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2013年7月3日水曜日

終わりの始まり (3) 先生の涙

こんばんワニ。


と、いうようなことがあったのでイライラがまた爆発しそうになり、ここ数日アーユルヴェーダやらの薬でお腹の痛みと戦ってきた私ですが、なんとか卒業できそうな雰囲気です。

学科長の言葉を信じようというか信じないとやってらんねーと思いつつ今日も大学へ向かいました。友人宅のあるVeelinayakenpattiはNilakottaiからちょっと離れているのでAutoに乗りNilakottaiのバス停へ。

ここ2年間何度も「うちに住んで大学に通えばいいよ」と言われてきたのでそれを今になって試しているような感じです。結論、日本でも満員電車の通勤はしたことあるけど、インドのラッシュアワーバス通学はつらそうだわ、ものすごく。あとは想像にお任せします。

学科長との約束の10時前に学科に到着。E教授も来ている。蚊を追い払うのに疲れたので外で待つ。すぐ学科長も現れる。

まず学科長とP先生が学科長のオフィスで話をして、そのあとE教授が呼ばれ3人で話している。E教授は昨日ぶつぶつ言っていたようなことを学科長に伝えているようす。謝礼がどうのこうの、とか。

少しして私も呼ばれ中に入る。E教授はご丁寧にもうだうだと理由を書き連ねたレターを用意してきたようで、それを学科長に渡して熱弁している。学科長には先週の金曜日に「7月4日にDindigulから電車に乗るのでそれ以降は来られません」とレターを渡しているのに今になって「いつここを出るんだ」とまた聞かれる。「4日です」「4日…?」「7月4日です」「7月?」…ってオイ、先週話したじゃん…。E教授は「なぜ学科長にも私にも連絡していないのにP先生にだけ(出発日の)連絡をしたんだ」と言われる。いちいち全員に話さなきゃいけないのかよ。

E教授には昨日と同じように「7月4日にここを離れなくては行けない理由は何だ」と聞かれる。なので、「とっとと出ていきます」レターの件を学科長に思い出してもらう。E教授は「君が大学を離れるための許可を誰が出したんだ」と言う。卒業生が大学から巣立っていくのにいちいち許可が必要なのかよ。たぶんお前はガイコクジンだから大学の許可が必要なんだと言いそうなところ、学科長が「これ(私がインターンシップのあとにすぐに出ていくこと)は私たち(学科長とP先生)が指示したことだ」とビシっとツッコみを入れる。それなのにP教授は「それは私には受け入れられない。きちんと許可が必要だ。私は自分の意見をきちんと書いて正式に学科長に提出している。」うんぬんかんぬん。それで学科長の話がまだ終わってないのに勝手に出て行く。

E教授のレターに目を通している学科長。そこで、私も一応用意してきたんですけど…と、昨日マニプリお姉ちゃんのラップトップでこつこつタイプしたレターを渡す。内容はもうすでに学科長にもControllerにも伝えてあることなのだけど、一応きちんと文面にしたんで。電車やフライト、ホテルも予約していて、またアレンジしなおすのは難しいこと、奨学金も先月末で打ち切られていること、父が来ること、学科にはP先生を通して出発日が伝わっているものだと思っていたことなどなど。かなり腰を低くして書いたつもり。

それを見た学科長が「Let's go」と言う。またE教授のとこですか…とあきらめようとしたら、学科長はP先生と一緒に学科から出て行く。あわててあとについていく。

学科長が向かった先はOffice of Controller of Examinations。まぁ、うちの学科の隣の隣くらいの距離なんだけどさ。そして学科長とP先生がControllerのオフィスに入っていく。ここはテスト関連の書類があり生徒は勝手に出入りできないので外で待つ。

ちょっとして何か書類をかかえてE教授がやってくる。なんだよコイツも来るのかよ!と思ったけどControllerのオフィスじゃなくて他のスタッフのいるところに入っていく。何をしているのかわからないけどすぐ出て行く。私の前を無言で通り過ぎる。私も見なかったことにする。

20分くらいして学科長とP先生が出てくる。学科長が「心配しなくていい、今日外部評価者を呼んでVivaをやるから。午後にまた来なさい」と言う。これは口約束ではないと思う。思いたい。

寮に行ってお姉ちゃんとイトコちゃんに何があったか説明する。二人も新しくマニプールから来ているオンナノコの入学手続きや寮の部屋確保でバタバタ忙しいのだけど、まぁ座りなよと言ってもらい話をする。んで、結局ランチもごちそうになる。。。

午後って何時くらいかな~…クラスのスケジュールだとランチは13時45分までということになってるけど。と思っているとNilakottaiのCが電話をかけてくる。「今Mと一緒にいるんだけど、学科の教授と話をしようか?」えぇ。

CとMのNGOはうちの大学ともつながりがあって、研修をここで受けたり、研修の講師として呼ばれることがあるほか、Mは実は私の大先輩に当たる人。2年前に私がここで勉強することになったとき、周りがみんな喜んでいる中で「あそこはpoliticsがあるところだから気をつけて」と唯一警告をしてきた人です。彼もかなり苦労したから、と。そんなわけで私はCをLocal guardian(遠方から来ている生徒はこの辺りに住んでいる人に保護者代わりになってもらわなくてはいけない)として大学に登録していました。

まぁそんなつながりはあるのですが、わざわざ学科と話をしなくても…と思ったので「大丈夫、きっとやってもらえるから心配しないで」と言う。Mが「でももしやるつもりがないようなら連絡して」と。

そのあと、またぼ~っと過ごす。

またCから電話がある。「今学科長と話をしたよ」と。??????????????

二人がなんと私の学科に行って話をしてくれたのだそうです。それによると学科長は「心配ない、今日15時に評価者をアレンジしたから」と言ったそう。わざわざ本当に話をしてくれるとは思っていなかったのでびっくりする。Vivaが終わったらまた連絡してくれと言われ、とりあえず電話を切る。

そのあと、同じ学科のB教授から電話があり、16時にVivaを受ける準備をしなさいと言われる。でも秘密だから、と。

ということで16時前に学科長のKVKオフィスへ。オフィスの前で待っているとB教授もやってくる。で、「レポートは?」と聞かれる。えぇ。「金曜日にE教授に提出して、自分の分は印刷していないんです」と言う。「そうか、ではあとで提出でもいいか確認しよう」と。そのうち車に乗った女性がやってきて学科長のオフィスに入っていく。学科長の車でこの女性を迎えに行ったスタッフが私にも中に入るように言う。

思ったとおり、この女性が外部評価者でした。8日に他の生徒が来るときにも担当になる人のようです。レポートはもう1冊印刷し、学科長を通してこの女性に渡してもらうことになりました。

この間の「冗談でしょ」のようなVivaとはちがい、なんだかんだで1時間くらい話をしました。口頭試験っていうか、2年間の総括のような質問が多かったかな。日本とインドの比較とか。糖尿病に関しては私もかなり熱弁しました。

でも「それでは、2年間のガンディグラムでの経験をまとめて、『何を日本に持って帰るか』という点に関してはどのように考えているか」なんて質問は今聞かれるには最悪のタイミングなわけで。

「2年間最悪な思いをしてきました。クラスメイトとの言葉の壁、インドのシステムあれこれ、修士論文での苦労、病気…。もう早くここを出たくてしょうがないんです」

…とかは言ってないです笑。かと言ってこの大学を褒め称えるわけにもいかないので「まぁいろいろ大変ですよ。私も、クラスメイトも、周りの村も、いろんな問題を抱えてますよね。それがわかったというのは貴重な経験です」とオブラートに包んだ返答をしました。

名刺までいただいて(そいえばこの間のVivaでも名刺もらったけど、どこにやったかな)、わざわざ2度も来てもらうことになることに感謝し、学科長とB教授に感謝し、KVKを出る。レポートのことがなければ今日が最後になるのでもう一度お姉ちゃんに会いに行こうと思ってたけど、また明日も来るしと思ってそのまま帰ることにする。通学(帰り)ラッシュにまたぶつかり、満員バスで帰る。

