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2012年7月15日日曜日

13本のかんざし What Happened Happened

こんにちワン


昨日はやっぱりよく眠れなかった。いろいろなこと考えていたらなぜか自分の昔のこととかも思い出されて、それにうちの寮にはユーレイがいるなんてことまで考え出して、眠れず。

今朝は今朝で、外で車の音がするから飛び起きたら、ケララナンバーの車から男性が出てきて寮生と話をしている。もしかしたら彼女のお父さんなんじゃないだろうかと思って、部屋からこっそり見てました。

彼女に関する新情報は朝から何も聞いてません。昨日「どうなってるの」と聞かれたAが「ちょっとほっておいてよ!」と言ったらしいので、ちょっと事態が落ち着くまでいろいろ聞いて回るのもよろしくないかと思う。


さて。

昨日はおとなしく本でも読んでればいいものの、中国で超話題になった映画(日本未公開)を観てしまいました。落選したけど今年のオスカーの外国語映画候補だったようです。

その映画とは金陵十三釵。アメリカではThe Flowers of Warというタイトルで去年公開されたようです。


私のインドウェブログなんか読んでいただいている皆さんの中に「あぁ」とピンとくる中国映画好きの方がいるのかはわかりませんが。

金陵とは昔の南京の呼称。釵というのはかんざしのことで、かんざしに似た「さい」という琉球の武器の名前でもあるそうです。

これで「あぁ」と思う方はいるでしょう。

そう、この映画はいわゆる1937年の「南京事件」を題材にした映画です。


日本で未公開だし、これから公開されるかもわからないので、プロットを簡単に書きますね。

…と思ったけど簡単に書けそうにないので、公式サイトからいただきます:

ストーリーは南京の路地からはじまる。日本軍の侵攻の中、攻撃を避けるためにキリスト教の聖堂に逃げてきた、さまざまな事情を抱えた人びと。カトリックスクールで学ぶ女生徒たち。娼婦のグループ。そしてこの教会で亡くなった神父を埋葬するためにやってきたアメリカ人葬儀屋。葬儀屋ジョンは、この教会の神父のフリをして、日本軍から自分自信を守ろうとするが…。娼婦たちに対する偏見は女生徒との葛藤をうみだすが、日本軍に教会を包囲されつつも、次第にジョンと娼婦は子どもたちを守るために協力し合うことになる。

※葬儀屋というか、本当は死に化粧をする「おくりびと」みたいな感じかも。

教会を包囲した日本軍(戦闘員がいないので日本軍が教会を襲撃することはないと約束する)は中に生徒がいるのは知っているけれど、娼婦たちがいるのは知らない。そのうち、日本軍が南京を攻略したのを祝う「パーティー」に、コーラス隊として少女たちを招待したいと日本軍が申し出る。これはつまり、いわゆる慰安婦としてオンナノコたちを差し出せということ。すでに日本軍に強姦未遂されているオンナノコたちは「そんな苦痛に耐えられるかボケ」と投身自殺をしようとするが「私たちが代わりに行くから」と娼婦たちが申し出る。

オンナノコたちのひとり、シューのお父さんはシューを助けるために日本軍を助けるふりをして、南京にとどまっている。南京から脱出するための「許可証」を入手したお父さんはシューの命をジョンに預けることになる。でも事情を知らないシューは、お父さんが寝返った「売国奴」だと罵る。

そうして、娼婦たちが女生徒のふりをするためのメイクオーバー(ここでおくりびとの化粧テクが発揮される)と、オンナノコたちが教会を抜け出し南京を脱出する作戦が同時進行する。

てなとこですかね。。。


なんでもこの映画、中国映画史上いちばんお金を使ってるとかで、冒頭から中盤にかけての日本軍進攻のシーンは、Saving Private Ryanのノルマンディー上陸シーンの浜を全部ドッカーンみたいなスケールはないにしても、スナイパーの攻防など息をのむような時間が続きました。

