2012年12月16日日曜日

My Master's Thesis (3) 水と土の保全って

こんにちワン。


今、ケララとの州境のTheni県というところに来ています。

私が住んでいるのはDindigulに行政オフィスをかまえたDindigul県。このDindigulは南側でMadurai県(東側)とTheni県に接していて、このTheniはタミルナドゥ州の西側の州境に面しているわけですね、って言ってもわかんないと思うのでこのへん参照してください。

友人には何人かここの出身の子がいるけれど、この滞在の理由はもちろん彼女たちに会いに来ているわけではなくて、論文のデータ集めでございます。

最後のNGO訪問はここTheni県で活動しているVIDIYALという団体。流水域開発のプロジェクトはひと段落して、今は農民や女性たちに市場の情報や家畜の飼育についての情報を携帯電話のSMSとヴォイスメッセージで送るなんて画期的なことをしているNGOです。

団体を統括してる人が「土日なら時間がとれるから」とヨガのテストを受けずに(実はこの金土日テストだったんですよね~…いい加減このクラスバカバカしくなってきたのでもう土日のテストは受けないことにしました。)ここに来たのだけど、やっぱり彼が忙しくて昨日はお客様の訪問の前にお話をさせてもらい、今日はマドゥライでお仕事があるというのにその移動の前に私のホテルに来てもらって、なんとかデータ収集をしました。

昨日はまたバスの時間がよくわからなかったので4時起き5時出発。

というのも、学科の教授がいろんなスタッフに聞き回って「5時半に大学からバスにのってSempattiに行き、そこからTheniのBodi行きに乗り換えなさい」と言ったから。朝早いし荷物もあるからバス停まではAutoで行くにしても、ドライバーが遅れる可能性もあるのでちと早め5時出発でいいかなと思ったのです。BodiというのはTheni県の町で、ここからまたバスに乗って15キロのところにNGOのオフィスはあります。

なんだけど…。

前日ChinnalapattiのCeylon Bakeryで「Bodi行きのバスってここも通るんですかね」と言ったら「5時半に通るよ、たぶん」と言われ、Chinnalapattiに5時半に行けばいいかと思ったら

Autoドライバーは「こんな時間にChinnalapattiにバスは来ないよ。DindigulからたくさんTheni方面のバス出てるからそっちから行きなさい」と言われChinnalapattiからDindigul行きに乗ろうかと思ったら

Chinnalapattiでおっちゃんと話したドライバーが「Sempatti行きのバスがすぐ来るからSempattiまで行ってBodi行きに乗り換えなさい」と言ってきたので

えぇ、結局当初のプラン?と思いつつ5時半のバスでSempattiへ。

Sempattiには6時過ぎくらいについちゃったのだけど、Bodi行きがなーんと6時50分まで来なかった…。スナック売りのお兄ちゃんには「5分で来る」と言われ、Sempattiバス停のおっちゃんには「Six fifXXX」と言われ、Six fifTEENであってほしかったけど案の定Six fifTYだったのです泣。寒くって、鳥肌立ちっぱなしで待つのは辛かった。。。

まぁ、ともかく、

大学→Chinnalapatti→Sempatti→Bodi→Rashigapuram→オフィスという4時間半くらいの旅を終え、なんとかVIDIYALにたどりついたわけです。

ディレクターとはなかなか時間がとれなかったけど、午後は現場に連れて行ってもらいました。

「この山の向こうはケララだよ」と言われ、山の頂上に立った5つの風力発電風車をへぇ~と眺めつつ、今日も草むらをかきわけ、坂道をサンダルで昇り降りしつつ、いろんな建造物を見せてもらいました。

帰り。スタッフ氏がBodiにお住まいということで「ティーだけちょっと」とおうちに招かれました。「今息子が働き出したばっかりで、収入は私ひとりが稼いでいるようなもの。家もちっちゃくて」と彼は言うのだけど、私はしょっちゅう村に行っているので、彼のおうちは立派だし、親戚も近くに住んでて安心だなって思ってしまいました。

案の定「ティーだけちょっと」で済むわけがなく、親戚のおうちに行き、2杯目のティーをスタッフ氏のおうちでいただき、スナックを食べ、近所のガキと話をし、停電のジョークをかまし、あぁあぁこんな時間になっちゃったよと思いつつ、今日(日曜)お魚料理するからランチを食べに来てというのを丁重にお断りし、Theniの中心であるTheni(市?町?)のホテルについたのは日もどっぷり暮れたころでした。