帰り、お世話になった人たちに「MBA終わりそうです」の報告とお礼のために箱詰めのお菓子を買う。思ったより高くて少々ビビる。

村に帰ってお菓子を配り、すっかりリラックスしてグーグー寝る。

では済まなかった。

お菓子を持ってCの家へ。

ここで何があったかを話したところ、Cに実は今日もともとうちの大学で用事があったと聞かされました。わざわざ来てくれたのなら申し訳ないと思ってたのでちょっとホっとする。それで、学科に行って話をした~、の一部始終を聞きました。

まずは学科長より親交の深いB教授のところにあいさつに行ったそうです。最初っから私の話をするのもあれなのでまぁ当たり障りのない話題から始まり、「そういえばミワのことは知ってますか」と切り出したそう。もちろん知っていると話がつながり、そこで「ずいぶん大変な目にあっていると昨日彼女が言っていたものですから」と伝えたのだそうです。実はその時点でもう学科長が外部評価者のアレンジをしていたのだけれど、B教授は「ぜひあなたたちからも学科長に話をしてほしい」と言ったそうです。

それで…私の話をしているとき、B教授が涙を流したと言うんです。

ルールにそって生きているような人で、生徒には厳しいし、キッツいこと言うし、人間性疑うこともよくあるのだけど(生徒をバッファロー呼ばわりとか)、私をDindigulに迎えに来てくれたあの日(実はあの日心配で朝4時からバス停と家を行ったり来たりしていたのだとか)から私のことを妹のように思ってくれていたのだと。(そこ、娘じゃないんだ?というツッコミ入れたかったけど。)

なんだか、こんなこととかあったけど、私のことをきちんと考えていてくれたのだと思うと、しばらく意識して距離を置いていたことなど、大変申し訳なく思いました。

B教授と話をしたあとCとMは学科長のところへ。学科長は今日どこかで会議があったのだけど、私のためにそれをキャンセルして大学に来てくれたのだそうです。E教授が書いたレターはちらっと二人に見せたあと、二人の目の前でそれをビリビリ破ってゴミ箱に捨てたんだって。あぁ、それ、E教授の前でやってほしかったわぁ。

Cの話を聞いたあとMの家に行って、同じように学科長と話をしてくれたことのお礼を伝えました。Mは在学中にB教授とちょっとモメた過去があるので、「普段Bがめんどくさいごたごたに生徒を巻き込むことが多いんだけどね。学科長もB教授も君のことを心から応援してくれているようだね」と驚いていました。

最後の学期に起こったあんなことやこんなことで本当に心底、うちの大学の評価が自分の中で急降下だったけれど、最後の最後に私のために今日のVivaを(こっそり)アレンジしてくれたControllerと学科長、B教授、それにP先生には、今後も頭があがらないでしょうね。

明日レポートをもう1冊提出してきます。これで終わりだと思うけれど、本当に終わるまで終わりとは言わないことにしよう。


おまけ:お菓子買う前に心配した父から電話がありました。心配、つきないね苦笑



2013年4月1日月曜日

Dialysis 娘の涙

こんばんワニ。


私が論文に打ち込んでいたようないなかったような先週末、VeelynayakenpattiのAppa(お父さん)の具合がものすごく悪くなっていたとのことで、お見舞いに行ってきました。


つかカレー作ってる場合じゃないじゃん自分。と思った。


この間のお祭りのあと、お父さんの具合がすっごく悪くなって、Maduraiの病院に連れて行ったけれど、「もうどうにもできない」とか「前回の治療のときに食生活を改善しなさいとあれだけ言ったのに守らなかったからもう私たちには手におえない」とか言われて、何件か病院をたらいまわしにされていたそうなのです。

最後に行ったMeenakshi Mission Hospitalでは前金が払えないとどうも…とやはり断られそうになったのですが、家族が泣いて病院を回りお願いしますといろいろな人に頼んだところ、ある医師(女性だと思う)が娘に向かって「私の娘みたい。どうか泣くのをやめて。私が治療をはじめるよう許可のサインを出します。」とようやく治療をしてもらえることになったそう。

けれどお父さんの容態はとても深刻なレベルに達していたそうで、「手は尽くすけれど約束は何もできない、あとは神様に祈りなさい」と言われてしまい、家族は本当に、心から祈るしかなかったんだって。

それで、治療はするにしてもこの前金を払わなくてはいけないということだったので、それを工面するために付き添っていたお母さん、息子と娘(お姉ちゃんじゃなくて妹の方)のうち、お母さんと息子が村に帰る。

こういう話ってもちろん日本でもあると思うのですが、そんなにたくさんというわけではない額のために人の命が左右されるというのは本当に心が痛むというか、世の中って不公平だなぁっていうか、なんともやりきれない気持ちになります。(ますますカレー作って喜んでいた自分が憎たらしい)

お母さんと息子は村に帰って、親戚や近所の人に聞いて回ったけれど、みんな手持ちがないだとか、もうお父さんのことはあきらめろだとか言って、必要なお金を集めることができなかったんだって。

例のお祭りに来ていたスウェーデンの彼がそのときまた村に来ていたんです。家族はあえて彼にお願いすることはしなかったんだよね。だけど、泣いている家族を彼は見たから「どうしたの」と妹に電話。「僕は君のカレシでも、君は僕のカノジョでもない。ただ僕たちは友だちでしょう。僕は友だちとして聞いてるんだよ」と言ったんだって。そこで妹も泣きながら事情を説明したところ、夜遅かったのに泊まっているところに置いてある現金6,000ルピーを取りにいき、家族に手渡したのだそうです。

彼には私も心から感謝です。(ここ重要:家族はきちんと数日後にお金彼に返しました)


そこで治療も無事すすみ、今日私が訪れたときにはお父さんが3回目のトウセキを受けていました。


話がちと前後しますが、今日病院に行く前にお父さんに一体全体何が起こっているのかきちんと勉強したくて、いわゆる「糖尿病(生活習慣病)」ではないのだけど糖尿病として治療を受けているSさんにいろいろ質問をさせてもらいました。

つまるところSさんはトウセキをするなんてもう手遅れといった感じだったのですが。

恥ずかしい話、私透析って何のことかよくわからなかったんです。お父さんがどんな治療をしているか聞いたときにDialysis(透析)って言われて何のことか知らなかったのでナニソレって言ったら「血をきれいにして戻すのよ」って答えが返ってきて…そのままSさんに伝えたんだよね。

知らないで一生過ごせたらいい単語だろうけれど、一般常識だよね…あぁ、恥ずかしい。バカ!バカ!自分!

という自分のバカっぷりはどうでもいいのだけど、Sさんの話を聞く限りではもうお父さん助からないんじゃないかなって思うくらいで。

けれど、数日前に「お見舞いに行っていい?」と聞こうと電話したらお父さんの容態はなんとか安定したということだったんです。この透析と、インシュリン含めた他たくさんの薬でね…。


容態がよろしくないようであれば行っても邪魔になるだけだけど、お父さんに意識があるならちょっとでも会いたいなぁと思って、今日行ってきました。

ていうか昨日のうちにVeelinayakenpattiインして、今朝一緒に家族と行ったんだけど。

お父さんのことがちと安定したせいか家族はいつものテンション。まぁ、疲れているなって感じはしたけれど。

実はスウェーデンの彼が昨日ここを発つことになってたんです。お父さんのために彼がしてくれたことを今日まで知らなかった私はお礼も言わずに「じゃーねー!」とフツーにバスに乗せてしまったけれど(ますますバカ!)。彼は今日の便でスウェーデンに帰ったようです。いいヤツだった。また来てください。

(彼のガールフレンドKの誕生日今日ですけど、よかったんですかーーー!?←余計なお世話。)

NilakottaiのNGOにはスウェーデンからよくボランティアが来て数ヶ月滞在しています。だけど短期間なのに村の人と交流を深めて、見送りに来てもらえる男性ってあまり多くない気がするんだよね(女性はけっこうグイグイ交流したりしてるけど)。だからこの人はいい人なんだと、インド村人目線で私は評価しています。

もしKと彼が結婚するなら、Veelinayakenpattiでインド式のセレモニーをしたらいいよ!とまたおせっかいなことを言ってしまいました笑


で、彼がバスに乗ってChennaiに向かうその乗車地点が、お姉ちゃんの現在住んでいるダンナさんの村に近かったんです。彼の見送りだけだったら正直行かなかったと思うけど、お姉ちゃんが来るっていうんで私も同行。