女生徒たちの表情の撮り方、教会のステンドグラスの使い方、美しい娼婦たちの撮り方などすばらしいシネマトグラフィーだったし。

監督は張芸謀(チャン・イーモウ)、「Hero」なんかを撮っている人ですね。さすが金の使い方は知っているよう。

実は昨日観る前にVLCのアップデートをしていたので、その間に「日本では未公開だけど何かのつてで観た日本人の感想」をあちこちで読みました。なんでかって?そりゃぁ中国ではこの題材を取り扱った映画は賞賛されるだろうけど、日本の人がどう感じるのか先に知りたかったから。

大学のときに中国の外交政策について学んだときに、これもやめときゃいいのに「日本の教科書問題と中国側の反応についてレポート書きたいです」なんて言っちゃったもんだから、根掘り葉掘り文献を読んだのね。だからこの手の話題は今でも気になるのです。慰安婦の問題、日本軍による人体実験、残留爆弾などなど、日中もしくは日韓未解決の問題はたくさんあるじゃないですか。

結果、やっぱり賛否両論だったら日本の人は否、だろうね。原作を読んでいる方なんかは比較もしていてなるほどねと思ったけど。「アメリカではあんまりウケなかった」というアメリカでのレビューをやたらと引用している人も多かったかな。まぁ、日本では観られないんだから仕方ないけれど。私には未知の世界である2chも、のぞいてみると、右派の方と左派の方の攻防戦でした。南京での出来事自体なかったと言う人も多いようだし。。。

私はというと、実際の被害者の人数は何であれ、日本軍が残忍な行為をしたことは南京に限らずアジアのあちこちであった事実だと思っています。生き証人がいるのに「そんなことは絶対なかった」なんて言うのは間違ってるって思う。「クメール・ルージュは殺してない」って言うようなもんで。起こったことは起こった。だから日本政府は何らかの形で責任を取らないといけないと思ってますよ。どんな形かはわからないけれど。

人数は関係ないんです。人数が少なかったらEthnic cleansing(民族洗浄:ホロコーストの類)や集団強姦をしていいかと言ったら、そうじゃないでしょう。南京での犠牲者が20万じゃなくて2万だったからどうってことない、なんて言えないでしょう。慰安婦の問題についても、まだまだ政府は認めないようだけど、軍人が日本軍の方針として(これがホントが出まかせであるにしろ)女性に甚大な被害をもたらしたのがひと握りのケースだとしても、そう伝えられて連れていかれた女性は存在したのだから。

で、映画の話だけど。

最後まで日本軍の残忍っぷりばかり見せつけられるのかと思ったけれど、戦闘シーンと教会の静かなシーンとのメリハリがあった。なおかつ日本軍が最初教会の中に入ってきてしまってオンナノコたちが逃げまどうシーンはとても恐ろしいけれど、ひとりの日本人として、ひとりの女性として、私は観なくてはいけない箇所だと感じた。

これはいち日本人の私がわなわなと怒りを覚えるくらいなのだから、中国の皆さんにとってはとっても見るに耐えないシーンだと思う。実際、映画を観た中国人歌手が「日本人、くそったれ」と中国版ツイッターに書き込んだそうなので、その怒りいくばくか。ちなみに、「釣魚島に触れようとも思うなよ!」とも言ったそうですが、野田内閣は釣魚島(=尖閣諸島)国有化しようとしちゃってますよね。。。まぁ、これは別件です。

爆弾かかえて日本軍の集団に飛び込んでいくのとか、敵の手を逃れて集団自殺をしようとすることなんて、日本人もやっていたんですよね。他の国でもあったことなのだろうけど、映画で観たことはなかったから、史実はどうなのか知らないけど、勉強になった。

でもどなたかも書いていたように、中国人のスナイパーくんのからみがイマイチよくわからん。。。というようになんだか中途半端なキャラクターが何人も出てきたような気がする。

そのひとりが、我が日本が誇る大俳優渡部篤郎氏であります<3 高校生のときから大好きな渡部さんがこの映画に出ていることも全く知らなかったけれど。この映画では日本軍が教会に入らないように約束する長谷川大佐を演じていて、バットマンChristian Bale(ジョン)を食っていた。マジ。なのにーなのにー意味の分からない「ふるさと」演奏シーン。。。いや、渡部さんの歌声が聴けたのはありがたかったですよ。でもなんでここで?終盤とかじゃなくて?みたいな。