でもこういう予想だにしなかった出会いがあるのは本当にありがたいことです。

いやでも最近、どこのNGOに行っても博士号過程だと思われる。修士号ですと言うとビックリされる。どんなに活動的にいろんな場所にやっぱ年(見た目)には勝てないのね~。残念。


死体を隠すところではないです

と、ここからが本題なんだけどホテルでぐーたらしてないで今日はまたNilakottaiに行くので(さっき最後のNGO訪問って書いたけどもう一度CIRHEPに行くのです)ぱぱっとまとめます。

水と土の保全をどーやるかということ。

この間書いたのはチェックダム。

この写真はWATというもの。Water Absorption Trenchの略です。ただ穴を掘ってるだけ。

すくなーい降水量であるにも関わらず短期間でばばっと降ってしまう、それが干ばつ地帯によくある「雨季」(というほど降らないけど)の天気のパターン。この前も書いたけど、こういった激しい雨が降ると、雨水が栄養分のある表土を流して、どんどん丘を下り、谷まで達してしまう。丘に近いところは水も、表土も失ってしまう。

流水域開発でチェックダムやらWATやらを作るのはこの水と土を土地に残して豊かな土地を作り上げる(もしくは取り戻す)というのが目的。

このWATは、とってもシンプルな作りだけど、もし雨水がどばーっと降ってきてもこの中に水をためることができる。その際に流れてくる表土もここに残せる。あふれた水や土は下流部に流れていく。

水と表土がこの中にたまるから、この穴の中だけ青々とした草がはえているってことがあります。それが数年すると、穴の周辺にも変化が現れるんです。

この、たまった雨水は地下に浸透していって、地下水となる。そうすると、カラッカラだった土地にも地下水が戻ってくるんですね。

こうした建造物を作ることで、たとえば6~8年前には500フィート(152メートル)掘らないと水が出なかったのに、今は250フィート(76メートル)地点に地下水がある、というような変化が現れるわけ。すごいでしょ?

水がなかったらどんどん土地を掘って、ふかーいところにある水を搾取する。そうじゃなくて降ってくる水を土地に残そう、流れちゃう表土を土地に残そう、それが流水域の水土保全のキホン、なんですね。(と、私は思っている笑)



2012年12月14日金曜日

My Master's Thesis (2) ガイドライン カンナさん

こんばんワニ。


最近、私のバスルームの外で何かが夜中と早朝にピーピー鳴いています。

鳥だと思うんだけど。

バスルームの壁によーーーーーーーーくエコーするのでめちゃくちゃうるさいです。

なぜヒトの就寝時間に元気なんだ?寝てくれ。


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来週の今ごろは飛行機の中。

日本に帰るなんて(ほんの数日だけど)実感がない。

でも周りには毎日ニコニコと帰る旨伝えています。

みんな私がずっと(去年来てから)帰ってないの知ってるので、ちょっとビックリしているようです。

うちに帰ったら、


三匹

2本足で歩く家族と、4本足で歩く家族が待っています。

今年我が家ではおばあちゃん猫ロコが亡くなり、私はまだ遺灰に会っていません。

その一方で、最近我が家に新入りが。

神無月に来たからカンナさん。


それはお兄ちゃんのお皿だよ

うちの妹ちゃんが駐車場で(たぶん捨てられていた)見つけた子です。

病気はないのですが、後ろ足だか骨盤だか損傷していて、足がちょっぴり不自由。

…ということだったのだけど、うちに来てから先輩二匹と運動会をしているそうです。

母も手をかまれたとかで、やんちゃなのかも…

里親さんを探すということで、一時うちで預かると言っていたのですが、どうなったんだろ…。。。

色合いがこんなだからロコが生まれ変わってまたうちに来てくれたのかなと思ってしまったときもあったけど、やっぱりロコは私に夢で会ったあと、おばさんとハッピーに暮らしていると信じています。