もしかしたらちょっとは大変な思いをしてるのかと思ったけど、ひさしぶりに会ったお姉ちゃんは既婚女性らしくサリーをびしっと着て、ホントうれしそうだったんです。

お相手の彼も顔を見たら「あぁ、この人ね!やっぱり私銀行で何度も見てるわ!」って思い出しました。ちょっとやっぱり引け目を感じている成果、あまり家族と話さなかったけど。。。

あぁよかった。お姉ちゃんが幸せなら、私もうれしい。



話戻りますが。

お父さんの透析がまだ進行中だったので、妹と待合室で座って話をしました。

この病院は面会時間がとくに決まっていないかわりに、付き添いの人の寝る場所確保してあるなんてことはないので(個室でない限り病院って日本でもそうかな?)、みんなそのへんにゴロゴロ転がっています。そこいらで葉っぱ広げてご飯を食べているのもざらです。

そんな中天井ファンに近い席を見つけて座っていると、なにやら病院内ツアー?のような人たちがぞろぞろ。女性はみんなおそろいのサリー。髪にはジャスミンの花が。

「花はつけちゃいけないのに」と妹。

何でもこちらの病院ではおそらく衛生の関係で花は持ち込んではいけないことになっているそうです。そういえばよく花を髪につけているお母さんも妹も今日はつけてない。

「日本ではお見舞いに花を贈るんだよ!」

「インドではフルーツが多いかな」

「日本もフルーツを贈ることもあるよ。高いフルーツね。でもお父さんは糖分が気になるからフルーツはやめた方がいいよね」

「でもお医者さんはパイナップルとパパイヤとグアヴァはいいって言ったよ。でもザクロを食べると血糖値がものすごく上がるの…」

というまたよくわからないインド医学の話になりました。

とか言ってたらまた例のおのぼりさんツアー軍団がぞろぞろ。ふふと二人で笑う。

だけどここは病院。

透析専用の病棟の集中治療室にいた男性の娘と思われる人が、もうどうにもできない状態であると医師に伝えられ、それを電話口で誰かに話しています。

それを見ていた妹が涙ぐんでいます。どうしたのと聞くと

「この間ここに来たとき泣いてたのは私たちだったから…」

この女性につきそっていたのは小さな男の子、それに男性の奥さんと見られる年配の女性でした。

「家族があれだけしか来ないなんて」

とも妹は言っていました。

それぞれ家族に事情があるでしょうから、この家族に対してあれこれ私が推測をめぐらすのはよくないけれど、病棟を見回すと、やはりたくさんの人に囲まれている患者と、付き添いひとりきりの人、両親さえきてくれないような幼い男の子、ひとりでずぅっとせきこんでいるおじいさんなど、いろいろ考えてしまうような人ばかりでした。


でも、それでも、誰かお見舞いに来てくれる人がいるわけで。

ホスピスとは違うよね…と思ったのも。


帰りいろんなことを考えながら帰ってきたら、Easter Sundayのお勤めを出てきたばかりのハッピーな東北部の学生たちと遭遇。

その中のマニプールの男の子と修士論文の話をしていたら、期末テストが終わったあとにホスピスに行ってみたいと話をされて。

「えぇ!経営してる人知ってるよ!一緒に行って何かお手伝いする?」

と、とんとん拍子に話がすすんだので、今度いっぺん一緒に行ってみることにしました。

何かしたいとあのとき思ったけど、ひとりではちょっと行きづらいところにあるので、誰か一緒なら安心!

よし、行くぞ。




2013年3月4日月曜日

Double Standard お父さんの涙

こんばんワニ。


Ootyにて

ある村にやってきた新任の先生。

村の先生たち専用の宿舎に住み込みで働くようになった。

その村で育った男性とその先生は恋に落ちる。

小さな村で二人のことはすぐに噂になったかもしれない。

この村では事件に値するようなことが起こる。

なんと先生は子どもをもうけていた。

彼女は身分の高い家の出身、彼にはそのころあまり収入もなかった。

彼には高嶺の花だったのだが、二人は愛し合っていた。

そのうち、先生の任期が終わったのか、それとも家族の圧力なのか、先生は実家に戻ることになった。

しかし彼女を忘れられない男性は彼女の村まで会いに行った。

もちろん、彼女の父は男性に彼女を会わせようとしない。

そしてある日、二人は駆け落ちした。

彼女が村の近くの川で水浴びをしようと出かけたとき、彼はやってきて彼女と逃げた。

そのまま二人はお寺に行き、祭司に結婚をとりおこなってもらった。

これは、携帯電話なんかない、手紙でのやりとりだけのころの話である。一体どうやってこの計画を立てたんだろうか。

そうして彼女は村に戻ってきた。

そのうち、彼女の父がやってきた。

今度は夫となった彼が、彼女には会わせないと言う番だった。

悲しみにくれた父は、せめて他の家族には会わせてやってくれと彼女の姉やその夫をよこした。

次第に彼も心を開き、彼女の家族を家に入れるようになった。

そうして少しずつ、彼と彼女、彼女の家族は和解していった。



20数年後。

この彼が、娘が身分の違う男性と結婚するのは許せないと言う。

この彼が、娘があまり収入のない男性と結婚するのは許せないと言う。

彼女は言った。

「あのときあなたは今のようにお金をたくさん持っていたわけじゃない。

でも私はあなたと結婚したのよ。」

でも彼は話を聞こうとしない。



● ● ● ● ●


おわかりかと思いますが、Veelinayakenpattiの駆け落ち友人Sの家のその後の話です。

このお父さんとお母さんの話は20数年前ではかな~りスキャンダルなことだったんです。

でも駆け落ちどうのこうのというのはそのころでもたくさんあったことらしくって、今日Veelinayakenpattiに行った際に友人Cからいろいろと話を聞きました。

寮のルームメイトは同じ村出身のオトコノコと仲がよく、オープンキャンパスの日には彼がお菓子や花を持って彼女に会いに来ていた。ある日そんなオープンキャンパスの日に彼女の両親が訪問。同じ村出身の彼を見つけて「何してるんだ」と聞かれる。とっさに彼は「妹がここで勉強を…」と言ったけれど苦しまぎれのウソ。その後彼女の父は彼女にお見合いをさせようとする。それがいやだった彼女はある日、ガラスのバングルを割って飲み込み自殺を図ろうとした。寮長は即彼女を家に帰す。

別のルームメイトはそのころ男子オンリーだったカレッジのオトコノコと恋に落ちていた。ある日彼が交通事故にあい、彼女はどうしても彼のところに行って無事を確かめたかった。だが寮長は外出許可を出さない。とうとう彼女は門番にワイロを払って大学を抜け出す。帰ってきたら門番のシフトが変わっていて、事情を知らない門番は彼女を入れようとしない。寮長が呼ばれ、彼女も家に帰されることに。

などなど。20-30年前でもこんなことは当たり前にあった。村でも都市でも。

だから私の友人のことだって別に驚くことじゃない、というのが私のクラスメイトの反応だったのかなと今になって思うのだけど。


今日村についたときに、Sのうちを素通りしてCの家に来てしまったのだけど、CのうちについたらSの妹とお母さんが来ていました。

何かマジメに話していたようで、私の方をみて力なくニコっと笑い、また話を続ける。いつもは大歓迎でおおはしゃぎをしてくれるのだけど、こんなときだから仕方ないな、とちょっとさみしくは思っていたら、二人ともさめざめと泣き出す。

わけもきけずに話を黙って聞く。やっぱりSのことを話しているようでした。

数日前に、Sは見つかったの?無事なの?とCに聞いたときに「Sは無事よ。今は旦那さんの家にいるの。」と聞いていたので、あぁよかったと思っていました。

それに、妹の方も、以前に書きましたが、ボーイフレンドというか結婚したいのが親戚のオトコノコなので、まぁ問題はないよなと思っていたのに。

どうやら、お父さんは妹の結婚にも反対しているのだそうです。

その親戚のオトコノコは、お母さん方の親戚。つまりブラーミン(祭司カースト、もしくは最高カースト)。お姉ちゃんの方でモメていた、カーストに関しては問題ないじゃないと思っていたのに。

今度はお父さんは、彼のうちにはお金がないと言っているのだそうです。

この親戚のオトコノコは銀行で仕事をしているのですが、パーマネントではなくて契約か何かだそうで、お寺で祭司の仕事もしています。お父さんも同じように祭司として働き、お母さんも図書館で働いている。それだけがんばっていても、Maduraiのような都市部では家を購入することはできず、賃貸に住んでいる。