まぁでもこれで、この演技で注目されて、渡部さんが世界進出してくれるとありがたいもんだ。

中途半端ではないのだけど、主役のふたり(ジョンと娼婦リーダーのモー)が自分の過去を後半あっさり話してしまうところと、いい感じになってしまうというのもなんだかなぁと思った。けど、二人がくっつくかないとアメリカとかではウケないのかしらね。ジョンが数日で酔いどれからいい人に変身するのも、心境の変化をもうちょっと丁寧に描いてほしかった(目の前でオンナノコが一人亡くなったというのはキーだっただろうけど)。ちなみにモーを演じる倪妮(ニーニー)さんはべっぴんさんです。女学生に化けて最後連れて行かれるとき、ニッコリ笑うのがこの人にちと似てるかなと思った。

やっぱりこうムズカシイ問題を、原作と兼ね合わせながら2時間にまとめて映画にするのはとっっっっってもムズカシイんでしょうね。Hero作った人でも。




え?インドの話はって?笑


2012年5月21日月曜日

Short and Sweet Summer Break Day 9 - Do I Like India?

Big Templeの壁画。


こんばんワニ。




なんだかこの絵、好きです。たぶんストーリーのある絵なのですが上に表記してあったストーリーがはがれちゃってたのでそれも読めず、なんだかわからない。たぶん悪者。でも、なんか愛嬌のある顔です。でぶっちょ。


ケララの話のときに少し書いたけれど、私こういう壁画が好きかなぁと思う。


いつのものかもよくわからないけれど、こうやって鮮やかなカラーがしっかり残っていて。とてもステキ。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




さっき、在欧の高校時代からの友人MちゃんとFBチャットしました。


あちらは日曜なのに出勤中。私はダラダラ。申し訳ない。


(出勤中なのにチャットなわけ?というツッコミはMちゃんにしてください。)


最近Mちゃんがインドつながりの人たちと交流があって、という話になりました。


日本人って観光で世界のどこにでも行くというイメージが自分の中であるのだけど、インド人も人口多すぎてあふれちゃってるからなのか、やはりIT関係で活躍してるのか、それとも世界的に受け入れられるインド料理のせいなのか、世界のあちこちで仕事をしている気がする。


そこで私が言い放ったのは、私はインドが好きというわけではないということ。


って、前にも書いたと思うけれど。


縁があって今こうしてインドに来て勉強をしていますが、たとえば一生インドで暮らそうとか、インドの開発一本で生活していきたいと思っているわけではないのです。


(んじゃなんでインドなのよ?という理由はこのあたりで書いています)


インド料理は北も南も好きだし、ヒンドゥ教寺院とか、好きだけどさ。


だけど、「インドが好き!」とは断言しかねる。


私は、以前に一緒にお仕事をさせていただいていたFさん(そういえば今度ネパールへ引っ越すとのこと<3)の言っていた言葉(これも前にどこかで書いたな)をいつも心にとめています。それは、


インドはそれぞれの州が別々の国のよう


ということ。もともと言葉も文化も全く違う民族が英国によって寄せ集められてできた国がインドだから。結果、インドのメインストリームとは別の路線をいくパキスタンとバングラデッシュは「英国インド」としてひとまとめだったところから独立。たくさんの血が流れた。


今だって、東北部の人たちは東南アジア人にしか見えないし、北部に行けばパキスタンとの境はあやふやだし、北のアーリヤ系と南のドラヴィダ系も全く違う。宗教も世界○大宗教みたいなのは全部インドにあるし、マイナーな怪しげなものもたくさんある。そして共通語は、ぶっちゃけ、ないよね。


なのでこの「国」を好きって言うのは、たとえば「私東アジアって好きー!」って言ってるようなもので。中韓日を全部好き、ってことですね。似たような文化があるのは確かだけど、そうやってひとまとめにしちゃうってどうなのよ?と思うよね。


まぁ、そんなダイナミックで多文化で多様性に富んでいて、というところが好きな人は多いのかもしれないね。


で、Mちゃんと話していたのが


ひとつの国を「好きだ」と言うのは



(1) 表面しかみていない
(2) 友人ができるから、家族ができるから
(3) 偽善者ぶってる自分に酔ってるか(笑)