だから21日に帰国したら、ロコの遺灰とカンナさんにご対面です。どきどき。



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またすぐ停電しそうなので短くまとめます。

この間私の修士論文についてイントロを書きました。

その際テーマは「ガイドライン・マニュアルの効果について」うんぬんかんぬんと書いてます。


インドでは流水域開発は政府機関かNGOが行っています。

ぶっちゃけ、政府のプロジェクトは水土保全の建造物だけドカドカ作って、そこに住むひとたちの収入向上であるとか、生活向上をめざす「もうひとつの部分」の流水域開発事業をやっていないので、ハッキリ言って効果がうすいです。

予算を使い切るためか、政府機関は現場(公共の土地のみという場合が多い)に入ってエンジニアがちゃちゃっと土地を調べ、「これを作ろう、よしっ」と決め、それを作っておしまい、あとのフォローアップもなし、という感じみたいです。

なので、効果をあげているのはNGOのプロジェクトが多いようです。

とは言え、NGOは自己資金だけで何千万ルピーとかかかる流水域開発事業を行えるわけがありません。なので政府機関から委託されてやったり、海外のドナー(寄付者・支援団体)から資金を得てやっているわけですね。

で、こういう風に誰かのお金でプロジェクトをやる場合、たいてい事業内容は資金元がチェックするもしくは決めちゃっていることが多い。資金元も、NGOにヘタな事業をされてお金をムダにされると困っちゃいますからね。

流水域開発に関しては、ドナー「ガイドライン」「マニュアル」があって、多くのNGOが何らかのガイドライン・マニュアルに沿ったプロジェクトをしています。これは資金元が作っていたり、一般的に多くの団体が使っているもの(たとえば政府が作っているもの)を使用したり、ケースはさまざまです。

で、私が思うのは、このガイドラインであるとかマニュアルによってプロジェクトの効果やインパクトは変わってくるんじゃないかってことなんです。たとえば、政府機関がショボいプロジェクトをしているとする。その機関がじゃぁ今度はNGOに委託しようと決めて、資金をあげるからこーいう手順でやってくださいね、と言ったとする。そしたらそのNGOがやるプロジェクトもショボくなると思いませんか。

ぶっちゃけ、何団体かすでに訪れて「そうでもない」ことは分かってきたんだけど(ガイドラインはあってもプロジェクトの活動内容はけっこう自由に決めていいケースが多いので)、ガイドラインを利用することで起こるいいこと、悪いことが見えてきたので、ちょっと私の研究テーマの方向も(変わっちゃいけないんだけど)変わりつつあります。

ちょっと困っているのが、訪問する5団体のうち4団体は同じガイドライン(NABARD: National Bank for Agriculture and Rural Developmentのガイドライン)を使っているので、分析が偏ってしまうこと。まぁ、もともとこのガイドラインに興味があってはじめた研究なのだけど(CIRHEPが使ってるから)。

でも訪問中に別の団体にちょっと連れて行ってもらったとき、そこは何のガイドラインも使ってなくて、プロジェクトを運営してるおっちゃん(エンジニアでもなーんでもない人)が自分で考えて地図を書いて、雨の日に水の流れを傘さして観察してやってきた、なんてケースもあって。

ますますおもしろい。流水域開発。

としみじみ思うのです。

このテーマでやりますと学科のガイド(私の研究の面倒を見てくれる教授。日本語では何て言うんだっけ。担当教官?)が「これは博士号でやるようなテーマだよ」とあきれられてしまったのですが、今はホントそうかなって思います。インド中の流水域を回って、ガイドラインどうですかって聞いてみたいくらいだもん。1ヶ月じゃ全然足りない。




2012年12月12日水曜日

イケメン車掌さん Falling for a Conductor

こんばんワニ。


昨日Facebookでやたら喜んで書いたイケメン車掌さんの話です。

まぁ、それだけじゃないんだけど。


最近ちょこちょこ書いてますが、今月は修士論文のための調査をしています。というか修士論文を書く大切な学期なのにしっかり普通のクラス(4クラス)もあるので、今月中に全部調査は終わらせて、あとはクラスに専念してねということのようです。だけど5月に入ったらインターンシップもあるようなので、普通の学期でも終わらせられないシラバスを全てカバーできるのかと思います。まぁ、それは私の知ったこっちゃない笑

前回書き始めましたが私は流水域開発のガイドラインの効果について研究をしていて、そのために流水域開発を実際に実践しているNGOにお邪魔させてもらっています。以前インターンをしていたCIRHEPに紹介してもらった3団体と、CIRHEPと、うちの大学を運営しているGandhigram Trustの計5団体。