というのがお父さんの気がかりなことなのだそうです…。

確かに、「あの家ではお金があまりにもないので、お客さんが来たときにティーショップでティーを買うときはツケでお願いするしかなくて、その日の夕方誰か家族がお金を持って帰ってきたら払っている」なんて聞くと、本当にお金がないんだなぁとは思うけれど。

妹ちゃんもChennaiの大学院を出ているから、今はNilakottaiのNGOで働いているけどMaduraiの彼のうちに住んで、何かMadurai内で仕事を見つけることは可能なはず。

と思う反面、お父さんはきっと結婚したころお金がなくて、Nilakottaiの花市場でビジネスをしたりして、今はようやく自分の貸し物件を持てるようになったくらいだし、自分が苦労した分娘たちにはいい生活をさせてあげたいと考える、そういうのもよくわかる。

All You Need is Love! なんて数年前なら言えたかもしれないけれど、30を前に、私も将来のことを現実的に考えなくてはいけないと思うから。

けれど、お父さんも、妹も、親戚の彼も、みんな譲歩しなくてはいけないと思うわけ。例えば、彼も彼女もきちんと仕事をみつけて、将来のことがもう少ししっかり見えるようになってから結婚を許してくださいとお父さんに言うのであれば、お父さんも許してあげればいいじゃないと。

それなのに今はお父さんはお金のことばかり話しているとみんな言うんです。お金のある人とだけ結婚をさせたいのだと。それは違うんじゃないかなぁ。

それで…。

今日、お母さんと妹がさらさら泣いたあとに、Maduraiに行きました。オトコノコの家に行って、お父さんが結婚式に来ないと言っているけどそれは問題がないか、と相談に行ったのだそう。「でもすぐに結婚するってわけじゃないでしょう」とCに聞くと、数週間以内におそらく結婚の準備はできるだろうとのこと。えぇ。

何でも、お父さんが気にふれたようになっていて、早くオトコノコと結婚しないと何をするかわからないとみんな思っているらしいのです。昨日Cに「(妹ちゃんの)髪を少し切って、ショールと一緒に持ってきて」と言ったらしくて。なにやら儀式をして妹の考えを変えようという、黒魔術みたいなことをしようとしているんだそう。。。

どうしちゃったのよお父さん。

と思っていたら、お父さん方の親戚がCの家にやってきて、「お父さんがCを呼んでる」と言いました。昨日も今日もCのうちで、妹も含めてみんなで話し合ったけど結論は出ていない。だから話し合っても仕方ないし、自分の立場としてもどちらかの肩だけ持てないしとCがまごついていたら、「お父さんが歩いてくる」と親戚が言いました。

私も、今、どんな顔をしてお父さんに会っていいかわからないし、妹やCの話だけ聞いて一方的に「お父さんったら…」と思っていたし、毎日お父さんは泣いていること、糖尿もちの体調がずっとすぐれないことを聞いていたから、正直お父さんに会いたくなかった。

でもCの玄関先に来たお父さんを見たら、胸がいっぱいになってしまって。

お父さんは、家のことは自分が決める!というようなタイプの人で、いつもびしっとシャツを着こなし、ひどく具合が悪くても朝はきちんと毎日出勤という人です。3ヶ月一緒にいたから、お父さんがとても厳しい人だというのはわかっているし、朝の水浴び、ヒゲそりから夜のティーまで、お父さんの日課もよく知ってる。

そんなお父さんが、ぼさぼさの髪で、よろよろとやってきて、鼻水と涙をすすりながら、こうなんだあぁなんだと話をするのを見ていたら、お父さんどうしちゃったのよ…と思うしかなかったです。

何を言っているのかわからなかったけど、Cの反応を見ていたら、お父さんの話が支離滅裂なことはわかったし、Cも何を言っていいかわからないようでした。あとで聞いたら、お父さんは同じことを何度も繰り返して言っていたそうです。

本当は勇気を出して、「お父さん、自分のことを考えてみてよ。お金がなくってカーストが違っても、お母さんと結婚したじゃない。今はお金がなくても、二人は何とかやっていけると思うよ」と伝えてもらいたかったけど、そんなことを言ってもお父さんは聞く耳を持たないだろうなとわかりました。

お父さんに必要なのは泣くことじゃなくて、とりあえず健康第一にゆっくり休んで、これからのことは少し待ってから考えればいいじゃないと思うのだけど、そんなことも言えませんでした。

お父さんが全然食べていないんだろうなというのは明らかで、Cがいろいろと食事をすすめたけれど「吐いちゃうんだ」と全て断っていました。

そして話の途中で何度も何度もお父さんは泣いていました。お父さんが泣くのを見たのは、私がインターンから帰るとき以来だった気がする。あの時こっそりキッチンで泣いているお父さんを見つけて「お父さん…」と思いました。でも今日、あのときとは全く違う気持ちで「お父さん…」と思いました。

そのうちお父さんはまたよろよろと家に戻っていきました。

この家族がどうしたらいいかわからないし、私がどう言ってあげたらいいか全然わからないです。自分はこう思う、というのはあるけど(お父さんDouble Standardじゃない?Hypocrite!)、それを言ってお父さんやお母さん、お姉ちゃんや妹、あとお兄ちゃん(はお父さんの考え方に賛成している)と仲が悪くなってしまうのもいやなのです。

ちなみに。

お姉ちゃんの方は旦那さんの家で大事にしてもらっているそうです。お父さんは旦那さんがコロニー(Scheduled Caste、不可触民の人たちが住んでいる、村の特別地域)でほったて小屋のようなところに住んでいると思っていて、お姉ちゃんがかわいそうだとなげいていますが、彼の家はきちんとコンクリで作っているようなおうちで、豪勢でないにしても、つつましく通常の暮らしをするのに不便はないとお姉ちゃんはCに伝えたそうです。ブラーミンダイエット(Pure vegetarian)で育ったお姉ちゃんのために、旦那さんの家族も肉魚を絶っているそうですよ。

お姉ちゃんと連絡がとれるらしいことはわかったので、いっぺん会いに行くつもりです。



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なんかいろいろ劇的な話をたくさん聞いたのだけど今日も要領オーバーです(ウェブログがじゃなくて私の脳みその話ね。。。)

朝からお腹いっぱい食べさせてもらい、私のお腹も要領オーバーさ。




2012年12月14日金曜日

My Master's Thesis (2) ガイドライン カンナさん

こんばんワニ。


最近、私のバスルームの外で何かが夜中と早朝にピーピー鳴いています。

鳥だと思うんだけど。

バスルームの壁によーーーーーーーーくエコーするのでめちゃくちゃうるさいです。

なぜヒトの就寝時間に元気なんだ?寝てくれ。


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来週の今ごろは飛行機の中。

日本に帰るなんて(ほんの数日だけど)実感がない。

でも周りには毎日ニコニコと帰る旨伝えています。

みんな私がずっと(去年来てから)帰ってないの知ってるので、ちょっとビックリしているようです。

うちに帰ったら、


三匹

2本足で歩く家族と、4本足で歩く家族が待っています。

今年我が家ではおばあちゃん猫ロコが亡くなり、私はまだ遺灰に会っていません。

その一方で、最近我が家に新入りが。

神無月に来たからカンナさん。


それはお兄ちゃんのお皿だよ

うちの妹ちゃんが駐車場で(たぶん捨てられていた)見つけた子です。

病気はないのですが、後ろ足だか骨盤だか損傷していて、足がちょっぴり不自由。

…ということだったのだけど、うちに来てから先輩二匹と運動会をしているそうです。

母も手をかまれたとかで、やんちゃなのかも…

里親さんを探すということで、一時うちで預かると言っていたのですが、どうなったんだろ…。。。

色合いがこんなだからロコが生まれ変わってまたうちに来てくれたのかなと思ってしまったときもあったけど、やっぱりロコは私に夢で会ったあと、おばさんとハッピーに暮らしていると信じています。

