ラベル Hostel の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Hostel の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年7月4日木曜日

終わりの始まり (4) 2 years

こんばんワニ。


ものすごくどうでもいい話ですが最近くっつけたGoogleのTranslate(画面右側にあるはず→)でこのウェブログを英訳するとこんばんワニが"Crocodile tonight"になります。ハイ、どうでもいいですね。

まぁ、いろいろ昨日もありましたが今日レポートを提出して修士課程が一応終わりましたことをここにご報告します。

つか。

学科長がE教授にヒミツでレポートを別途提出しろというので今日もわざわざ行ったわけです。で、いつもは大学近辺で印刷の類はするのだけど(プリンタ持ってないからいつも外で印刷してました)、今日はNilakottaiでやったわけ。ChinnalapattiエリアにはBrowsing Centres(ネットカフェのカフェなしのようなところ。つまるところネットができてコピーなどもやってくれるところ)の連合のようなものがありどこへ行っても一律の値段で印刷ができるのだけど、Nilakottaiにはそういった仕組みがないのかそれともどこの店でもそうなのか、Chinnalapattiでは1ページあたり1ルピーが相場なのに今日は5ルピーもとられました。この間100ルピーちょっとだったレポートが500ルピー近くになってしまい半泣きになる。でも仕方ない。

と思って提出しに行ったのに、学科長が「E教授に提出したレポートも入手した」と言う。つまりもう1冊は無駄。大学まで行ったのも無駄足・・・。

でも最後にまたマニプリの子たちにあいさつをしたかったのであんまりおいしくないケーキとイトコちゃんが好きだというMaggiを手土産に部屋に行く。二人に買っていったものなのに、結局私にも振舞われる。3時にインスタントヌードルとケーキ食ってる女子って一体。。。

イトコちゃんに会ったのは1年前。デリーからイトコが来るとシスターズにいわれ、超都会からやってくる子がどうやってこのド田舎大学で生き残るのかと思っていたけれど、私なんかより数段ここでの生活をエンジョイしてるように…見える。というか、ちょっと都会から来るから高飛車な子なのかと勝手に想像していたのに、ものすごくdown to earthな子で、いつもテキパキと動き回っていて、いい子だなぁとしみじみ思ったものです。

実家に帰っているマニプリ妹ちゃんとも電話で話し、あ~最後にもういっぺん会いたかったねぇとしみじみ。

思えば2年前に大学にやってきたとき、当時の学科長(B教授)に紹介され、私のクソ重い荷物を運ぶのを手伝って寮に連れてきてくれたのは彼女でした。あの日医者が憎くてベソをかいている私を病院に連れて行ってくれたのも彼女。最後にきちんと会ってお礼を言えなかったのは心残りかな。

そしてお姉ちゃん。今日もうだうだと3時間くらい話をしました。同じ学科の妹ちゃんよりお姉ちゃんと仲良くなったのは彼女の方が私に年が近いせいか、同じように遠距離恋愛をしていたせいか、それともうちの大学への不満が同じくらい高かったせいか笑、わかりません。一緒に行ったKerala旅行は短かったけど楽しかったなぁ。私が具合悪いときも、悪くないときも、いつも気にかけてもらって、彼女の薬箱にはしょっちゅうお世話になったし、グチで過ごした時間は何日分にもなると思う笑。次にインドに来るのはお姉ちゃんの結婚式だろうなと思うくらい、大切な友だちです。

明日最終日もまた私が来ると思っていたらしいイトコちゃんに「さみしくなるよ~」と言われつつ、寮をあとにしました。

ぼけとる。

ぼけとらん。

バイバイ

今日記を書いていてふと気がついたこと。

2年前大学に来たのは6月の後半ですが、学期がはじまったのが7月4日の月曜日でした。で、修士課程が終了したのが本日7月3日。

ちょうど2年間だったわけです。

妹ちゃんが「2年なんてあっという間だよ」と言っていたのが信じられなかった。それが本当に2年前になってしまいました。




2013年7月2日火曜日

終わりの始まり (2) What Do You Mean by MONDAY???

こんばんワニ。


今日ものすごくストレスを感じていて、そのせいかお腹もズキズキしているので簡潔に書きます。

やっぱり、今日Vivaはやってもらえなかった。それどころか、今日までアレンジに手をつけていなかったようすだった。

結論から言うと、思い出したくもない論文のときのような状況になっている。

E教授は私に選択肢を与えない。学科長は「大丈夫」と言っている。関わりたくないB教授は「きっと木曜までにはやってもらえるはずだから」と根拠のないassuranceをくれる。

約束の10時になっても誰も学科に来ていないので(金曜日に来なかった子だけ)E教授に電話。待っていろと言われる。

誰も来ないのでクラスメイトSに電話すると「この間Vivaを早くやってほしいとレターを書いたのはミワだけだったから今日はミワしかVivaをやらないとE教授が言ったの。だから誰も来ないわよ」と。他の人は全員来週月曜日にやるのだと。

しばらくしてE教授がやってくる。7月8日に来いと言われる。Controller of Examination (テスト関連の職務を行う部署のトップ。今ケガして入院中だか静養中だかのRegistrarのポジションも兼任している)が言うには外部から人をよんでVivaをするわけなので謝礼や交通費がかかる。私のために2度学科で外部者を呼ぶにはそれなりの理由が必要だと。私はもうすでに電車もフライトもホテルも予約していて、返金できないものも多いので、だから出発日は変えられないと言う。E教授はそれは全うな理由にならないと言う。じゃぁなんならいいんですかと聞くと出発日にヴィサが切れるとかそういう理由ならと言い出す。

ヴィサのごたごたが片づいたとき、学科長が「これで延長はしたけれど、結局は学生ヴィサなので修士課程終了後は速やかに大学を出るように」と言うので「とっとと出ていきます」といった内容のレターも書かされた。だからP先生が言ったようにインターン終了後「数日」で全部ものごとが片づいてこの大学とおさらばできると思っていた。P先生に7月4日に出ることは先週火曜日に伝えてあるので。それがE教授に伝わるものだと思っていた。

