話を聞いてみると
彼女の言いたかったことは

彼女がデリーからこのど田舎に引っ越してきて
出会いがいろいろあったけれど
彼女が人に何か期待すると
必ずといっていいほど裏切られる。

そのたびにすっごくガッカリしているんだそう。

だけど私は人づきあいでガッカリしていない風、
に見えるんだって。

ふぅん。。。

そのあと玉ねぎを炒めながら
そうかなぁと思ってよくよく考えてみると。

もともと何年か前から
「人を信じすぎちゃダメだな」とか「人に頼っちゃダメだな」と
思うことが多くなったので、
初対面の人とか、まずでっかく壁を作って接していると思う。

今でこそ仲いい人でもそのレベルに達するまでには
かなり時間がかかるし。

インドに来てからは
ものごとが思い通りにいかないのは日常茶飯事なので
誰かに何か頼んできちんとやってもらえるなんて
ハナから期待していない。

イ「私たち、ひとりで生きていけないから
お互いに助け合っていかなくちゃいけないでしょう?」

私「あー、そこそこ。
私はひとりでも生きていけるんじゃん?と思っちゃうんだよね。
団体より個人の人だから笑」

イ「そうなんだぁ」

私「ここに来たばっかりのとき、クラスメイトも私よりずっと若いから
友だちなんかできなくてもいいと思ってたしね」

イ「ふぅん」

私「あんまり人に期待しないし」

イ「そうなの、私もそうならなくちゃ」

…


と話は続いたのだけど
正直、イトコちゃんは人を信じ続けていいと思う。

期待はずれでガッカリ、
だまされてガッカリ、
こんなのっていやだけど、
これも人生のうちだしね。


それに何度も書いてるけど
基本的人嫌い笑な私にもかかわらず
懐にズンズン入り込んでくる
仲良く一緒にすごせるようになりましたよ。

これが私の成長っぷり。かな