どこの団体も結果はきちんと出しているのですが、ガイドラインへの考え方だとか、マネジメントの仕方が違うので訪問のたびに「ほ~」と思います。

でも私はCIRHEPにばっかり行っていているせいか、やっぱりCIRHEPの意見に近い見解を持ってしまうなぁと考えています。まぁ悪いことではないと思うんだけど。正直にそう感じるから。

まぁとにかく、12月19日に帰国する(というか帰国「し始める」…日本につくまでに丸2日かかるから)前に調査を全部終わらせなくてはいけないし、なおかつ調査内容をまとめてから出発したいので、ともかく時間がない。そんなわけで各団体2日のみおじゃましています。


最初の団体はGandhigram Trustでキャンパスの隣なのですぐ行けました。

2団体目SpaceはNathamに近いところにあると聞いていたのだけど、まずDindigulでお話を聞いたのでこれもAutoでさくっと行って問題なし。

CIRHEPは目をつぶっても行ける(ウソ)。

で、昨日・今日と行った団体Sakthi TrustはAyyampalayamと言う聞いたこともない場所。Nilakottaiから近いBatlagunduのあたり、と聞いていたのですが、イマイチわからん。


ということで学科のスタッフに相談したところ、Summer Programmeのとき5日間通っていたSempattiまで行ってそこから乗り換えなさいとのこと。1回乗換えならまぁ悪くないか…と思ったのだけど、Summer Programmeのときより早く出かけるべきなのでSummer Programmeのときと同じSepmatti行きのバスじゃ遅すぎる。

というのも、Summer Programmeは朝10時にSempatti集合だったけど、今回NGO訪問に当たって「10時くらいに行きます」と伝えたので、Sempattiより遠いAyyampalayamに行くにはもっと早い時間のバスに乗らなくちゃいけなかったのね。

と、思ったのでスタッフに確認の電話をしようかとも考えたけど、なんだかめんどくさくなって「早起きして出かければいっか」と適当な行動に出る笑

昨日の朝。時間がさっぱりわからないので、とりあえず7時20分くらいに寮を出発。さくさく歩いて7時半には大学の入り口に到着。知っているAutoドライバーのおっちゃんがいたので「Sempattiのバス何時かな」と聞くと「今来るよ、ちょっと待ってな」とのこと。

で、来たのがSempatti経由のBatlagundu行きのバス。「Batlagunduに近いAyyampalayam」に行くんだからこれもしかしてAyyampalayamに直接行くんじゃん?と思ったけどそうはいかず。「Sempattiで乗り換えな」と言われる。

SempattiからAyyampalayamに行くバスが何時に出るかもわからず、10時にホントにつけるんだろうかとちと不安になっていると、車掌さんが前をぶーーーーーーーーんと走っているバスを指差して「あれAyyampalayam行き」と言う。マジですか…。

私の乗っていたのは政府バス(ゆっくりめ)。あちらは企業バス(とばす)。私のバスがSempattiにつくころにはもうはるか彼方に行っちゃってるんじゃないだろうか。と体全体で不安を表現していると、私がAyyampalayamバスに乗りたいことを察知した乗客さんたちが「大丈夫、待っててくれるから」と言ってくる。信じられないけど、信じたい。

で、結局、Sempatti付近の渋滞で前のバスがスローダウンし、私のバスが何とか追いついた!

乗客さんたちに「急いで!」とせかされ、あわててバス乗り換え。


そして衝撃的な出会いがあったんですねー。


バスがすぐ行っちゃうかと思ったので後部入り口(主に男性が使う)から乗ろうかと思ったけど、予想以上にバスに乗り込む人が多かったので前の入り口まで走る。

「Ayyampalayam?」と言うと(こんなにテンパってないときはきちんとタミル語でどこそこ行きますかって聞きますよ)、車掌さんがうなずく。

…ん?

