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2012年4月29日日曜日

Birds x Evening カラスと一緒に帰りましょう



こんばんワニ。

母と話をしていて、

いつも鳥がピーピー鳴いてるねと言われ、

夕方はもっとすごいんだよー!

と言うことを伝えたくて撮ったビデオ。

充電がないので2秒笑

反省カラス

それと以前に書いた足元を一生懸命見ているカラスたち。

かわいい。

よく見ると後方右のカラスも下を見ている。

なんだろ。エサでも探してるのかな。

ちなみにタミル語でカラスはカーカと言います。覚えやすいね。


● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● 


昨日、期末テストESE1科目目終了後。

大学の入り口のお店で用があったので雲行き怪しい中出かける。

でも途中から晴れてきて暑い。。。と思いつつ歩く。

用事を済ませて帰り道。

大学の敷地を突っ切っている線路の踏切バーが下がっている。

しかしここでは徒歩なら渡ってよしという暗黙の了解があるので

いつも通り渡る。


ふと見ると、
見慣れた白い車が踏切から少し離れた木の下に停車して踏切が開くのを待っている。

マーケティングの教授だ。

カサさしてるし(日よけ)、見なかったことにしようかと思ったのだけど
シカトするのも何だし。

と思ってチラ見すると、

手招いている。。。

(窓は全開)

「こんにちは!」と白々しくあいさつをしてみる。


車の側に寄ると教授が、

「ちょっと提案なんだがね」


おっ。

次のテストはマーケティング(月曜日)。

何か勉強のコツ、もしくはテストのヤマ教えてくれちゃったりするの???


「夏の間にだね…」


ちっ。テストの話じゃないな。

まさか夏休み中に課題やれとか言うんじゃないでしょうね。

時間ないんだからさ。


「黒い服を着るととても暑いんだよ」


…ハイ?笑


この日の私の服装は黒Tシャツに黒パンツ。サンダルの鼻緒も黒笑


実はこの教授、黒が嫌いらしいんですよねー。


マニプールシスター(妹)によると、彼がシスターのクラスを教えていたときは
その日黒い服を着ているクラスメートの方を見なかったそうなんです。

不自然に違う方向見て1時間、という感じ。

だから教授の授業がある日はシスターは黒は絶対着なかったんだって。




教授は毎日上下白です笑

以前に書いたKhadiという綿のシャツに、
Khadiの巻きスカートDhoti(このあたりの男性の正装です)。

休みの日にChinnalapattiでタバコ吸ってるの見たけど、
そんときもKhadiルックだった。

他の服持ってないんだろうか。。。

ちなみにこのKhadi dhoti、スケます笑

たまに目を覆いたくなります。




ていうか、教授が黒キライでも、私は好きなんだよ。。。

カラフルな洋服が並んでいるラックでも、必ず黒いゾーンからチェックするしさ。

気がつくと、おんなじようなデザインの黒い服買ったりするしさ。

どうしたもんかねぇ。。。




まぁ、この会話は

「今朝は寒かったんですよ~」

で、ごまかしたけどね。。。



2012年4月11日水曜日

再び病院 Why This Kolaveri, Da?


こんばんワニ。






これ、映画が公開になる前に挿入歌(Why This Kolaveri Di)がタミルナドゥのみならず北インドでメガヒットになってしまった"3"のトレイラーです。いちずな男性が女性を追っかけ恋を実らせる…という話だと思う(観てないのでわからん)。


この"Why This Kolaveri Di"、英語とタミル語のちゃんぽんTanglish(Inglishとか、日本語英語みたいなもんですな)でだらだらー、クドクドーと男が女性と失恋について歌うというもので、タミル音楽界では"Soup song"と言われるジャンル。このメロディと歌詞がTanglishを知らない北インドの人にも受け入れられたようで、YouTube上でヒット。映画より有名になってしまったわけです。


これがその歌。






Kolaveriというのは英語ではrage(怒り)と訳されていることがありますが、私の感覚ではもーやんなっちゃう、大変、やだなぁ、といった物ごと。


Diというのは男性が女性に呼びかけるときに使う敬称です。女性が使うときはDaになる。


なのでおおざっぱに言うとタイトルは「ねぇ、なんでこんなことしたのさ」「どーしてこんなことになっちゃんたんだろう、ねぇ」みたいな感じかな。


最初に聴いたときはナニコレ、と思ったけど、なんとなく脳みそに残るメロディで、ハマります笑。


また、このKolaveriという言葉は歌の世界を飛び出して頻出単語になりました。


テスト勉強が大変だとWhy this kolaveri?
停電ばっかりだとWhy this kolaveri?
ご飯がおいしくないとWhy this kolaveri?