ということだと思うんですね。例えば私は、アメリカとインドは好きじゃないけど思い入れがたっくさんある。それは友人がたくさんいるから。だけどアメリカもインドも一部しか見ていない。だから国を好きだとは到底言えない。


Mちゃんも、日本だって一概に理解できないし、関東圏出身の私達には関西圏のわからないことがたくさんあるよねと言っていました。


私は大学で政治(国際関係学)を学んでいたせいか、どうしても国を見るときにその国の政治を評価してしまうクセがあり、それもあってインドを好きになれないのかもしれません。インドの政治、どう見ても「おかしくね?」みたいなことばかりだし。その点では日本も好きだと言えない。


インドでよくわからないのがPresidentという役職。Prime Ministerと違って名前だけのポジションって感じで、いろいろなところを飛び回って「インドのことよろしくね!」と言っているだけの気がする。海外訪問で昨年度は20億5000万ルピー(29億万円)も使ったという記事が出たくらいだし。よくわからん。


まぁ、話はそれたけど。


だからこちらの人に「インドで勉強するなんてインドが好きなのねぇ」とか言われちゃうと、「いやそんなことないです」とはバッサリ言えないので「人は好きだけどイヤなところもたくさんあるね」とオブラートに包んで言います。


なので、「ミワはインドで骨をうずめる覚悟だ」とか思っている読者の方がいらしたら、あなたは間違ってます。そんなこと、ないです。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




明日からSummer Programmeです。とても不安です。


うちの大学で研究をしていたMさんが通っていた村なので、たぶん訪問者にはヤサシイ村だと思うのですが、VPPとちがって食料・水を自分で調達ということなので、どうなることやらと思っています。スタッフが一緒に泊まってくれないから、何か(病気、ケガ、盗難)どうすればいいんだろうと思うし。


みんなで一緒に泊まらず、グループごと。そのグループのメンバーも、なんだか頼りない感じなんですよ。どうしたらいいのかしら。。。


ということで、数日更新がストップするかと思いますが、心配しないでー(しないって?笑)









2012年4月21日土曜日

またParcel届いた

こんばんワニ








最近(寮の屋上からの)空の写真ばっかでスミマセン。どれだけ外出してないかバレるね…。


本日定期テストCFAが終わり、あとは来週からのESE(期末テスト)で今学期が終了です。


なんか短かったなぁ(と言えるのは今になってのことだけどね)。あっという間に1年経っちゃうよね。


たまにここのポストにも載せるのですが、Facebookページにたまに写真をのせているのでmixiユーザーの方、よかったらのぞいでみてね:






昨日のお昼。寮母が呼んでいる。


「郵便局に荷物が届いてるからとりにいってね。大きいからオートで行った方がいいわよ」


おぉ。先日に引き続き荷物が。


ということで、昨日のテストが終わったあと郵便局へ。で、でかい。


送り主は母。


母と妹が苦労して積めたのがうかがえる内容。90パーセントおやつ<3


「これから期末テストで部屋にこもるから溶けないおやつがほしいな」


とリクエストしたのがババーンと届いた感じです。ありがたい★


しかしおやつよりも重要だったのが、これです。


どこでもベープ未来 200日セット
驚きの超・ロングラン !

に、にひゃくにち!ホント、未来のような話だわ。


こちらでもAll-Outという蚊取り・殺虫剤があるのですが、これはコンセント式。


つまり、停電が続く今のタミルナドゥには大変「つかえねー」代物であるわけです笑


電池式のベープ、今までもほしかったけれど、気温が上がり蚊がぞわぞわと出現する今日この頃、蚊取りなしでは大変、ということでガマンをあきらめて日本から送ってもらうことにしました。


最近は19時半から20時半がたいてい停電。その時間帯、1時間で何ヶ所も蚊にさされるんだよね。それに夜中寝てるときに停電するとAll-Outがアウトになるので笑、このときも便利。


また、うちの学科のオフィスはなぜか蚊の天国と化している。朝学科の入り口に立ってるだけで刺されるし、学科内に至ってはもう蚊が逃げも隠れもしませんと言わんばかりにそこら中をぷんぷん飛んでいるのね。