私のこの「思っていた」が間違いだとわかったのが今日。もともとうちの学部内部のコミュニケーションがお粗末なのはわかっていたけれど。

最初はニヤニヤしながら私の話を聞いていたE教授だけど、私が「じゃぁなぜ金曜日に無理なら無理だと言ってくれなかったのか」と問い詰めるとキレたのか「自分の手に負えることじゃないから学科長と話せ」と、とっととオフィスを出て行く。

呆然とその場に立ち尽くして、2分くらい座って考えて、何でまた、最後の最後まで、と思う。

学科長が電話に出ないのでControllerに直談判に行く。RegistrarのオフィスにいたControllerはE教授が今来たばっかりと言っていたけれど、私の事情はさっぱり伝わっておらず、あたかも私がわがままで日にちを変えてほしいとでも思っているようだった。なので全部説明する。私が「思っていた」で全部今後のスケジュールを立ててしまった非は認めるし、ルールを曲げてどうにかしてくれとは思ってないけれど、この時点でじゃぁ月曜日に来ますとは言えない。父との予定も話した上で、どうしたらよいか訪ねると、とりあえず学科長と話をして何ができるか考えると、ポジティブな返答をもらう。Controller自身E教授が来たあとに学科長に電話したけれどつながらなかったと。

そこで学科長にしつこく電話をかけまくる。あとでB教授と話したときに学科長は会議に出席していると聞いたけれど、しつこく電話する。13時とかになって学科長から電話あり。E教授がこうこう言っているけれど、金曜にも説明した通り4日に出発しなければいけないと言うと「E教授は何と言ったんだ」と確認してくる。「他の生徒と一緒に月曜にVivaを受けろと言われました」と伝えると「大丈夫、明日学科にきなさい、明日Vivaやってあげるから」と言う学科長。あなたの「大丈夫」ほど信じられないものはありません。

でもとりあえず学科長がこう言ったので、どうせまたE教授が説き伏せるのだろうけどお先真っ暗ではない気がする。でも今日中にControllerにもう一度会って学科長がこう言っていると伝えたかったのでControllerのオフィスへ。学科長は明日やってくれると言っていますがと伝える。

そのあと学科に戻りP先生と話をしているとE教授がやってくる。以下のようなことを言われる:朝の9時半から16時までいろいろな人に会ってなんとか君のVivaを早くやってもらえるようにお願いしたけれど、全員「全うな理由を言え」と言っている。それで誰かひとりでも推薦状を書いてくれるのならVivaのアレンジは私がしよう。と。

たったキャンパス内の4人と話をするために7時間かかるわけない。いちいち、「上の許可がおりるなら私が謝礼を払ってもかまわない」「許可が出るなら君がいる場所に私と外部評価者が出向いていってVivaをすることもできる」とバカじゃねーのとしか思えないことをぶつくさ言っている。立場を変えるP先生はさっきまで「外部評価のことはE教授も気がついていなかったし、早めにアレンジしているようすもなかった」「きちんとインターンシップの予定を立てていなかった」と文句を言っていたのに、E教授の横で「E教授は君のことを助けようとしているんだから」とうなずいている。一体何なんだ。

ともかく、明日また大学に行くことになった。今日が本当の最終日だと思って昨日はひと晩だけ寮に泊めてもらい、マニプリお姉ちゃんと楽しくLife of Pi(この映画すげぇ)なんて観てたのに。


ちなみに、E教授がインターン中に私たちを訪問したのですが、他のグループの受け入れ先には行ったようすがなかったので「なんでうちだけ」とムカついていた。で、何でですかねとP先生に聞いたら、うちに来たあとあともうひとつ訪問はした。だけどそのあとE教授事故ったから他のところには行けなかった、とのこと。

人としてサイアクな考え方だけれど、これはKarmaだとうれしく思う。心から。




2013年6月29日土曜日

終わりの始まり (1) MONDAY???

こんにちワン。


先日のポストでインターンシップのレポートを提出したら修士課程が終了と書いたのだけど。

現実はそう甘くなかった。

っていうか、予想したくないけどこれも予想してた。

なんたってインターンシップの担当があのE教授だからね!そう簡単にはいかないよね!


ということで、昨日大学に行ってきました。

予定では午前中にレポート提出して、Viva Voce(口答試験)をささっと終わらせて、寮にいるマニプーリお姉ちゃんを訪ねて1ヶ月何があったか洗いざらい話そうと思ってたんだけど。

9時半に集合と言われていたけれど、大学の入り口でレポート印刷してたら時間がやたらかかり10時半くらいにやっと学科に到着。

スタッフが入り口に集まってるので何かと思ったら、学科長のいるKVKにみんな行っていると言われる。携帯電話チェック。誰かが私に連絡をくれた形跡なし(ムカ)。

KVKに到着すると地元西ベンガルでインターンシップをしていたN以外はみんなそろっている。KaraikudiのDも来ていました。

もうVivaがはじまってるのかと思ったらそうでもないようす。Karaikudiで会っていないクラスメイトと1ヶ月間の苦労を分かち合う。。。

しばらくして学科長のオフィスからB教授E教授と次々に出てくる。

ちと話が戻りますが。

インターンシップ終了日1日前に、私は学科に電話をしてP先生にいつレポートを提出するのか聞きました。先生は7月8日と言ったのですが、私は6日にタミルナドゥを出てしまうんですよね。なのでどうしたらいいんでしょうと聞くと、では28日(金曜日)に来なさい、特例だからと。だから金曜日に来るのは私だけの予定だったんです。

なのに27日になって連絡が来て、全員金曜日に来いと言われました。

んで、金曜日のKVK。

E教授が出てきて、レポートの提出は○○日(タミル語だったのでわからん)なので今日はもう帰ってよい、今日提出できる人やVivaを早めに受けたい人はレターを書いて事情を説明しろとのこと。

はぁ、めんどくせー!!!

私は今後一切大学に足を踏み入れるつもりはなかったので「P先生に電話したとき私の事情を話して今日Vivaやってもらえるということだったはずですが」と言うと

E「P先生がインターンシップの担当なのか?君は私の電話番号を持っているし、私は君の番号を持っている。なぜ担当(の私)に聞かないんだ」

と言い放って出て行く。

はぁ?同じ学科のスタッフなんだから、P先生の指示通りに行動するの何がいけないのよ?