もう、毎日Kolaveriを嘆いています笑




そして、Why this kolaveri, da?な出来事が起こったのです。。。




月曜日の朝、最初のクラス。祝日明けでみんなにぎやかな感じ。いつも通りにクラスメートが教室にやってくる。


(私が髪を切ったのがショックだったような子もいたけれど)


1コマ目のクラス。私が大ッキライな教授なので、ふてくされて授業にのぞむ。この人たいてい時間終了3分前くらいに切り上げてくれる(のが唯一評価してあげてる)のだけど、この日に限ってなぜかウダウダと話が止まらない。


すると突然、


「Sir!」


との声が。


見るとクラスメートAが隣の子にもたれかかって、ぐったりしている。


前回のことが走馬灯のようにかけめぐる。


みんなで水をAの顔にかけ、「起きて!」というもAは白目をむいてぐったり。前回のようなキャラメルがなかったので甘いティーや砂糖を口に運ばせるも、反応なし。


急いで車が手配されるが、意識の戻ったAがものすごい勢いで嘔吐。


前回とはちょっと様子がちがう…けど、あの嘔吐の仕方は尋常じゃない。


ひと通り胃の中のものを出して、フラフラのAを病院へ連れて行く。


今回は同行しなかったのでAとおなじ部屋の子にどうしちゃったのと聞くと、


「昨日外で買ったチキンビリヤニ食べたのがあたったのかも」とのこと。


一瞬寮で出た朝ごはんが悪かったのかと思ったけど。寮のご飯がマズいからと言ってうかつに外で買ってくるのも危険なのね。。。。


前回ぶったおれたKとちがいAは点滴まで受けて午後寮に帰ってきたようです。


今朝Aが申し訳なさそーな感じでクラスにやってきて


「昨日はありがとう」


だって。私はなーんもできなかったので、逆に恐縮しちゃったよ。


でも、地元の子たちがバタバタ倒れる中で(ここには書いてないけど他にもいろいろあるんですよね)しつこく元気な私。ほめてあげたいわぁ笑




まぁ、そんなわけで、Why this kolaveri, da!?







2012年2月17日金曜日

Stressed out 大学の紹介

おはよウサギ。


うちの大学のコンピュータ関連の学位の紹介ビデオだけど、大学の歴史もちょっと話があるのでよろしかったらご覧くだサイ。

冒頭・最後の部分、違法まるだしです笑


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今学期になってかなりストレスを感じていることがあります。

Straightforwardに言うと、タミル語で講義をする人が多い。

以前にもぽつぽつ書いてますが、うちの大学はEnglish medium、つまり授業は英語で行われるということになってます。

なのに

「学生はたいてい農村出身だから」

とかいうイミフメイな理由でタミル語で話す教授、タミル語で補足する教授、っていうかもうタミル語オンリーの人、さまざま。

農村部の学生は英語話せないって前提なの?

農村部の学生にも質の高い学問を、というのがうちの大学の理念。
なら、学生が英語の能力を高めることができる絶好のチャンスを講師が踏みにじってどうするのさ?

大学生に関しては、それまでのカリキュラムがTamil mediumだった子たちも多いので、タミル語補足はしょうがないと思う。

でも、3年間はEnglish mediumで勉強してきた大学院生にまでタミル語で話をして、どーすんのよ?甘やかしちゃダメでしょ?

クラスメートはよく「コミュニケーション能力をつけたい」とかって言うんだけど、こういうのが続くと、タミル語のコミュニケーション能力アップでいいんかい!とか思っちゃう。


昨日のクラスにて。この教授はタミル語で40%話すので要注意人物。講義のあとに私のところに来て、

「内容わかる?わからなかったらいつでも質問に来なさい」

だって。

こういうのマジ頭にくる。アンタが英語で話してくれたら私がわざわざアンタのオフィス(徒歩10分)まで行って質問する必要ないでしょぅ!