ということで、蚊の集中攻撃を食らっているマニプールの博士課程のAにもひとつベープをおすそわけしました。


なぜかこちらの蚊は「地元出身じゃない人」の血を好むようで、ガイコクジンはおろか他の州から来た人がよく狙われる。同じところにいても州外陣が集中して刺されたりするんだよね。なので学科でも大変な思いをしているハズ、と思ってたのよね。


やはり、Aはかなーりツラい思いをしていたようで、もうなんだか新しいジュエリーを買ってもらった乙女のようにうっとりしてベープを眺めていました。


ちなみにマニプールシスターズのお兄さんは現在日本の国立H大学で研究をしているので、200日終わったらカートリッジ送ってもらうよ!とウッキウキです。




■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




さて、先日の北朝鮮のミサイル発射に続き、インドもミサイルをぶっぱなし(やがり)ました。


次の日の新聞には「北京も射程圏内-中国政府は落ち着いた対応」なんて感じの記事がのってた。日本も射程内らしいね。


この研究がうまくいけば同様のミサイル技術を保持している「エリート組」(米中露仏)の仲間入りなんて軍関係者だか政治家だかは思っているらしいけど、大変残念なことです。


インドの人材を持ってすれば、世界の平和を推進するための技術なんていくらでも開発できるはずなのに。


と私がイラつくのも、このミサイルは核をのっけて飛ばすことができる(ようになる)から。


不拡散やりましょうよと日本と話をしている(と日外務省は言っている)一方でこんなことしちゃうんだもんね。


ただし、印中関係が微妙な感じになってるのを観察するのは、おもしろいです。


…と思ってしまうあたり、未だに脳みそは国際関係学の学生なのかも。


ちなみに北朝鮮は15ドルのテンプレートで作った公式ウェブサイトをラウンチしたようです。…と思ったら、2000年からすでにあったらしい笑 


アメリカがサダムを追っ払ったあとのイラクの暫定政府のメールアドレスがYahooのアドレスでなんかカワイソウと思ったことがあったけど、このサイトもURLが「ドットコム」…、まぁ、個人でやってるビジネスは北朝鮮にはないから、政府がコム(Company: 会社)であると言えば間違いはないのだけど…笑







2011年8月6日土曜日

THIS is RAGGING (3) Oops

こんばんワニ★


おととい、昨日の続き。


日曜日から1週間のVillage Placement Programme (VPP)に出かけるため、今日は朝からオリエンがありました(ちなみにこのスペリング、英国式にProgramMEなのでなんだか書きづらい笑)

チームワークが大事ということでグループ分け。

…もちろん2年生と一緒のグループ苦笑

引率する学科のスタッフP氏には昨日

「例の件に関しては私たちがサポートするから」

って言ってもらってたのですが

担当の教授Eがこの事情を知ってるのかわからん。2年生と一緒にグループ作っちゃうってことはたぶん知らないんだろうなぁー でもやりづらいなぁー 1週間かぁー 行きたくなくなってきちゃったなー…

とぼんやり考えてたら気落ち。。。早く部屋にモドリタイ。。。

てなわけで貴重なオリエンの時間をぼおっと過ごしたのでした。

そういえば↑の時間にみんなの名前をニックネームで覚えようってことで名前のイニシャルにかけたニックネームを言うってのがあったんだけど

「えーっと、じゃぁマンゴーミワで。」

とか言ってしまった…マンゴー食べられないのに。

マジェスティックミワとか、Maturedミワとか、もっといいニックネームはあったはず。


で、オリエンが終わって、午後村の下見に行くまでお昼休み。

その間にクラスメートに「なんか学科長に話したんでしょう」「何でそんなことしたの」「やりたくないならやらなかったらよかったでしょう」「忘れちゃいなよ」と言われ憤慨。

「じゃぁこの間のセレモニー楽しかったの?ムカついたでしょ?」

だってムカついてセレモニーを途中で抜け出した男の子なんだよ?なんで黙ってるのよ?(←ここでインドにはびこるinjusticeはこの「あきらめムード」が社会に蔓延しているからだとまで思った。論文書けちゃうね!!)