でも「P先生が言ったんです」が通用しないのはわかってる。こういうときP先生はしらばっくれるから。

あーめんどくせーと思いつつ、学科長に事情を説明するレターを書く。P先生にレポートと一緒に渡すと、先生はそれを持って学科長のオフィスに入っていく。

ちょっとして先生が出てきて「3時にまた学科にきなさい」とのこと。Vivaをやってくれるものだと思う。

このあと寮に行ってお姉ちゃんとうだうだ話す。ランチをごちそうになる。

15時前学科に戻る。クラスメイトも何人かは残っているようす。E教授がオフィスにいるので「あの~」と話しかける。

E「なぜ君は学科長あてのレターを私のデスクに放置しておくんだ」

見ると、私のレポートとレターがデスクに置いてある。

「P先生に渡したんですけど」と言うけれど案の定通用しない。

E「私あてのレターを書きなさい」

…自分でコピーすれば?ハゲ!!!!

イライラをおさせつつレターを書く。

そのうちE教授は午後のティーのために学科を去る(この人ゼッタイこれを欠かさない。ティーショップの人とデキてるんじゃないかとさえ思う)。で、そのうち学科長が来る。

学科長に直接話をしてE教授あてのレターに承認のサインをもらう。つまりこれって学科長も「私が今日Vivaを受けるべき」だと承認するということなのだけど、そのあとE教授がやってきてしばらく学科長と話をすると、やっぱり事情が変わる。

E「Vivaのための外部評価の人を急いで探すので月曜の10時に来なさい。レポートは急いで読むから」

なんだよそれ、ハゲ!まだ探してなかったのかよ???

担当とかホザいてるけど、何もやってねーじゃねーか!

第一、インターンシップの外部評価なんてホントにあったのかよ(他の学科はやってないはず)。うちの学科だって去年なんかViva自体なかったじゃん(いっこ上談)!!!

超うぜー!!!!!

と、言うことで今日レポート出さなかった人には完全ムダ足の一日となりました。

私もNilakottaiから行くと時間かかるから、月曜にまた行くなんてイヤなんですけど。つか月曜って7月じゃん。次の学年だよ?

もうマジ、うちの学科どうかしてる。

このあとまた寮に行ってお姉ちゃんに不満をたらたらこぼしたのは言うまでもありません。

夜ご飯までごちそうになり、あわててNilakottaiに帰ってきましたとさ。




2013年5月27日月曜日

2 Backpacks and a Small Trolley

おはよウナギ。


あと小1時間ほどで
寮を出ます。

バックパッカーみたいに前後にバックパック
あと、小さいキャリーバッグころころしつつ
4時間かけてインターンシップ先へ。

1ヵ月後インターンシップが終わったときに
また大学には戻ってくるのだけど
部屋を無駄にキープしていてもあまり意味がないので
今日完全に出ていきます。

くだらないルールばかりで
本当に気が滅入ることもあったけれど
いい友だちに出会うことができて
自分の部屋と呼べる場所ができて
よかったなぁと今では思います。

Working Women's Hostel
と言われる
本来は働いている女性たちのための寮。

でも普通の寮になじめない
他の州からの学生はここにやってきます。

だから、
「ありえないここ(タミルナドゥ田舎)の事情」
について文句をたらたら言って一緒にストレスを発散する、
そんな場所でもあった気がする。


さようなら、私の部屋。

たくさんのイモリ(ヤモリ)さんともさようなら。


さぁ、行くぞ、インターンシップ。

MBA課程ラストスパート。




2013年5月26日日曜日

結婚してくださいの人と僕じゃだめですかの人 Palm Fruits

こんばんワニ。


どん

エキゾチックなインドの果物を食べる機会ももう少なくなってきたと思うので
あ~あれ、食べたいなぁと思ったものは
今のうちに食べよう、という魂胆。

まぁ、果物だけじゃないんだけど。

ということで今日はPalm Fruitsを買ってきました。

Palmってのはヤシです。

私さぁ、
ココナッツっていうのはヤシの木にはえるものだ
と思っていたから、
最初Palmのフルーツっていわれたときに
それココナッツじゃんって思ったんだよね。

で、もらってみたら全然違う代物だったわけで。

ココナッツがヤシの木にはえるってのは間違いじゃないんだけど、
ヤシにはココナッツの他にもたくさん種類があるんだって。

っていうのはPalm fruitsを食べてからわかったんです。

今ググったらPalm fruitsは正式にはPalmyra fruitというようです。
この果物をつける木のラテン名はBrassus flabellifer(たぶん)。
(ココナッツはCocos nucifera。)

で、これね。

この白っぽい果物がヤシの木にぶらさがっているわけではなくて、
「ヤシの実」の中に入っているわけなのね。

なんか古臭い写真だけど参考はこちら

この黒っぽいヤシの実の表皮をなたでちょっと切っていくと
中のやわらかいしろっぽいところに3つばかりのこの果物が隠れています。
これをなたでていねいにはがしていくわけですね。

果物3つ、つまり実ひとつぶんで10ルピーなり。

これはココナッツジュースやスイカ同様、
夏の時期に体温を下げると信じられているもののひとつで、
このシーズンよくそのへんでおっちゃんがなたを片手に売っています。

あっ、こっちのページの写真の方がわかりやすいかも。

この白い皮をていねいにはがして、
中の半透明の部分だけいただきます。
見た目どおり、ゼリーのような食感で、
中にちょっと果汁が入っています。

そんなに甘くないし、皮食べちゃうとものすごくマズいんだけど、
なんかクセになります。

ちなみに今日、
3つだけくださいと言ったあと
袋におっちゃんがつめている間にお財布から10ルピーを出しました。

顔を上げるとおっちゃんが最後のひとつを袋に入れているところで、
それがものすっごく小さいやつだったので
代えてもらおうかと思ったけど、
まぁいっかと帰る。

あとで袋の中を見たら
4個入ってました。

小さいのはおまけだったのね…

代えてくださいなんて言わなくてよかった苦笑


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


今日は半日ダラダラして、
半日部屋の中のものをゴミに出して
夕方、Chinnalapattiまでお散歩にいきました
(そのときにPalm fruitsを買ってきた)。

私はもう早くテストが終わってインターンを待つのみですが
夏休み中に特にプログラムがない寮生は
期末テスト最終日にたいてい寮を出ます。

そんな感じなのでここんとこ
寮を出るとやたらと荷物を持って実家に帰る人たちばかり。

卒業して出て行く人も
あんまり荷物がないので
(小さなスーツケースとダッフルバッグくらい)
どうやって2年間とか3年間過ごしてたんだろうと
不思議に思います。

私なんか4箱実家に送ったのに!