だから21日に帰国したら、ロコの遺灰とカンナさんにご対面です。どきどき。



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またすぐ停電しそうなので短くまとめます。

この間私の修士論文についてイントロを書きました。

その際テーマは「ガイドライン・マニュアルの効果について」うんぬんかんぬんと書いてます。


インドでは流水域開発は政府機関かNGOが行っています。

ぶっちゃけ、政府のプロジェクトは水土保全の建造物だけドカドカ作って、そこに住むひとたちの収入向上であるとか、生活向上をめざす「もうひとつの部分」の流水域開発事業をやっていないので、ハッキリ言って効果がうすいです。

予算を使い切るためか、政府機関は現場(公共の土地のみという場合が多い)に入ってエンジニアがちゃちゃっと土地を調べ、「これを作ろう、よしっ」と決め、それを作っておしまい、あとのフォローアップもなし、という感じみたいです。

なので、効果をあげているのはNGOのプロジェクトが多いようです。

とは言え、NGOは自己資金だけで何千万ルピーとかかかる流水域開発事業を行えるわけがありません。なので政府機関から委託されてやったり、海外のドナー(寄付者・支援団体)から資金を得てやっているわけですね。

で、こういう風に誰かのお金でプロジェクトをやる場合、たいてい事業内容は資金元がチェックするもしくは決めちゃっていることが多い。資金元も、NGOにヘタな事業をされてお金をムダにされると困っちゃいますからね。

流水域開発に関しては、ドナー「ガイドライン」「マニュアル」があって、多くのNGOが何らかのガイドライン・マニュアルに沿ったプロジェクトをしています。これは資金元が作っていたり、一般的に多くの団体が使っているもの(たとえば政府が作っているもの)を使用したり、ケースはさまざまです。

で、私が思うのは、このガイドラインであるとかマニュアルによってプロジェクトの効果やインパクトは変わってくるんじゃないかってことなんです。たとえば、政府機関がショボいプロジェクトをしているとする。その機関がじゃぁ今度はNGOに委託しようと決めて、資金をあげるからこーいう手順でやってくださいね、と言ったとする。そしたらそのNGOがやるプロジェクトもショボくなると思いませんか。

ぶっちゃけ、何団体かすでに訪れて「そうでもない」ことは分かってきたんだけど(ガイドラインはあってもプロジェクトの活動内容はけっこう自由に決めていいケースが多いので)、ガイドラインを利用することで起こるいいこと、悪いことが見えてきたので、ちょっと私の研究テーマの方向も(変わっちゃいけないんだけど)変わりつつあります。

ちょっと困っているのが、訪問する5団体のうち4団体は同じガイドライン(NABARD: National Bank for Agriculture and Rural Developmentのガイドライン)を使っているので、分析が偏ってしまうこと。まぁ、もともとこのガイドラインに興味があってはじめた研究なのだけど(CIRHEPが使ってるから)。

でも訪問中に別の団体にちょっと連れて行ってもらったとき、そこは何のガイドラインも使ってなくて、プロジェクトを運営してるおっちゃん(エンジニアでもなーんでもない人)が自分で考えて地図を書いて、雨の日に水の流れを傘さして観察してやってきた、なんてケースもあって。

ますますおもしろい。流水域開発。

としみじみ思うのです。

このテーマでやりますと学科のガイド(私の研究の面倒を見てくれる教授。日本語では何て言うんだっけ。担当教官?)が「これは博士号でやるようなテーマだよ」とあきれられてしまったのですが、今はホントそうかなって思います。インド中の流水域を回って、ガイドラインどうですかって聞いてみたいくらいだもん。1ヶ月じゃ全然足りない。




2012年12月12日水曜日

イケメン車掌さん Falling for a Conductor

こんばんワニ。


昨日Facebookでやたら喜んで書いたイケメン車掌さんの話です。

まぁ、それだけじゃないんだけど。


最近ちょこちょこ書いてますが、今月は修士論文のための調査をしています。というか修士論文を書く大切な学期なのにしっかり普通のクラス(4クラス)もあるので、今月中に全部調査は終わらせて、あとはクラスに専念してねということのようです。だけど5月に入ったらインターンシップもあるようなので、普通の学期でも終わらせられないシラバスを全てカバーできるのかと思います。まぁ、それは私の知ったこっちゃない笑

前回書き始めましたが私は流水域開発のガイドラインの効果について研究をしていて、そのために流水域開発を実際に実践しているNGOにお邪魔させてもらっています。以前インターンをしていたCIRHEPに紹介してもらった3団体と、CIRHEPと、うちの大学を運営しているGandhigram Trustの計5団体。

どこの団体も結果はきちんと出しているのですが、ガイドラインへの考え方だとか、マネジメントの仕方が違うので訪問のたびに「ほ~」と思います。

でも私はCIRHEPにばっかり行っていているせいか、やっぱりCIRHEPの意見に近い見解を持ってしまうなぁと考えています。まぁ悪いことではないと思うんだけど。正直にそう感じるから。

まぁとにかく、12月19日に帰国する(というか帰国「し始める」…日本につくまでに丸2日かかるから)前に調査を全部終わらせなくてはいけないし、なおかつ調査内容をまとめてから出発したいので、ともかく時間がない。そんなわけで各団体2日のみおじゃましています。


最初の団体はGandhigram Trustでキャンパスの隣なのですぐ行けました。

2団体目SpaceはNathamに近いところにあると聞いていたのだけど、まずDindigulでお話を聞いたのでこれもAutoでさくっと行って問題なし。

CIRHEPは目をつぶっても行ける(ウソ)。

で、昨日・今日と行った団体Sakthi TrustはAyyampalayamと言う聞いたこともない場所。Nilakottaiから近いBatlagunduのあたり、と聞いていたのですが、イマイチわからん。


ということで学科のスタッフに相談したところ、Summer Programmeのとき5日間通っていたSempattiまで行ってそこから乗り換えなさいとのこと。1回乗換えならまぁ悪くないか…と思ったのだけど、Summer Programmeのときより早く出かけるべきなのでSummer Programmeのときと同じSepmatti行きのバスじゃ遅すぎる。

というのも、Summer Programmeは朝10時にSempatti集合だったけど、今回NGO訪問に当たって「10時くらいに行きます」と伝えたので、Sempattiより遠いAyyampalayamに行くにはもっと早い時間のバスに乗らなくちゃいけなかったのね。

と、思ったのでスタッフに確認の電話をしようかとも考えたけど、なんだかめんどくさくなって「早起きして出かければいっか」と適当な行動に出る笑

昨日の朝。時間がさっぱりわからないので、とりあえず7時20分くらいに寮を出発。さくさく歩いて7時半には大学の入り口に到着。知っているAutoドライバーのおっちゃんがいたので「Sempattiのバス何時かな」と聞くと「今来るよ、ちょっと待ってな」とのこと。

で、来たのがSempatti経由のBatlagundu行きのバス。「Batlagunduに近いAyyampalayam」に行くんだからこれもしかしてAyyampalayamに直接行くんじゃん?と思ったけどそうはいかず。「Sempattiで乗り換えな」と言われる。

SempattiからAyyampalayamに行くバスが何時に出るかもわからず、10時にホントにつけるんだろうかとちと不安になっていると、車掌さんが前をぶーーーーーーーーんと走っているバスを指差して「あれAyyampalayam行き」と言う。マジですか…。

私の乗っていたのは政府バス(ゆっくりめ)。あちらは企業バス(とばす)。私のバスがSempattiにつくころにはもうはるか彼方に行っちゃってるんじゃないだろうか。と体全体で不安を表現していると、私がAyyampalayamバスに乗りたいことを察知した乗客さんたちが「大丈夫、待っててくれるから」と言ってくる。信じられないけど、信じたい。

で、結局、Sempatti付近の渋滞で前のバスがスローダウンし、私のバスが何とか追いついた!

乗客さんたちに「急いで!」とせかされ、あわててバス乗り換え。


そして衝撃的な出会いがあったんですねー。


バスがすぐ行っちゃうかと思ったので後部入り口(主に男性が使う)から乗ろうかと思ったけど、予想以上にバスに乗り込む人が多かったので前の入り口まで走る。

「Ayyampalayam?」と言うと(こんなにテンパってないときはきちんとタミル語でどこそこ行きますかって聞きますよ)、車掌さんがうなずく。

…ん?