だって、(おそらく自分も英語できちんと話せない)他の教授とちがって、この教授の英語が聞き取りにくいってことはないんだもん。

同じ教授が以前にも同じことを聞いてきたときには「英語の部分はわかりますけど、私タミル語はわかんないんで。」と言ったのに、なんとなく私の意図することが伝わってなかった気がする。

もし日本人だから英語もわかんないだろうとかって思われてたら一番ヤなんだよね。


これを思い返してムカムカしながら昨日の午後ゲストを招いての講義に出席。SEBI (Security and Exchange Board of Indiaインド証券取引委員会)っていうトコの講師が来て「学生向け投資セミナー」みたいなのをやったわけ。

つくづく、こんな田舎の大学によく来てくれたね!みたいなゲストをしょっちゅう呼んでくれて、ありがたいと思う。

だけど、タミル語で話されたら私は手も足も出ませんよ。

日本語で外来語がそのままカタカナで言われるように、こちらでも英語の単語はそのままタミル語の中に取り入れて使うことが多い。

だから、タミル語で話しててもトピックが何か、くらいは英単語でわかるわけ。(まぁ、パワポのスライドも英語だしね)

だけど投資がなんぞやって基本的なことがわかってないのに単語だけで話の内容を察することはできないでしょ。

講義の最初に私をチラリと見て、

「そこのガイコクジンには悪いけどちょっとタミル語で…」もごもご

みたいなことを言ったので、最初だけちょっとタミル語で補足するのかと思ったら、その後2時間タミル語。その間私を気にする様子もナシ。

2時間英語のスライドをメモる。でもさっぱりわからないので早く帰りたい…

で、最後。話が終わってから、

「そこの女性。わかりましたか?」

だってさ…

とっとと帰りたいという気持ちを抑えて

「わかりません。申し訳ないですけどタミル語わからないので」

と言ったら、

「そう?私英語で説明したでしょ?」

…

ビデオ撮って検証してください。


もう一件。今週からイキナリ開始されたコミュニケーションのクラス。通常のスケジュールに入れられないので、一日授業びっちりやったあと、5-6時で開催。これも私の中では「英語のコミュニケーションクラスだろう」と思ってたのだけど、

なぜかタミル語で英語の文法説明。

ハイ、行く気ゼロ。

来週から朝授業の前にやるって言ってるし(ムリ)。








2012年2月5日日曜日

Mommy Money バスの乗り方



こんばんワニ。


Nilakottaiにて久しぶりに予防接種。B型肝炎、90ルピーなり。日本で受けたら100倍くらいしそう。


先日息子が結婚したばかりのドクターは終始ニコニコしてました。


今日は日本から6ヶ月こちらに滞在していたMさんのお別れ会があり、NGOスタッフや関係者など20名ほどが集まりました。


私の大学にも日本と行ったり来たりで2年くらい滞在していたMさん。Nilakottaiでも多大な功績を残し、うんぬんかんぬん。


個人的には「日本人から見たインドの田舎」トークができなくなるのはさみしいです。


まぁでもMさんすぐ戻ってくると思うので笑


写真はバイクで田舎をかけぬける…のケツに乗ってるMさんです。




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先日、うちの大学で以前に勉強していたというケニアの方がいらして講義がありました。


そのときに、インド生活の中で「最初はわからなかったけどだんだんわかるようになった」ことがたくさんあるよと言っていて、ハッと思ったのね。


ここに半年以上いて、前にも滞在したことがあったから私にとっては「当たり前になってきたこと」ってたくさんあるけど(停電含め)、日本の感覚ではやっぱヘン、なんだよね。それもここで紹介したほうがいいよね。


で、今朝思い出したこと。


バスの乗車場所。


乗車場所っていうか、乗ったらどこに座るか・立つかって位置なんだけど。


このへんのバスに乗ると、たいてい女性は前寄り、男性は後部に乗ります。バスの乗り口は前部後部にあるので、前が女性、って感じ。


厳密なルールはないと思うし(車両によっては前よりの席が女性専用と明記してあることはある)、混んでたら男性も前側から乗るんだけどね。


んで、重要なのが男性と女性は基本的に隣り合って座らないということ。もちろん夫婦や親子、兄妹は男女並んで座るけど、知らない同士は隣り合って座らない。


これってつまり、「あのオジさんの隣空いてるけど、私は座れない」って可能性があるわけです。席がムダになっていることがたまにあります。激混みの場合は誰かが必ず座るからそんなことないけど。