同じMBAの子たちでも
インターンシップが終わってないのはうちの学科だけなので
(他の学科は12月中にやっちゃったらしい)
2年間一緒に過ごしたメンバーを何度も見送りました。

さみしい。。。

それに私ももうすぐここを出るしなー

と、イヤなことはいったん忘れて
感傷にひたっていると

見慣れた顔が。

このへんで登場したMBAのケララのオトコノコM。

あら、まだいたのねぇ。

M「いつここを出るの?」

私「インターンシップがはじまるから月曜に出るよ
そっちはもうインターンシップは終わってるよね。
いつ帰るの?」

M「今日帰るんだ」

と、握手。

私「そうなんだぁ」

彼はこのあと軍隊に入るつもりで、
でもコンピュータやマネジメントなど
学士修士で学んだことを活かせる
そんなポジションにつきたいのだそうです。

とりあえずChennaiの部署に入ることが決まっているようなので
何かChennaiで必要なことがあれば
電話して、とのことでした。

はー。。。
最後までいい人だ。。。

(上から目線だけど)
私はオトコレベルがあまり高くないMBAの中でも
彼を一番高く評価していました。

気さくだし、あいさつは欠かさないし、
笑顔だし、
頭もまぁ悪くないようだし、
将来のビジョンをしっかり持っていて
ものすごく好感がもてます。

いつだったかなぁ、なんかヘコんでたときに
たまたま彼と話す機会があって
「MBAのあとは日本に帰っちゃうの?」
と残念そうに聞くので
「結婚してください」
と言いたくなったくらいです笑

私「わかったー、電話番号は変わらないよね」

M「うん、同じ番号。
Facebookでも連絡とろう。
それじゃぁ」

と、颯爽と去るM。

これからはFacebookでつながるのみか~。。。
惜しい男を逃がした。

と、大学の入り口まで来て
Chinnalapattiに向かって歩いていると
野菜やさんの隣の小さなティーショップで
MBAのオトコノコたちが集まっている。

今学期からかなぁ、
いっつもここで集まっているメンバー。

寮にまだ残ってる人じゃなくて、
家から通ってる人もわざわざここまで来て
だらだら~と過ごしているようです。

私が野菜をここで買うようになってから
話すようになった人もいて
(同じクラスにいても話さないオトコノコいっぱいいるから)、
そんなことも考えていると
さみしくなるなぁと思ってしまうのです。

と、そんな中に友人RMが。

RM「いつここを出るの」

私「月曜かな…」

RM「インターンシップがあるよね」

私「そうそう。月曜からだよ」

RM「日本に帰るのは?」

私「7月になるかな」

RM「そのあと、結婚するの?」

私「笑それは、いい人が見つかってからでしょ」

RM「ひとつ聞いていい?」

私「うん」

RM「僕じゃだめ?」

私「笑博士号とってから連絡して」

RM「博士号?」

私「ダンナは博士号かお医者さんか弁護士がいいから笑」

けっこう、コイツもお調子者だわ。


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


お客さんに私のことを「友だち」と紹介している
Ceylon Bakeryのお姉ちゃん。

最近Amla(グースベリー)のジュースを買うようになって
顔見知りになったGandhigram Trustのお店のお兄さんは
お店の前を通るたびにニコっとしてくれる。

Trustの前の小さなお菓子やさんのお姉さんも
道で会うたびにあいさつしてくれる。

「シスター、ブドウは?」
といつも声をかけてくれる
踏み切りの近くでブドウを売ってるお兄さん。

タミル語も結局全然上達しなくて
簡単なやりとりしかできないけれど
こうやって何度も顔を合わせて
あいさつをして
そういう関係が築けたのは
本当に幸せなことだと思っています。

明日が寮での最終日。

ランチごちそうするわよと言ってくれるマニプリお姉ちゃん。

ホント、頭が上がらないです。

(今晩ホットケーキでお礼←足りねーわ。)




2013年5月15日水曜日

Biriyani > Biriyani, Round 2! 水曜ランチ

こんにちワン。


前回に引き続きまして、
「私にご飯作ってよ」ランチ会。

よく言えば女子会。笑

今回は平日、
しかも明日テストなんだから勉強しようよ…
って日だったんだけど、

テストが終わったら彼女たちはすぐ寮を出てしまうから、
今日決行。


前回作れなかった
Vege Biriyani
に再挑戦。

結局また材料が足りなかったんだけどね苦笑


わいわい

電話で激しくケンカしながら材料を切る。

どうやら来なかった子(ルームメイト)とケンカ中。

誘ったのに来なかったんだって。残念。
この子もMBAなんだけど。


ざくざく

野菜の大きさでモメて、
いろんな人が切ったので
バラバラサイズに。

まぁ、いっか。。。

宿泊学習のときのカレーみたいな、ね。



切り終わり

今回の野菜は

ジャガイモ
にんじん
インゲン
白い豆(Butterbeansというらしい)
トマト
玉ねぎ
青唐辛子

ちなみに「今回は事前に買うものSMSしてね」
と言って昨日送ってもらったものを
そのまんま買ってきたのですが

Meanmaker
Vanaspathi
Puthina
Kottamalli

ってアルファベットで書かれてもわかんねーし!