バスに乗り込んでお財布を取り出しながらまた車掌さんを見る。

超かっこいい。

2度見、いや4度見ぐらいしちゃったよね、たぶん。

「いくらですか」と聞くと意味不明な手しぐさをしながら「9ルピー」。

いや、なんかわかんないけどかっこいい。

おそらく彼は20代半ばくらいかと思われますが、よくいるガリガリタイプでなく、中年太りに差しかかっているわけでもなく、程よくがっしり、背もまぁまぁ高め。

んでもって顔!ハッキリ言って、今まで見たタミル人俳優の誰よりも、かっこいい。私の私的な意見ですが、ホントかっこいい。

おでこの赤い印が今朝お祈りしたかお寺に行ったんだなと、なんとなくこれもポイント高し。

ということでちらちら見ていたのだけど、座席に座ったら振り返って見るわけにもいかず、ざーんねん。

ところが、彼は最後にまたポイント高い行動に。

前述の通り、私はAyyampalayamがどんな場所かさーっぱりわかんないので、車掌さんがバス停の名前を言うのを聞いてないといけなかったわけ。でも朝早起きして乗り換えテンパったせいもあり、疲れて半寝状態。やばい…と思いかけたころ、「次がAyyampalayamだよ」とわざわざ伝えてくれた車掌さん。

これ、うちの大学とか自分が知ってるところでも車掌さんや他の乗客の人たちに言ってもらえることなんだけど(みんな基本的にやさしいというかおせっかいというか)、バスが混雑してぎゅうぎゅうなのに私の近くまで来て言ってくれたことに感謝。

で、Ayyampalayamに到着。

明日も絶対このバスに乗ろうと決意。


昨日の調査はまったーりって感じでした。SBIで働いていたというExecutive Director(事務局長みたいな感じですかね)のおっちゃんと朝からコーヒーをすすりつつ、流水域の話から銀行マネジメントの話、ヨガの話までずぅっとながながーと話をし、おいしいランチもごちそうになり(朝ごはんひかえておいてよかった)、流水域開発の現場にもちょこっと連れて行ってもらう。

で、このとき現場に一緒に行ったのが小間使いなのかよくわからないけどちょこちょこ雑用をしつつ現場のことはしっかり頭に入っているおっちゃんと、Exective Directorと、エンジニアの男の子。この子にバイクに乗っけてもらってぼっこぼこの道を通って行きました。

帰り、バス停とオフィスはものすごーく近いのだけど、私がきちんとSempatti行きバスに乗って帰れるようにこの彼がバス停まで連れて行ってくれました。バスが来ないのでおしゃべり。Executive Directorはこの団体ではスタッフのことをきちんと考えて優遇していると言っていたけど実際はどうか知りたかったのでお仕事どう?とマジメに話をしていたんだけど、そのうちタミル映画の話になり、インドで時間通りに来るのは停電だけという話になり、肌が白いとモテる話になり、なごやかー。英語も堪能だし、エンジニアなんてがっつり大学院まで勉強したのかと思ったら、学士までやって地元のために働こうとつい最近この団体で働きはじめたのだそう。若いのにえらいねぇ笑 いい子だなぁと思ってしみじみ見ると、まぁ、彼もなかなかかっこいい。

「明日もオフィスに来る?」と聞いたら「うん、来ますよ」ということで、次の日の楽しみが増える笑


帰りのバス。なんでかわからないけどバスに乗ってくるガキが「ジャパン」「ジャパン」と言っている。小さいコミュニティだと日本人が来てるのがこんなに広まっちゃうのかとげんなり。


昨日の夜。かっこいい車掌さんに出会った旨Facebookでrave笑。


で、今日の朝。張り切って早めに寮を出る。Sempattiに行くBatlagunduバスも早めに到着して、Ayyampalayamバスに乗換えが楽しみになる。

昨日隣に座って「大丈夫よ」と言ってくれた女性がまた隣に座り、おしゃべり。「昨日はあんまり話さなかったけど今日は思い切って話してみたの。毎朝このバスに乗るんだったらタミル語教えるわよ」とやさしい。Batlagunduの近くで教師をしてるそうです。このバスに乗るのは今日が最後なんだけどね…

前方を見るも昨日のバス(うしろにでっかくムルガンだかなんだかの神様の絵が描いてある)は見当たらず。でも先生が「あのバスはこのバスとそんなに離れることはないから平気よ」と言われ安心。

そしてSempatti。やっぱり昨日のバスは見当たらず。でも同じ場所で待つ。

待つ。

待つ。

…行っちゃったんだな泣

昨日は8時過ぎには乗り換えたけど、同じバスは待っても待っても来ない。あきらめてバス停のお兄さんに「次のAyyampalayam行きは何時ですか」と聞く。「8時半」とぶっきらぼうな答え。

思えばこの人、以前にもなんか無愛想な感じで対応されたことがあるんです。夜Nilakottaiから帰ってきたとき、直接大学かChinnalapattiに来るバスがなかなか来なかったのでSempattiまで来て乗り換えることにしたわけ。でもSempattiについてこの人に聞いたら22時まで次のバスは来ないとのこと。たぶん2時間後とかだったんだと思う。で、仕方なくSempattiからAutoで帰ってきたものの、Shared Auto(同じ方向に行く人たちが同乗して料金を割り勘する)だと思ったのに一緒に乗ってきた人が実はドライバーの雇用主だったとかで、彼らは支払いせず、私が全額払うことに。

なーんてことがあったため、もちろんこのお兄さんのせいではないにしろこの人に対するネガティブなイメージがあったんですね。

でも今日は、Ayyampalayam行きのバスが来て停車しているのをきちーんと教えてくれました。

で、バスに乗る。空席なし泣。前方に立っていると、座っているおばちゃんがニコっとわらいかけてくる。そして、隣に座れと2人席なのに私の分まであけてくれる。で、座ると、なにやら「Gandhigram」「勉強してるのよ」などと言っている。なんでこのおばちゃん私のこと知ってんだ…。。。なおかつ、ティーが飲みたいのよと小銭をくれと言ってくる。タミル語がわからないふりをしてやりすごす苦笑

そのうちおばちゃんが降りる。私は通路側の席に座りなおす。

しばらくバスが走っていると、ココナッツが生い茂る場所にさしかかる。あぁ、昨日もこんなとこ通ったっけと思ってぼーっとしていると、座っている人たちが何やら動き出す。なんだろうと思った瞬間、

!!!!!!!!!!!!!!!!

座席から通路にすとーーーーーーーーーーんと落ちた私。

急カーブでした苦笑 他の乗客が私に注目(当たり前)。隣に座っていたおばちゃんが私をひっぱって座席まで戻してくれて、「大丈夫、よしよし」と慰めてくれる。恥ずかしいけど、自分が急カーブで飛ばされたことにショック。ドアなし入り口からおっこちなくてよかった。


と、言うことでイケメン車掌さんには会えず、座席から振り落とされ、さんざんなスタートだった今日。でもまたまったーりとExecutive Directorと話をし、エンジニア君にまた現場に連れて行ってもらい、おいしいランチもいただき、充実した1日でした。

ちなみに、帰りはExecutive DirectorとBatlagungu経由で帰ってきたので位置関係がなんとなくわかりました。

Sempattiでの乗り換えはまたお兄さんに聞こうかと思ったけど別のおっちゃんもいたのでこの人に「Gandhigram行きいつですか」と聞くと「あと5分」。インドの「すぐ」「近い」はとりあえず信用しないと決めているのだけど、5分が30分になるとさすがにへこむ。

とか思っているとお兄さんと目がばっちり合う。半ばにやりなニッコリをするお兄さん。私も「バスが来ないよ」という気持ちをこめて力なくニッコリ。

顔を覚えてもらえば次回のコミュニケーションが楽なので、なんだかんだでこれもよかったかなと思います。














で、車掌さん。

皆さんに写真を撮れと言われたのですが上記の理由でムリでした。

かわりにエンジニア君の写真を。






え?顔が見えない?笑



2012年11月13日火曜日

Happy Deepavali 2012 - INCOMING!

Happy Deepavali 2012!