その直後教授に「この間どうしたの?なんで私に最初に言ってくれなかったの」とか言われ、苦笑い。

何がイヤかって、2年生はもちろん、私のクラスメートまであんなことがなかったかのようにグループで談笑し「akka(タミル語でお姉さん・年上の女性の呼称)」とか呼んでるんだもん。

ムカついてるのは私だけか!!!!????

あぁ、もう、メンドクサイ。

エライ人たちが何とかしてくれるまで、何事もなかったかのように2年生とつきあおう。

と決断。


そして午後。

雨が降り出して快適。んでもってオトナになって1週間はdiplomaticに2年生とつきあおうと決めたのでなんだかスッキリ。バスにゆられてウトウト。クラスメートと話してワイワイ。

滞在先の村の下見ってことで、泊まる場所(ふだんは保育園)を見て、村をぐるっと一周して、お店でおやつを買って、村の人たちに「日曜日に来ます」とあいさつ。

帰りには道のわきにぽつんとあるお店でティーをすすってリラックス。クラスのオンナノコに「お父さんに男の子たちと一緒の部屋に泊まるなんてゼッタイ言っちゃだめだよ~笑」と談笑。

よし、1週間クラスメートが一緒ならブチ切れずになんとかやれそう。

と思ったのだけど。

村で歩いてるときにクラスメートの男の子に「何で2年生のことキライなの」、んでもって大学に戻ったときに別の男の子に「raggingのことレポートしたの?何で?僕はセレモニーよかったと思うよ?」と言われ

「今話したくない。私たち、ものの考え方がちがうみたいね」

と、ムカムカ。


そして。

「じゃ、日曜日にね!」と解散する直前。

Oops.


「Raggingが起こったらしいので、VPPは延期します」

と学科スタッフから連絡入る。


待ってました!!!!!
(キターって書くのに抵抗があるのですが、気分はそんな感じ笑)


私のリベンジ第一段階はきちんと始動した模様です。

見てろよ、ガキども。マンゴーは怒ると怖いです<3


でも課題が浮上。

(1)男の子に話してもオンナノコに話しても、抗議レターを出すってところは「やりすぎだろ」と思っているみたい

(2)VPPを延期させるという厄介な状況になった(夏休みに延期されるかもーー!)

学科スタッフがサポートしてくれるということなので、信じるっきゃないかな。




昨日こんなカードが届きました。

私の住所は学科あてになっているので、受け取る前に学科の人たちがみんな目撃するわけ。

送り主は大学のInternational Relationsの先輩J。頭がよくて、猫が大好きで、やさしくて、キュートで、大好きな先輩。しばらく音信普通だったのだけどFacebookのおかげで最近また連絡をとりあうようになりました。

受け取ってかなりテンションがあがったのでニコニコしていたら学科長が不思議そうに見ているので「実はこれ大学のときのsenior(上級生・先輩)からです。あっ彼女はgood seniorですよ苦笑」と言っておきました。。。

2011年7月29日金曜日

子ども免疫

こんばんワニ



一応MBAの学生さんなので、International Relations(国際関係学)という全然関係のないことを大学で勉強していたにも関わらず、ムツカシイ経済の本なんか読んだりして、頭がヒーハーいってます。

で、一応一生懸命勉強しているのですがたまにジャマが入るのです。

これはお世話になってるCさんとこのPreethiが私の読んでる顕示選好理論(ってなんだかまだよくわかってない)のプリントの裏にのびのびと落書きをしてくれた証拠写真です。

私は言わずと知れた子ども嫌いです。妹ちゃんが小学校で働いてるなんて、信じられないね!って感じ。

でも去年こっちに来て、PreethiやAkshayaと3ヶ月過ごして、毎日「ミワーグッドモーニン」「ワッツユアネーム??」を近所の子どもから言われ続けていたわけなので、かなり免疫ができた!と思っています。

以前の私なら、自分の所有物に落書きされるとか、自分の蛍光ペンの先がひん曲がるくらいグリグリ落書きされるとか、ゼッタイムリだったから!笑 (ちなみにこのペンあとでAkshayaがくわえてたのでそのまま置いてきました)