で、ググってみました。

MeanmakerはMeal makerの間違いで
これはヴェジミート、
大豆などで作ってある肉のような食感になるものです。
(ヴェジタリアンの人も食べる)
Soy meatとかSoya chunkとか言うけど
このへんではMeal makerで定着。
んなもん売ってるかよと思ったけど、大学入り口のお店で量り売りしてた。

Vanaspathiというのは
「Ghee(インドのバター)っぽい植物油製品」
ってことで、つまるところマーガリンですよね。
香りが好まれるらしいですが、
私にとっては油であることに違いはない。

Puthina→ミント
Kottamali→パクチー

で、前回使ったのに忘れてたもの:

Curry leaf
ショウガ

なくてもなんとかなった…ていうかなんとかしてもらった。
グリーンピースも忘れた。


材料Ready

最近キッチンがきたねー。

今回はCurd(ヨーグルト)も買ってこいと
言われました。

ビリヤニミックス(前回持ってなかったやつ)の作り方説明によると
ビリヤニ自体に入れると書いてあったのだけど
Raitaを作るためでした。

これはビリヤニを食べるときに必ずついてくる
玉ねぎのつけあわせです。

ヨーグルトに生玉ねぎを投入して
塩と一緒に混ぜるだけのものです。

私は生玉ねぎダメなのでパス。


ということで調理開始。

Vanaspathi

マーガリンを投入。

そんなに入れるの~~~?
と言ったら
「これは体にいいから脂肪分も少ないのよ」
と言われ
信じないことにする。


玉ねぎ

オイルを熱したら
前回のようにマスタードシードとCurry leafを入れるべきなのだけど
マスタードシードは部屋に忘れ
Curry leafは買い忘れ。


見物

んで、野菜をドカドカ投入していきます。


Meal maker投入

私あんまりmeal makerって好きじゃないんだけどね。


カラフル

がつがつ炒めましょう。


野菜たっぷり

焦げませんように。


味つけ

味つけに使ったのは

Biriyani Mix(ビリヤニ専用スパイスミックス)
Curry masala(これもいろいろスパイスミックスしたもの)
Turmeric
チリパウダー
塩。

塩はスプーンに2杯とか入れてたけど、
大丈夫なんかねぇ。

あと、チリパウダーも
惜しげもなく入れていて
正直心配になる。


い、色が

辛そうな色じゃない?

まぁそんなこんなで米と水も投入して
ふたをします。


米待ち

右から2番目の子はMBAじゃないので
正直誰か知らないのですが
これ描いたときに下書きしてくれた子で
今日も率先して調理していたので
私にとってはデキる子です。


ひとりオバさんがまじってますが

こうやって写真を撮るのも
あと何回だろうね


できあがり

今回はお腹がへっていたのか
圧力が下がるを待たず
圧力を下げて(重しをずらして)
さっさと調理終了。

前回は仕上げにGheeでしたが
今回はレモンをしぼりました。


最終まぜ工程

また米天国、てんこもりです。


からい。。。

Kがカラいと泣きをあげるほど辛かった。

君たちにとって辛かったら
私はどうなるんですか!!!

と思ったけど、
汗をかきかき、
水をガバガバ飲みつつ、
「ミワ、かわいそう」と言われつつ
いただきました。

辛いけど、味はおいしかったんですよ。

お皿に一緒にのってる白いのがRaitaです。
基本ヨーグルトなので、
ビリヤニと混ぜると辛さは多少中和されました。

あーーーーーーーー
お腹いっぱい!

勉強できない!笑




2013年5月14日火曜日

Exam Time テスト中のいい話、よくない話

こんにちワン。


今日期末テストESEの3科目目が終了。

あとひとつで、おしまーい!


と思ってウキウキしたいところですが、

なんか調子悪い。

昨日の午後あたりから
腹痛、頭痛、寒気。

風邪の兆候ですよね。

テストのころだったので
まさかまた…泣
と思ったりなんかしちゃってますが、
具合悪くなってるヒマはない。

ということで、頭痛はこれで治しましょう。


今日はテストネタ。


● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●


The Hinduより。


このへんで書いたように
12年生の一斉テストというのは日本でいえばセンター試験のようなもので
その後の人生がこれにかかってるよね!ってな感じ。

つい先日この12年生のテスト(Class XII Exam)の結果が出て
州のトップの生徒や、
苦労していい成績を出した生徒、
成績が悪くて自殺してしまった生徒など
たくさんの記事が出ています。

で、この記事によると、

現在19歳のJeraprabhaは
14歳のときに母方の叔父と結婚させられ、
16歳のときに夫のところから逃げ出しました。

結婚に際して8年生まで通っていた学校はやめさせられたのですが
その後彼女は自分で勉強して
Private candidate(学校に籍を置かない受験者)として
10年生の一斉テスト(Class X Exam)を受験し、
今年の12年生のテストでは1136点の成績を残しました。

1136点というのはトータル1200点なので
(200点満点×6教科)
94.66パーセントです。すごいね。

で、これだけだったらふーん、って感じなんだけど
彼女の場合はさらに苦労苦労の道のりだったわけ。

というのも、夫から逃げて学校に戻りたかったのに、
校長(公立の学校みたいですけど)が
既婚の生徒は他の生徒に「悪い見本」になるから
ということで、復学を断られてしまったのです。

んなこと言ったって、彼女が望んで結婚したわけじゃねーし!

Jeyaprabhaの地域では
オンナノコが母方のおじと(多くは"叔父")結婚する
というのが習慣としてあって、
彼女の場合も母親がムリヤリ結婚させたようなもの。

母親は、
自分の娘が弟と結婚すれば
娘が親(Jeyaprabhhaの祖父母)の面倒をしっかり見てくれる
なーんて考えたようですが、

ふたをあけてみれば
この叔父は飲んだくれでどうしようもなく、
こんなヤツと娘を結婚させてしまったなんて自分を呪いたいと
母も言う始末。

(※ちなみに、この母方の叔父と結婚というのは
タミルナドゥではかな~り普通の話で、
「叔父さん(Mama)が家に来る」とオンナノコが言うと
え~~~~~!!婚約の日取り決め???
っていう反応になります笑)

でも幸運なことに、彼女の話が
The Hinduに以前にのったら、
「上の人」たちが介入して、
復学が実現することになったのだとか。

メディアの力はナメられないわぁ。

まぁともかく、10年生のテストでは
500点のうち469点獲得(93.8%)、
そして晴れてまた学校に通うことになったわけ。

で、今年のテスト。

将来はお医者さんになりたいんだってー。

一方で、祖父母は息子(夫)と復縁をのぞんでいて
結婚の際に両親が送った宝石の類も返さないとか。

だけど本人は医者になるという固い決意があって、
Child marriageは違法なんだから正式に離婚の手続きをする必要もない、
と言っています。

エラい!