もうあちこちでDeepavaliについては述べたので割愛。

昨日は午後から大学休校だったので夕方にVeelinayapenpattiに行きました。

昨日の夜から好きなものばっかり食べさせてもらい、
ぐーたらさせてもらい、
なおかつ18時のバスに乗らないとダメなんだってばと
ゴリ押ししてバス停まで送ってもらって
さっき帰ってきました。

あぁ、食った。


たま~や~

この日には花火だの爆竹だの買い込んで深夜0時から打ち上げ始める
(たまにフライングあり)のですが、
これがうるさくって仕方ない。

もともとタミルナドゥにいると
バスでは乗客の好みにかまわずガンガン音楽や映画を流し
映画館に行けばIMAXでもないのに耳をつんざくような音響で、
ぶっちゃけ、
タミルナドゥの人って耳が悪いんじゃないかと思ってしまいます。
もしくは、こんな風に耳を使ってるから騒音マヒになってる。




どれだけうっさいかを証明したくて動画撮ったけどイマイチわかんないね。

でも、ホント、戦場ってこんな感じなんじゃないかと
(ハリウッドや邦画からの知識しかないけど)
思ってしまうのです。

"INCOMINGGGGGGG!!!!!!!!!!!!"

って聞こえそうな。

つくづく自分は凡人でよかったと思うけれど、
過去に会った内戦を経験している人や
インド国内でもInsurgency(反政府軍・テロリストと呼ばれる人たち)が
活動しているような地域出身の人は
こんな爆音をきいたら
紛争に結び付けて考えちゃうんじゃないかと
勝手に心配しています。

小さい地雷なんかはこのくらいの音なんじゃないだろうか、とかね。

まぁでもこれが昼夜かまわず続くのでたーいへーん!

一方でうちのキャンパスは一応爆竹花火の類が禁止になっているので
静かです。うれしい。。。


夜中寝ないで遊びまわってた人

私もお昼ご飯食べたあとバッタリ倒れてました。
夜うるさくて寝られなかったから・・・

そしたらまた寒気がしてまた熱?と言われしょげる。


つっこみどころ満載の枕

これでDeepavaliは3回目。

いつも別々のスウェーデンボランティアの人たちと過ごしているような。

でも3年続けてこの祝日にVeelinayakenpattiにいる自分。

この村に最初に来たときは、
こんなに何度も何度も訪れるようになるなんて考えもしなかった。

今や「ミワはVeelinayakenpatti出身でいいからね」と言われる始末。

来年は、たぶん、ここにいない。

そう思うとちょっとさみしくなるのです。





2012年10月21日日曜日

Gem n Natham ステキな出会い

おはよウナギ。


先日停電が短くなったんだよねと書きましたがその理由がわかりました。

JICA様の話のときにチェンナイは1時間しか停電ないんだよと書いたんですが、
実はそのあとチェンナイの停電時間を2時間に延長することになったのだそう。

この1時間のおかげでタミルナドゥ全域の停電時間がカナーリ短くなる
これでチェンナイでどんだけ電気消費してるかわかりますよね。

全部電気ムダ使いとは言わないけど、
ショッピングモールのACやらライトやら、減らせる消費量もあると思う。


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


タッカーリ!

あいかわらず簡単なものしか作ってなかった私ですが。

この週、木金土とキャンパスでカレッジバザールという催し物がありました。うちの大学の周辺で活動しているSHG(Self-Help Group、自助努力グループ)を招いて彼女たちの売ってる商品を販売促進をするというもの。

MBAの生徒なんだからマーケティングのアドバイスをするといいね!とかって教授に言われてたのに、なぜかうちの学科だけ事前ミーティングに呼ばれず、当日行ってみたら活動に参加するのは主に1年目の生徒だった…ということが判明して、木金授業がなかったのにこのバザールに参加するわけでもなく、Roaming(授業にも参加せずほっつき歩くこと)で過ごしてしまいました。

でも一応バザールに行ったわけ。顧客としてね。

最初話を聞いたときは手づくり製品でも売ってるのかと思ったんだけど、そんなことはなくって、服とかアクセサリーとか、安いでもなく品質がよいわけでもなく、そのへんの路上で売ってそうなものばかり…でも何か買わないと申し訳ない気がして、伸びないヘアゴムとか、激安ネイルポリッシュとか、くだらないけど使うものをこまこま購入。

その際見つけたのがうすっぺらいけど162ものメニューが掲載されているタミル料理の本。一緒にいたKとなかばジョークで購入。通常30ルピーのところ本日10ルピー。

えっ?タミル語ですけど?笑

Kが「私が毎日訳してあげるからさ」と言うので、彼女の花嫁修業もかねて二人で料理宣言笑

まぁ、材料は単語見て調べればわかるけど、調理方法はさっぱりわからないので訳してもらわないとね…。ということで金曜日の午後、他にだーれもいない教室でKにいくつか訳をお願いして、とりあえず金曜の夜何か作ってみることに。

寮のオイシクナイ食事でもまぁキライではなかったトマトライス。簡単に作れるのでこれに挑戦することに。しかしここで問題が。

材料:
米、トマト、玉ねぎ、しょうが、ニンニク、青唐辛子、パッタイ、キランブ

…Kが困っている。

「パッタイとキランブ、英語でなんていうかわかんない」

笑

ということで、大学の入り口にあるお店に二人で行ってパッタイとキランブが何であるか確かめることに。以前にヴェジビリヤーニを作ってもらったときやたら香辛料を入れていたのでそういう類かなと思ったのが当たってました。

パッタイ = シナモン
キランブ = クローブ

このへんではシナモン、クローブ、アニス、ベイリーフなどが少しずつ入った袋で購入できます。わざわざ個別で買わなくていいし、ビリヤニとかご飯系の香辛料がまとめて買えるから便利。特に私なんかひとり分しか作らないから、いっぱい買ってもムダになるだけだしね。

うちの妹ちゃんはシナモン嫌いなので、食べてもらえないと思うけど。。。

作り方:超簡単!

圧力鍋(フツーのお鍋でもOK)に油を熱し、ペースト状にしたしょうがとニンニク、切った青唐辛子(赤でもOK)、玉ねぎを炒める。なじんだら小さく切ったトマトを加え炒める。パッタイとキランブもそのへんで投入(適当)。水を入れて、お米を入れて、塩を加えて、炊く。おしまい!

私の場合は冷やご飯があったのでチャーハン状にしました。あと、食感が好きなのでマスタードシード(写真の黒いつぶつぶ)とPottu Kadalai(写真の黄色いつぶ)を投入してます。

んー、味は悪くないんだけどトマト少なかった!なんか貧相なトマトライスになっちゃった…。ホントはもっとキレイな赤になるはずです笑



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さて。昨日はNathamに行ってきました。

授業受けてるM&E(開発事業モニタリング評価)のクラス。セオリー部分が終了したので実際に事業のモニタリングか評価してくださいという課題。

これですね。私がインドにいる理由。たとえば日本で同じようなセオリーを勉強しても、じゃぁ今週末評価にいってきまーす、とはいかないじゃないですか。実地研修が大学を一歩出たところで可能になる、これがこの国で開発を勉強する強みなんです。

とはいえ、タミル語が話せない私はそこらへんに行ってちょっと勉強させてくださいというわけにもいかない。と、言うことで、以前にお世話になっていた東京の団体が友人Vの団体とNathamでやっていた事業を評価させてもらうことにしました。

私も日本の団体で働いていたわけだし、Nathamには思い入れがあるので主観的になりがち。でも客観的な「外部評価」の要素を取り入れたかったので、Veelinayakenpattiの友人S(現在NilakottaiのNGOスタッフ)に通訳をお願いしました。

まぁ、評価の内容はまだまとめてないので差し控えますが、久しぶりにNatham行ってなんか楽しかった。団体のオフィスも私が最初に行ったとき(日本から学生さんやらを連れていったとき)とは変わっていたけど、なんとなくゆる~い生活のリズムが流れているNathamは大好き。ホームステイも一番楽しかったんだよね。ちと時間なくてホームステイ先のBのおうちには行けなかったので、また今度。


ステキ笑顔S

評価が終わってNathamの街を歩いているとお寺が見える。あーあんなとこにお寺があるよとSと話していると地元の人が「別に有名なお寺があるよ」と教えてくれる。

SがNathamに来るのは初めてだったし、私も何度か行ってるのに聞いたことないお寺だったので行ってみることに。


お寺の中から撮った

Kailasanathar Swamy TempleはNatham Kovilpattiという村にあるお寺。外から見たとき村のものにしてはサイズが大きいなと思ったけど、中がものすごくステキなお寺だったのです。

えーーーーーーー!こんなとこいっぺんも連れてきてくれなかったじゃん!と思ったくらい。


壁画

お寺の回廊の中にびっしりと描かれた何かのストーリー。タイトルだけタミル語で書いてあるのでSにも何かわからなかったのだけど。


女神様?