けれどおもしろいのは、私のように明らかに地元の人間でない場合はこのルールが適用されないケースがあるということ。おっちゃんが隣に座ったり、友人から「あなたはいいのよ」みたいな感じで男性の隣に座るよう促されることもあります。不思議だ。。。


私は「こちらの変なルールには染まらない」と決めているものの、これは男性と女性に関する文化的な側面もあると思うので、以前のように「バスの一番うしろの席で男性の横に陣取って座る」みたいな行為はつつしむようになりました笑


ちなみに、私の知る限りこのへんではお年寄りや妊婦さんのための優先席ってのはありません。以前に日本のどっかの電車は優先席がなくって、でもそれが逆に「どの席も必要としてる人に譲る」という雰囲気を作り出したようで、ポジティブな結果になったと読んだことがあります。このへんでも、フツーに赤ちゃんと一緒の人とか、お年寄りにはみんな席を譲ります。でもおばあちゃんも足腰が強くて、席なんか譲ってもらわなくても平気、みたいな人多いけどね。


席の確保はまた別のトピックにします…←こっちのが重要かな笑



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今日のAkshayaとの会話。っていうかやりとり。


Akshayaがお風呂に入ってしまったお母さんを探して”Amma!”(タミル語でお母さん)


そのあとに私を見て”Akka"(お姉ちゃん)


Akshayaのお母さんPはタミル語とテルグ語を話すため、産まれたばかりのときはテルグ語ばかりで話しかけていましたが、タミル語もまじえて話しています。(Akshayaのお姉ちゃんのPreethiはすでにバイリンガル。)AmmaとAkkaはタミル語。


今のうちに英語も教えちゃうかと思って、話しかけてみる。


私「Amma」
A「Amma」


私「Mommy」
A「Maaney」(Money)


私「Moneyじゃないの…Amma」
A「Amma」


私「Mommy」
A「Maaney」


私「じゃぁ…Appa」(タミル語でお父さん)
A「Appa」


私「Daddy」
A「Aady」


私「Appa」
A「Appa」


私「Daddy」
A「Aady」



言葉って、ムズカシイ。









2012年1月4日水曜日

Back to Class 正月クラス

こんばんワニ

1月2日から授業に出るなんて今でも信じられませんが、行ってきました。

思ったより出席率もよく、「クラスが成り立たないくらい休みが多い」のを期待していたのでちょっぴり残念です笑

今日(1月3日)なんか全員出席だよ。普段だってそんなことないのに。

もしかしたらNew Year Resolution(新年の抱負)の一環で「今年はクラスサボらない」とか考えてる子が多いのかな。。。

昨日MBAのオフィスから新年のカードをもらったのだけど、わざわざひとりひとりの名前をタイプしてくれたわりには私の名前が間違ってて、びみょーな気持ちでした。

「MIVA」って。

タミル語って「W」と「V」が同じ文字なんだよね。たぶん発音の違いもあんまり意識しないんだと思う。よく私の名前MIVAだと思われるもん。

大学のとき香港の子がやっぱりWとVを区別できなくて、どーしても「ワニラアイスクリーム」(ヴァニラ)になっちゃうって言ってたけど、同じ現象?笑

あと、タミル語は「K」と「G」も同じ文字。「T」と「D」も同じ文字。


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以前に書いた巡礼の人たちのカッコ。Ernakulamにて撮影。これはAyyappan組かな。


黒い服は着てるんだけど、ハーフパンツだったりして、都市部のなんちゃって巡礼者かも笑

ケララ旅行からの帰り道、マドゥライからの高速道路(っていうかだだっぴろい道なだけだけど)をたくさんのPalani巡礼者(Muruganオレンジ組)が歩いているのを見ました。ちっちゃなバッグだけ持って歩いてる人も。

どんな気持ちで行くんだろう。想像つきません。



2011年12月18日日曜日

1/2 1 year more to go 東海村


こんばんワニ

と、いうことで渡印6ヶ月を迎えました。早かった、かな?