あまり裕福ではない家庭ということですが、
こうやって強い意志を持って学問に励む
そういうオンナノコがいるというのは
大変喜ばしいことですね。


● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●



と、いう人がいる一方で

カンニングなんかしちゃう人もいるわけですなー。

犯人はSちゃん、元ルームメイトです。。。

先日のテスト中、
公式を手に書いていたのがバレて
(やっかいなことに気がついたのは同じ寮の博士号の人)
怒られる。

でもその公式を使った答えはなかったので
まぁよし、そのままテストを続けなさい
ということになったのですが
(それもどーなのと思うけどさ)
彼女テスト会場で泣き出してしまったそうなのです。。。

あまりにも泣きじゃくっているので
周りは心配に。

そのうち「お水をください。。。」
試験官が水を持ってくる。

「答えられません。。。」

そして試験終了の合図で
「もう少し時間をください。。。」

5分余計にもらったみたいだけど、
たぶんきちんと回答できるような
心理状態ではなかったでしょうね。

あきらめて来学期受けなおせばよかったのに。

以上、隣の列で試験を受けていた
イトコちゃんからの報告でした。




2013年5月6日月曜日

My Master's Thesis...WAS (2) 何があったんでしょう

こんばんワニ。


タカハシヒカルさんってご存じですか。

セレブネコ
ぐぅぱぁネコミーヤちゃんの本や
かご猫シロちゃんのDVDなんかを手がけている
編集者さんです。

「立ち読みしてみわちんに買おうと思った」
と店頭で自分も笑ったというMちゃんから
タカハシさんの本をいただきました。

その名も

帰国時は病み上がりだったので
修士が終わる前に
また病気になったり、
落ち込むことが起こったり、
インドにいたら何かしらあるだろうから
「ヘコんだときに読むね」と言って
バッグに入れてこちらに戻りました。

(とか言って、日本から帰るのがちょっと悲しかったので
帰りマレーシアのトランジット待ち中に
ちょっと読んでプッと笑ってたけど。)

ということで、
落ち込んだときのためにとっておいたこの本。

先週2週間、ものすごく気分が落ちていて
すっかりこの本のことさえ忘れていました。

なんていうか、すごく重症だった気がする。

先日のポストを読んだ友人Yちゃんに
これまた冬の帰国中にあった
「宮エピソード」を思い出して(詳細は割愛)元気出して、と言われ
思い出したら「プッ」と笑えたので
その旨Facebookで書いたら

あれーそういえば、「プッ」のネコの本。。。
このときのためにもらったようなものじゃないですか!

と思い出して、
昨日ひっぱりだしてきました。

元気出た。


と、いうのが
元気が出てきた唯一の理由ではないのだけれどね。

先日のポスト以降
いろんな人に連絡をもらって、
メイルで返事をしたり、
Facebookで返事をしたり、
チャットで話せる人にはちょっといきさつを伝えたり、
としているうちに、
ちょっと気分が落ちつきました。


「そのうち何があったか書くよ」と
伝えている人もいるので
ちょっといきさつを書きたいのですが、
ヘタするとこの大学院留学自体否定するような文面になりそうなので
(そう思っている節がありますので)
注意して書かないとね。。。


ということで、簡潔にまとめようと思う。


あの日、内容を切れ、もしくは所見つきでサインと言われ
内容を切らないでそのまま出したいと決めた私。

同じ日、学科長とB教授、P先生の3人が話した結果
「切らないで所見つきでいいでしょう」
ということになった。


次の日、担当教官E教授に
「所見つきでお願いします」と伝えたところ
ものすごく強い口調で
「変える気がないのか」
と言われ
「ないです」と言う。

「Then leave it」(じゃぁそのままで)
とこれまた強い口調で言われ、
なんなんだよと思いつつ、それで話が済んだものと思う。

次の日(金曜日)もサインをしてくれる気配がないので
「学科長と話した結果所見つきでサインということになりました」
というレターをE教授宛てに書き、
学科長に承認のサインをしてもらってから渡そうと
学科長のところに行くと
「E教授と話し合ったのか」
とまた聞かれる。

「でもこの間の話し合いでこういうことになりましたよね」
と言うけれど、
「P先生を呼んできなさい」と言われる。

P先生が来て、
(たぶん)どうなっているんだと学科長がたずねる。

結局、これは私とE教授が話し合わなければと言われ
P先生と3人で話してこいと言われる。

変えなくていいって言ったじゃんね?
これ以上何を話し合うの?

E教授のところに行くと
「君の論文の何が問題か教えてやろう」
と言われる。

サインがほしいだけなのに、と思うけれど
学科長が助け舟を出す気配はなし、
P先生も話を聞く気満々だけど私を弁護する気配はなし。

だから、
私やっぱり修正しないと提出できないんだ
とうすうす感じ始める。

で、E教授とP先生と3人で座って
何がダメか、話を聞く。

だけどもう教授の顔を見ることさえできない私。
下を見て、黙って話を聞く。

そこで言われたのは
なんだったかよく覚えていないのだけど
つまるところ、
「タイトルがふさわしくない」
「事業の成果を受益者ではなくNGOから聴取するのはダメ」
ということ。

タイトルに関しては「計画」「ガイドライン」と
どちらも含んでいるのがダメ。

二つ目に関しては、
事業の成果は(事業を運営している)NGOから聞き取りをすると
いいことばかり並べるのが当たり前なので
受益者である農民の人たちから聞かなければ
Validではないということ。