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


そういえば、ATMカード取得した話補足。

口座を開設したときにATMカードは1週間で届くといわれたのですが、

「ゼッタイ1週間なんかじゃ来ない」と友だちが言うので

1週間半後に行ってみたら、

「1週間ってのは目安だよ。明日来るかもしれないし、明後日来るかもしれないし」

と銀行員。目安って笑

なので「だよねーインドだもんねー」と思ってとりに行くのもあきらめていたら、何日かたって携帯電話にSMSで「届きましたとりに来てください」って連絡があったのよね。

カードもらうだけなのに10分くらい待たされて、ちゃっちいカードもらってきました。

最初にATMで使わないとactivateされないそうなのでさっそく週末に使ってみようと思ったら…。

カードをさしてドアを開けるタイプなので、ひとりで中に入って使おうと思ったらスクリーンにタミル語で何か書いてあって、さっぱり作動せず。あれぇと思ってたら外からコンコンと窓をたたくおじさん。「日曜は使えないの?」と聞いたら、「プロブレム」だそうです。。。

寮からATMまで、歩いて15分くらいかかるんだよねー

でも、大学キャンパス内の銀行でおろそうと思うと、同じくらい時間かかるんだよねー

結論、歩いたほうが健康にいいかな?

でも銀行にいると教授とか知り合いとかが来て、思わぬおしゃべりの場になったりするので、それも楽しかったりするのです。←こういう時間の使い方ってインド式かも苦笑





2011年7月1日金曜日

Why the Heck India, Miwa??? (1) インドとの出会い

こんばんワニ。


今日やっとずーっと大学に頼んでいた書類が完成。私はインド政府から奨学金を受けているので、政府の機関に提出するものがこまこまあるのですが、大学側でもこんなめんどくせー書類書けないよみたいな感じで、相当時間がかかっていたのでした。

18日からお願いして本日完成。12日間…。

この書類に関してものちほどお話しますね。記憶が薄れないうちに。。。


さて、今日から、なんでまたインドなのよ?という疑問に答えるためのポストを書いていきたいと思います☆

自分でも、インドの大学院に通うなんてまだ実感がないんですけどね。


インドとの出会いは2004年秋。かな

そのころ私はサンフランシスコ州立大学で国際関係学科に所属していました。ゆくゆくは途上国の開発に関わりたいと考えていたので「第三世界の開発」という分野のクラスをとっていました。

その中でとったのが「南・東南アジア国際関係」というクラス。

今思えば、南アジアと東南アジアをまとめてひとつのクラスにすること自体おかしいんだけどさ。だって範囲が広すぎるし、歴史も文化もまるっきりちがうし。

私は大学に入って最初の年にインドネシアの子と一緒に住んでいたことや、ヴェトナム戦争に関する授業を受けたこと、そしてラオスについて(なぜか)英語のクラスでどっぷり学んだことがあって、このクラスの「東南アジア」の部分にひかれて受講したわけなんだが…。

来る日も来る日も、インド漬け。

第一ね、教授が、インド人。あの超!超!名門Yale Universityを出ている方なので、なんでまたうちの大学にいたんだろうと思ったりなんかもしたんだけど、ともかくインド、インド、インド。パキスタン。インド。インド。インド。パキスタン。

いや、重要なんですよ。インド。いわゆるBRICs(新興国ね)のひとつだし、人口世界で2番だし、アフガニスタンに近いし、中国との関係なんか国際関係論上とっても大切。

しかし、東南アジアの話はないんですか。

と、思ってたら学期の最後近くに2回くらいさらっと話があって、終わり。

なんだこれ…。


それが私のインドとの出会い。ぜーんぜん興味なかったのに、歴史から国際関係、そしてBollywood(ムンバイを中心とする映画産業ね)まで学んじゃったのです。

それでも、インドにはこれっぽっちも興味がなかった私。まぁ、インドとパキスタンの主要な歴代首相くらいは(その当時)暗記したけどね。


じゃぁ一体全体どうしてインドに?という話は、また明日。か明後日。


今日は書類のごちゃごちゃが終わったあと、近くの町(っていうか村?)Chinalapattiに行くという人がいたので、お店がみたーいと思ってついていきました。携帯電話のプリペイドチャージをするところやベーカリーを見て、購買欲がムンムン。気をつけなくちゃ。