去年Nilakottaiにいたのは3ヶ月だったのでもうその滞在期間の2倍住んでることになる。
でもお恥ずかしながらまだぜーんぜんタミル語を勉強してません汗

勉強で忙しいからは口実にしちゃダメだね。

ということでここにて宣言。

今学期はタミル語もしっかり勉強します。

…とクラスメートにも昨日言ったので、ちゃんとやらなくちゃ…。


○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ●


昨日の夜他の子の部屋で3時までずーっと話をしてました。

フシギな話もいろいろ聞いた。

地元では、祈祷師のような人たちがいて、いわゆる西洋医療では治せない症状に対処してるんだって。

そういうところに行くと、「はっ?それ、合法?」みたいな薬も購入できるそう。

「これ、1万ルピー」というその「薬」も見せてもらいました。

真っ黒のかたまりにしか見えなかったけど。

症状もいろいろ。

「信じたら自分も影響を受ける」とゆーちょっとコワい話なので、文章にするのはひかえます笑
科学では説明できないことがあるのはどこの国でもそうだよね。

でもインドって多民族国家だし、いろーんな文化があるからそういう話も多い気がする。


○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ●


で、今日は朝起きられるわけもなく笑、昼ごろ起きてパソコン開く→停電。

ちょっとだけと思って昼寝。すーぐに夕方。

今日は、10月末からやらなくちゃと思ってpending(あとまわし笑)になっていることをやりました。


NilakottaiのNGOのつながりで知り合ったうちの大学のとある教授。

紹介されたときに「今大学生に環境問題のクラスを教えているから今度原発の話をしてくれないか」とイキナリ依頼されたのね。

「ちと今忙しいのでテスト終わったら…」と言ったのはおそらく最初の期末テスト(9月)。

で、「電話するから今度私のオフィスに来なさい」と言われたので電話番号を渡したんだけど、それ以来一向に電話が来ない!

忘れちゃったのかどうでもよかったのかわかんないけど、その教授のオフィスの前は毎日通るのでなんか気が引けるじゃない?

ってことで、何週間も待って笑、よーやく教授のオフィスに行ったら、出張中。

何度も行ったけど、出張中かどっかで誰かとくっちゃべってるらしく不在。


てなわけで、10月末まで会えず。

やっと会えたと思ったら、たぶん話した内容どころか私のことまで忘れてる雰囲気。。。

「何の用事ですか?」だってさ。。。

まぁ、最初から説明して、「まだやる気あります?」って聞いたら(このときすでに私のやる気はマイナス)

「いつできる?」

だって。。。
もちろん日本人として原爆とか基本的な福島原発の事故については知っているつもりだけれど、大学生相手にプレゼンするんだったらきちんとリサーチしたいじゃない?だから

「次のテストもあるし、VPPもあるし、今学期はむずかしいと思うんですけど」

「いつでもいいから!」

なんじゃそりゃ。


…私の予想通りそのあと怒涛の忙しい日々が続き、期末テストが終わって気持ちの整理もついて、やっと今週からこつこつ再開したとこなのよね。アウトラインとだいたいのリサーチはできてたので、今日ようやくPPT作りまでこぎつけた。

でもPPT作ってると、「そういえばこれはどういう意味だっけ」「自分ではわかってるけどこれは予備知識ない人はわかんないかも」とか、出てくるじゃない?

質問されたら答えられるようにしなくちゃいけないし。

それで「そういえば東海村の事故って何だったっけ」にこぎついたんですよね。

お恥ずかしい話、茨城県出身のくせに東海村の事故のこと、全然知らなかった。1999年の9月。自分は何してただろう。

原爆の話は学校でも勉強した。広島、長崎。それに福竜丸も。

でも東海村の事故については、勉強した記憶さえない。どんな事故で何が起こったのか自分で調べた記憶もない。

チェルノブイリの事故のときはまだちーっちゃかったから覚えてるはずないのに、「日本にも影響があるかも」と感じたことを覚えてる。

なのにすぐ近くの東海村のこと、全然知らない。

何年もあとの今になってネットに頼るリサーチだったけど、結論、収束が早かったからあのころの自分は気にしなかったのかなと思う。それでいろんな文章を読んで、今の福島原発のように、事故現場に入って、事態収束のために作業をした人たちがいたことを知った。