はぁ…。

言いたいこと言うだけ言って
自分の作業に戻る教授。

P先生は今の話をひと通り聞いて
わかってんだかわかってないんだか
(たぶんわかってない)
タイトルを変えろということばかり言ってくる。

らちがあかないのでもう一度学科長のところに行く。

「E教授の言いたいことはわかります。
わかるんですけど、
何でそれを今言われるのかはさっぱりわからないです」

「E教授を呼んできなさい」

「ランチに出てしまったようですけど」

「本当か」

…話にならん。

P先生が
「E教授がランチから戻ったら連絡するから
とりあえず部屋に戻りなさい」
と言う。

部屋に戻って
どうしたらいいんだろうと思っていると、
論文でちょっと大変な目にあってると数日前(たぶん)に話をした子が
「提出できたの?」
と聞いてくる。

「もうどうしたらいいかわからないんだけど…」
と話をしていると、
寮の子たちがわさわさ集まってくる。

印刷をしろと言われてから訂正と言われた、ということ、
E教授が「最後の最後に」こういうことをする人だということ、
をみんなが話し合って、
「訂正する必要ないわよ」と
言ってくれる。
「そんなのおかしいでしょう」と。

「学科長に話をしたの?」と聞かれ
「大丈夫だって言ってたのに助けてくれない」と言う。

「それならVC(大学副総長)と直接話をするべきよ」
「今までだってこの教授はトラブルばかり引き起こしてきたんだから」
と言われるけれど、
私には
「学科長を通り越して上に訴える」ことが
できない理由がありました。

ちょっと話が前後しますけど。

同じ担当教官のもとで研究をすすめていて
ヒドい仕打ちを受け、

そのNのしたことを
学科長は快く思っていなかったのです。

学科長いわく、
「Nは他の州から来ていて、
自分はいつも彼のことを気にかけているし、
弟のように思っている。
論文の件だって学科内で解決できたことなのに
彼は外部で話してしまった。
結果関係者はうちの学科を非難している」
ということだそうです。

Nが学科長に助けてくださいと頼んだとき
学科長は私に言ったようにDon't worryと言ったけれど
特に何もしなかった。

だからNは学科の外で戦うしかなかった。

それに、これはNが自分から言い出したことではなくて
Meetingの席で「論文の進み具合はどうだね」と
直接Nが聞かれたので出てきた話であって。

だからNに非はない。

だけど、学科長は学科の名誉が汚されたと思っている。

私だって学科長が何もしてくれないのがわかってきたので
上の人に話をしたいけれど、
学科長が敏感になっているときに
今学科長を敵に回すようなことをしたら、
卒業できなくなるかもしれない。

だから上の人とは話ができない。

と寮のみんなに伝える。

「もう一度学科長と話して修正したくないって伝えなさい」
とみんなに言われる。

午後、P先生が連絡をくれるのを待っていたけど
ランチの時間がとっくに終わっているのに
連絡なし。

部屋でひとりで待っていると頭がおかしくなりそうなので
学科に行く。

学科長がいない。

学科長はキャンパス内の別の団体の責任者でもあるので
そちらのオフィスにいることが多い。

なのでそっちに行って話をすることにする。

途中、生物学科の建物の前に
学科長のスクーターが止まっているのを見かける。

あれと思ったけど
学科長が生物学科に用事があることはないだろうし
学科長のスタッフが使うこともあるので
気にせずそのまま通り過ぎる。

すると学科にいたマニプーリシスター妹から電話。

「今学科長が来たの。
生物学科でA(シスター姉)の担当教官と話をしていたみたい」
と言われる。

…なんだそりゃ。

私がランチタイムに話をしていたとき、
おかしいだろそれと思ったお姉ちゃんが
自分の担当教官に私が「こういう仕打ちを受けている」と
言ったらしいのです。

彼女の担当教官と私の学科長は
プライベートでも親交がある仲なので
さっそく担当教官が学科長に連絡をして
話をしていたらしい。

あとでわかったことですが、
Don't worryと私に言っていた学科長は
お姉ちゃんの教官に対して、私が
「訂正をするのを拒んでいる」
「最終原稿を出さずに印刷をしてしまった」
「奨学金を受けているから(再印刷も?)問題ない」
などと言っていたらしいです。

まぁともかく、
学科に戻る。

学科長に、
朝こうこうこういうことを言われましたと伝える。

「E教授と話をするから少し待っていなさい」

しばらく学科長とE教授が話をしたもよう。

じっと待っているのも疲れるので学科長のオフィスをのぞく。

学科長が
「つまりE教授が言いたいのはこういうことなんだ」
と説明をしてくる。

あのー。。。。

じゃぁ、学科長は、
E教授の言い分をきちんと聞く前に
「訂正しなくて大丈夫」
って私に言っちゃったわけですよね?

で、今になって言い分をちゃんと聞いたから、
「変えなさい」
ってことなんですよね?

「だから、E教授のおっしゃっていることはわかるんです。
間違いだったら直したいと思うんです。
だけど、それを今になって言われるのがわからないんです」

「だけどね…」と学科長。

E教授が呼ばれ、
E教授の言い分がまたはじまる。

新しいタイトルをすらすらと言い出し、
それを書き留めるP先生。

「これがものすごく問題だと思うんです」と、
NGOが事業のスポンサーに提出している事業報告書の部分を学科長に見せる。

そこで言っていたのは
私が収集しているデータは他に提出しているものではいけないと
言われる。

「論文のはじめの誓約書の部分で
『論文のどの部分も他で発表・提出していないオリジナルである』と
書いているだろう」
と言われるけれど、

私の場合「学位のために提出したことはない」と
書いているのであって、
NGOがどこに提出していようと関係ないだろと思う。

それに、スポンサーに提出している正式なものなのに
それを「内容が問題だ」と言われるのは
正直心外だった。

でも論文の3章には2次データを入れてはいけないんだと。

言うだけ言って出ていくE教授。

で、学科長は、
「E教授とP先生と3人で話し合いなさい」
と言われる。

じゃぁ、学科長にに今まで話をしてきたのは全部無駄ということなんですよね。

もう何を言っても無駄なのはわかったので
訂正をすることにする。

P先生と3人でと話をしなさい、私も戻ってくるからと言って
会議に行く学科長。


ところが、E教授は帰宅済み。

この人、17時までオフィスにいたことがない。
しかも金曜は「金曜のお祈り」がある日で
6時間目前(15時45分)にはとっととオフィスを出る
(毎週お祈りに出席しているかは不明)。