ヴァージンストーン

7つ並んでいるこの石、「処女の女神様」なんだそう。なかなかいいお相手にめぐりあえない女性はこの神様に祈るんだって。

Sのお姉ちゃんが最初、次が私で、最後にSね、と祈っておきました。←半ば必死。


クリスマス?

なんでこんなきれいなお寺にクリスマスライトのようなものをひっかけてるんだ!と罵倒したくなりますが、僧侶のオジさんがしぐさで「写真撮っていって」と言っているのがなんかカワイかったので許す笑


ぐるぐる

この脇のコーナーにあるいくつもの像。この周りを信者の人たちがぐるぐるお祈りしながら回っていました。


キレイ

柱にほどこされた彫刻。こういうの、すっごく大好きです<3

できたばかりのときはもっとハッキリしてたんだろうなーと想像するだけでも楽しい。


シヴァシヴァ

ご本尊(っていうんだろうか)はシヴァ神のようです。ナンディもいるしね。このお寺の特徴として、他の神様の前にもナンディが座っているというのが挙げられるそうです。なんでだろね。

10世紀とか11世紀に作られたというこのお寺。メンテがなってなくて残念という記事を読みましたが、私はこの古ーくて、素朴な感じが好きです。


さて、評価まとめしますかね。




2012年10月14日日曜日

Rice, Dress, Dosai マドゥライでお買い物

こんばんワニ。

IIPMにて

今日高校時代からの友人が結婚式をあげました。
Y、おめでとう<3

行けなくて大変申し訳ないので
さっき電話してみたら
なんだかいつもよりトーンが高くて
ちょっと疲れているようだったけど
幸せそうな声を聞けてよかった。


あ、
Facebookでも告知しているので
うっさい、もうわかったよ
と言われるかもしれないけれど
先日、年末年始帰国時の電車チケとりました。

ヒコーキも確保してるし
あとは帰るだけー!


この帰国時には2件結婚式の予定が入ってます。

幸せたくさんもらって帰ってこよう。


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


ということで
気持ちは年末年始、お正月に気が向いているのだけど
その前にこちらでもメジャーな祝日があるわけで。

今月は、先日の祝日だけど平日なガンディ誕生日の他に

Ayutha Pooja(23日)
Vijaya Dasami(24日)
Bakrid(27日)

があります。

この週は
月曜平日
火・水曜祝日
木・金曜平日
土日休み
という超ツイてない並びなので、とびとびでそんなに休みもないのだけど
この23-24(火・水曜)を利用してまたKeralaに行くつもりです。

寮に最近まで住んでいた子が
家に来い来いとしつこくてね。

いっときなんか「他の子も来るから」と誘われて
じゃぁと思ったけど私は結局都合がつかなくて
でも実は誰も行かなかったのが判明したり(!)

そんなこんなで
行くって言ったことないはずなのに
「両親が待ってる」とまで言われると
めんどくさいけど行かないと悪いかなと思って
行くことにしたわけ。

でもま、祝日をいつもと違うところで過ごすのも悪くないでしょう。

ちなみにこのAyutha PoojaとVijaya Dasamiは
今年はちゃんと聞いてこようと思います。。。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



さて。

しばらく「こっちの実家」Nilakottai/Veelinayakenpattiに
行っていなかった私ですが
Cんちでゆっくりしようと思い立ち
今朝寮をあとにしました。

最近Cに電話すると
Akshayaがミワと話したいと言うらしく
電話の向こうで
「おうちに来てねー」とか
「私いい子にしてるよー」とか
言ってくるので
(まぁ、大人の言うことをそのままマネてるだけなのだけど)
会いに行こうかなとか思うわけですよ。

(ちなみに、
どこへ出かけるにもわざわざ学科長のサインつき許可が必要な私ですが
最近はちょっとこのルールがゆるくなり、
学科長に会えなかったら
寮母手下に話せばOK、になってきました)


でもいざNilakottaiについてみたら
今日Maduraiに行くよ!
と言われました。
えぇ。

Cの属するNGOでは10月当たりから6ヶ月間
スウェーデンからボランティアが滞在するプログラムがあり、
今度の日曜21日に今年のボランティアが到着するので
それまでに食料調達をしたいとのこと。

このスウェーデンボランティアたち、
毎年いろんな顔ぶれで
見ていておもしろいので
今年はどんな人が来るのかなと
まるで地元の人間のような感覚でいます…

おかげで、前は
スウェーデン=IKEA=ミートボール
くらいのイメージでしたが
今はそんなことないです笑

何でもマドゥライには
卸売りなんだけど一般の人も購入OKみたいなお店があり
お米やマメ類など日持ちのするものは
ここでまとめて購入して送ってもらうのが効率がいいそうで。

まっ、行ってみたら
米の種類が多いだけのフツーのお店だったんだけどね…

最近授業のときに
米は粒が小さい方が品質がいい
と聞いて
なんでよ…と思ったのね。

あとでクラスメイトに聞いたところによると、
粒が小さい=精米きちんとやってる
ということだかららしい。
もちろん種類によって大きさが違うってのもあるんだけどね。

昨日大学の入り口の小さなお米専門店で
はじめてお米を5キロ買ってえっさえっさと運んでいったのに(徒歩)
今日のお店にもたくさん種類があって
あぁここで買えばよかったと思った。。。

いろんな種類のお米があって
1キロ30ルピーくらいのものから60ルピー台のものまで値段はピンキリ。
日本と一緒だね。

政府の政策で1キロ1ルピーで売っている米なんてのは
すっごく質が悪いそうなのだけど。

いろいろなお米を観察すると
確かに高いものは粒がちっちゃい。

かじってみると違いがわかるよと言われて口に数粒入れてみる。
これも、言われてみれば高いものの方がほろっと崩れる気がする。

ビリヤーニなんかに使われる
インドの高級アロマ米バスマティもありました。
まぁ、生じゃ香りもないけれど。

米。奥が深い。


米と別にスウェーデンの人たちが非インド料理を食べたくなったときのために
オートミールやコーンフレークも購入しました。

で、マカロニを手にとってなんだか熱く議論しているので
どうしたのと思ったら
「これは何?パスタ?マカロニ?」
ときかれる。

マカロニはパスタの仲間だよと思ったけど
説明するのがめんどくさいので
うん、パスタ。とだけ言っておきました。
(結局購入せず)



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




この食料調達と合わせて
どうしても今日行こうと言われたのが
私の服購入。

ここで述べたように、Deepavali(Diwali)というお祭りの際には
みんな新しい服を買うという習慣があるんですね。

Diwaliは収穫祭のようなものですが
今年は雨がぜーんぜん降らず
太陽の神様に祈るより
雨乞いしたほうがよっぽどいいんじゃね?
と思うのでDiwaliどころじゃないと個人的には思っているのだけど。

今年も結局、事前に買ってもらうことになった。。。

どこのお店に行く?PothysそれともHajeemoosa?
と言われたけどマドゥライで服を買うのであれば
やっぱりVishaal De Mallかなと思って
ちと食料調達の場所からは距離があったけどお願いすることに。

もしかしたらNilakottaiの人たちはまだVishaal知らないかなと思ってたけど、
Autoのドライバーもまだよくわかってないらしく、
行き先伝えたら場所は知っているんだけど
到着したら
「これがVishaal MAHALですよ」
と言っていて笑えた。

MahalというのはTaj Mahalという使い方をすればウルドゥ語でお城って意味ですが
このへんでは結婚式なんかをするイベント会場のことを指すので
なんでミワはMahalに行きたいのかしらと
Nilakottai組には思われたらしい苦笑。


お買い物のあと
Meenakshi Templeのすぐ近く、
私もよく知っているエリアでご飯。

ティーを飲む人でごったがえしているお店。
ドーサ(お米で作るクレープ)の種類がいっぱーい。
野菜が入ってたり
生地がお米じゃなくて雑穀だったり。

とりあえずここの特別料理だろうと思って
スペシャルドーサくださいと頼むと
超でっかいドーサ登場。

折りたためばどうってことないと言われたけど
お腹にガツンときますね。。。

あぁ、おなかいっぱい。


え?写真?笑