「ずさん」「無責任」と事故を起こした会社JCOに非難の声があびせられた。今東京電力や政府に言ってるのと同じこと。

そして被ばくした作業員の闘病、医師の葛藤、その他もろもろも読みました。事故被ばく者のケースがはじめてだったから、データとりのために延命治療が続けられたと主張する人もネット上にはいっぱいいるみたい。

私は医師も必死だったと思う。人体実験なんて言うべきじゃない。

事故は会社の責任、作業員の責任。でも作業員の方が大変な苦痛ののちに亡くなったのはホントのこと。Whatever he may have done, he does not deserve such "end" as a human being.(カダフィのときと同じキモチ)

こちらに来て何かと「日本はヒロシマとナガサキの大変な被害にあったのに急成長した」と賞賛をいただくことがよくあります。

そして「ツナミはどうなの、原発は大丈夫?」と聞かれることもよくあります。

ヒロシマとナガサキがあったのに原発に頼って生きてきた私たち。

地震のあとずっと、私は政府も東電も非難しないと決めて過ごしてきました。だって電気を使ってたのは私たちだから。

政府も東電も責任があるのは当然。でも「安全」を信じてきたのも私たち。


福島の件があって、タミルナドゥの原発でも反対運動が秋からずっと起こっています。地元の人がずーっとハンストしてる。

タミルナドゥ出身で元大統領のAbdul Kalamが新聞2ページ使って「原発は安全」「原発は環境にやさしい」なんて投稿して、政府も躍起になってるのかな。

私は日本で電気を使って快適な生活をずぅっとしてきたから、原発反対とは簡単には口に出せない。

だけど、「ちょっと、考え直してくれない?安全基準、見直してくれない?」と思うのです。世界中の政府に、世界中の人たちに、言いたい。


もやもやした気持ちでリサーチをしていたら、福島原発「事故」が収束したと知りました。

本当?ホントに、ホント?

まずは政府には「ウソつき」といわれるような言動はひかえていただきたい。

それと、「京都も期限切れになるし、COP17も終わったし、再生可能エナジー、みんなでちゃんとやりましょうよ。」と、言いたい。

We've had enough.


2011年7月26日火曜日

A Long Way to India (10) Rushing to the Departure Gate

こんばんワニ。

ながったらしく書いてきたインドに来るまでの過程をさらっと終わらせたいと思います。

2011年5月24日インド大使館から連絡が入り、奨学金に受かったと連絡が入る。同時に、大学から出願書を受け取ったこととインド人学生には入学試験があるむね連絡が入る。私は免除。(注:他の大学は留学生に試験を課してるところもあります)

ヴィサ取得のため大学からのAdmission Letter(入学受け入れレター)到着を待つ。待つ。待つ。

5月28日お世話になったNGOの25周年記念式典で皆さんにインドに行くことを伝える。

5月31日バイト終了。

タミル語の勉強なんか始めちゃってみる。

6月5日チャリティーカレー(略してチャリカレ)を新宿にて開催。友人そしてお世話になった皆さんから44,620円のご寄付をいただき中央共同募金→東北へ寄付。これが東北の皆さんに対して私にできるせめてもの活動でした。

6月10日朝インドヴィサセンターにて学生ヴィサ申請。地震の影響でいつもより発行に時間がかかるとのことで、あせるあせる。ちなみにICCR奨学生はVisa Feeがかからないので、Service Charge(200円)とJapan Overseas Corporation:JOC Fee(735円)の計935円で済みました。(注:これも変わる可能性ありますね)→NGOでお世話になったFさんとTさんにごあいさつ→高校の友だちに会う

6月12日妹の彼ちゃんが六花亭のバターサンドを持ってあいさつに来る<3

6月13日親友sに会う。甘酸っぱい恋心をうらやましく思う。

6月14日夕方ヴィサ取得。書類の不備があると…とやきもきしていたので、ホっとする(ここには書けない事情も多々ありました苦笑)

6月15日妹がbling blingを取得<3

6月16日いつものように成田空港で母と白玉クリームあんみつを食べて出発→荷物が重すぎると5kgその場で減量させられる→セキュリティに入る前にKindleと電子辞書をぶっこわす。


長かったような、短かったような。