そのあと、呆然としながら
P先生と話をして
私の言い分(何で今?)を伝えたけれど
「過去は忘れなきゃ」
と言われる。

どうやって忘れるんだ。

この日、部屋に戻って訂正をしました。

タイトルを変え、
NGOが提出した事業報告書をカットし
(これは事業の成果の比較のために入れていたものなんですが)、
他にNGOスタッフがインタビュー中に話してくれた事業の成果部分をカットし、
こうした成果から得られた私の考察をカットし、
これから得られる私の提案部分をカットし、
その他これによって変わる細かい訂正をしました。

あと、NGOインタビュー中に
「あるNGOは資金の運用がヘタで事業を途中でやめてしまった」
「政府の事業はここがダメ」
と言っているのもカット。

NGOといい関係を築いているうちの大学は
NGOのバッシングがダメなんだと。

あと、学科長があとで言ったことですが、
留学生が政府のバッシングをすると
「外国人のくせに何がわかる」と言われるので
インド人生徒が政府の非難をしても何も問題がないけど
私はダメ、と言われました。
だからカット。

これが一番頭に来る。
同じ学生なのに。

インド人の人が「当たり前」だと感じていることを
私は当たり前だと思わない。

インド人の人がいいと思っていることを
私は必ずしもいいことだと思わない。

外部者だからこれはおかしい、と言えることがあるでしょう?
外部者だから客観的に見えることがあるでしょう?

第一、正直な意見を書けない、
それが学問なの?

それに、収集されたデータから得られることだけ書きなさい
と言われました。
それがscientificなのだからと。

それはわかるけど、
収集されたデータから明らかなことだけ述べる
(『インタビューしたNGO5つのうち4つがYesと答えたのでこれは多数ですね』とか)
それがscientificということなの?

データだけではなくて、
文献から学んだことも織り交ぜて、
そこから得られたことを考察や提案を書く、
それは修士論文に許されないことなんですか?

それがscientificということなんだったら
私はscientificな学問なんかくそくらえ。

I'm a social science person. Not a science person.
I want to say beyond what is obvious.
Because I THINK.

まぁそんなこんなで。
バッサバッサと私の論文はカット。

週末明けて、もう腹をくくり、
「切れと言われたらなんでも切る。ともかく早く提出したい」
と思ったので
月曜・火曜にまた訂正を言われ
最終的に50ページくらい切ったけれど、
正直もうどうでもいいやと思った。

(ということでこのポストのタイトルになるわけですな。)

苦痛だったのが
火曜日になぜかE教授の機嫌がものすごくよく、
印刷するところまで一緒に来てくれると言い出し
一緒に行くのはいやだったけど私に選択の余地もないので
P先生と3人でこの印刷やさんへ。

停電もあり、待ち時間もかなりあったので
14時から18時くらいまでずぅっとE教授と過ごすハメに。

ここでもフォントがあぁだこうだ、目次はこうだと
E教授はDTP店主にいちいち修正を申し付けました。

最初は快くやっていた彼ですが、
私の論文の長さに正直うんざりしていたようです。

「自分の博士号過程が論文を仕上げるときは
いつもここに来て修正をしてもらっているんだ。
彼は頼りになるから」
と言っていたE教授ですが、
今までに博士号ひとりしか担当したことないのを
私は知っています。

この間ものすごくフレンドリーに
私の家族のことやこれからの予定を聞いてきたり
自分の家族や家のことを話してきたりと
E教授が長々と話すので、

本当に、この人がよくわからないです。

私に何か非があって
故意に最後になるまで待っていちゃもんをつけてきたんだか、

それとも本当に
最後の最後になるまで私の間違いに気がつかなかったんだか。

でも本当に間違いに気がつかないわけがないんです。

最初から
こういう目的で、
こういう手法で、
こういう場所でデータ収集して、
こういう方法でまとめます、
と逐一報告していたのだから。

私が論文の部分部分を書き上げるたびに提出していたものを
全く読んでいなかった
そうとしか考えられないんです。

まぁともかく。

論文の冒頭に
担当教官がサインをするページがあり、
そこを先に印刷したので、
E教授はサインをして帰りました。

そのあとP先生と私は停電までまた1時間ほどねばり
あとの作業を店主にまかせて帰りました。

次の日5月1日は
インドでもメイデーなので祝日。

朝9時半にできあがると言われていたものの、
製本作業の一部を外注している店主は
「18時にならないとその店があかない」と。

なのでその日もストレスを感じつつ過ごしましたが、
18時40分くらいに「できました」と電話が。

19時過ぎにとりにいき、お金を払って寮に戻る。

次の日、5月2日に提出。
というより学科に積み上げてとっととテスト(CFA)に行きました。

火曜からE教授には会ってません。
必要がなければもう会わない。
そう思います。


はい、これが一部始終です。

これかなり感情うすめで書いてますが、
心底辛かったです。

いろいろ感情入りで書くと、
本当に将来が心配になるので
やめときます。


ちなみに、

私が滅入っている最中に
政府の人材開発省(Ministry of Human Resource Development)の
大臣がうちの大学にやってきました。

それに際して
うちの大学はいろんな州から生徒が来ている
ということをアピールしたい大学は
数日前に他の州や国から来ている生徒を集めて
「数日後に大臣が来るから」と伝える
「副総長と語らう会」と設けました。
(私は行ってないです)

そこで副総長が言ったことには、
「ひとりにつき故郷でひとり、うちの大学で勉強するように
人を集めてきてくれ(Each one, catch one)」
だそうです。

絶対無理。

今後来る人たちが
私と同じような待遇を受けないと
保障ができるでしょうか?
できません。