バスに乗り込んでお財布を取り出しながらまた車掌さんを見る。

超かっこいい。

2度見、いや4度見ぐらいしちゃったよね、たぶん。

「いくらですか」と聞くと意味不明な手しぐさをしながら「9ルピー」。

いや、なんかわかんないけどかっこいい。

おそらく彼は20代半ばくらいかと思われますが、よくいるガリガリタイプでなく、中年太りに差しかかっているわけでもなく、程よくがっしり、背もまぁまぁ高め。

んでもって顔!ハッキリ言って、今まで見たタミル人俳優の誰よりも、かっこいい。私の私的な意見ですが、ホントかっこいい。

おでこの赤い印が今朝お祈りしたかお寺に行ったんだなと、なんとなくこれもポイント高し。

ということでちらちら見ていたのだけど、座席に座ったら振り返って見るわけにもいかず、ざーんねん。

ところが、彼は最後にまたポイント高い行動に。

前述の通り、私はAyyampalayamがどんな場所かさーっぱりわかんないので、車掌さんがバス停の名前を言うのを聞いてないといけなかったわけ。でも朝早起きして乗り換えテンパったせいもあり、疲れて半寝状態。やばい…と思いかけたころ、「次がAyyampalayamだよ」とわざわざ伝えてくれた車掌さん。

これ、うちの大学とか自分が知ってるところでも車掌さんや他の乗客の人たちに言ってもらえることなんだけど(みんな基本的にやさしいというかおせっかいというか)、バスが混雑してぎゅうぎゅうなのに私の近くまで来て言ってくれたことに感謝。

で、Ayyampalayamに到着。

明日も絶対このバスに乗ろうと決意。


昨日の調査はまったーりって感じでした。SBIで働いていたというExecutive Director(事務局長みたいな感じですかね)のおっちゃんと朝からコーヒーをすすりつつ、流水域の話から銀行マネジメントの話、ヨガの話までずぅっとながながーと話をし、おいしいランチもごちそうになり(朝ごはんひかえておいてよかった)、流水域開発の現場にもちょこっと連れて行ってもらう。

で、このとき現場に一緒に行ったのが小間使いなのかよくわからないけどちょこちょこ雑用をしつつ現場のことはしっかり頭に入っているおっちゃんと、Exective Directorと、エンジニアの男の子。この子にバイクに乗っけてもらってぼっこぼこの道を通って行きました。

帰り、バス停とオフィスはものすごーく近いのだけど、私がきちんとSempatti行きバスに乗って帰れるようにこの彼がバス停まで連れて行ってくれました。バスが来ないのでおしゃべり。Executive Directorはこの団体ではスタッフのことをきちんと考えて優遇していると言っていたけど実際はどうか知りたかったのでお仕事どう?とマジメに話をしていたんだけど、そのうちタミル映画の話になり、インドで時間通りに来るのは停電だけという話になり、肌が白いとモテる話になり、なごやかー。英語も堪能だし、エンジニアなんてがっつり大学院まで勉強したのかと思ったら、学士までやって地元のために働こうとつい最近この団体で働きはじめたのだそう。若いのにえらいねぇ笑 いい子だなぁと思ってしみじみ見ると、まぁ、彼もなかなかかっこいい。

「明日もオフィスに来る?」と聞いたら「うん、来ますよ」ということで、次の日の楽しみが増える笑


帰りのバス。なんでかわからないけどバスに乗ってくるガキが「ジャパン」「ジャパン」と言っている。小さいコミュニティだと日本人が来てるのがこんなに広まっちゃうのかとげんなり。


昨日の夜。かっこいい車掌さんに出会った旨Facebookでrave笑。


で、今日の朝。張り切って早めに寮を出る。Sempattiに行くBatlagunduバスも早めに到着して、Ayyampalayamバスに乗換えが楽しみになる。

昨日隣に座って「大丈夫よ」と言ってくれた女性がまた隣に座り、おしゃべり。「昨日はあんまり話さなかったけど今日は思い切って話してみたの。毎朝このバスに乗るんだったらタミル語教えるわよ」とやさしい。Batlagunduの近くで教師をしてるそうです。このバスに乗るのは今日が最後なんだけどね…

前方を見るも昨日のバス(うしろにでっかくムルガンだかなんだかの神様の絵が描いてある)は見当たらず。でも先生が「あのバスはこのバスとそんなに離れることはないから平気よ」と言われ安心。

そしてSempatti。やっぱり昨日のバスは見当たらず。でも同じ場所で待つ。

待つ。

待つ。

…行っちゃったんだな泣

昨日は8時過ぎには乗り換えたけど、同じバスは待っても待っても来ない。あきらめてバス停のお兄さんに「次のAyyampalayam行きは何時ですか」と聞く。「8時半」とぶっきらぼうな答え。

思えばこの人、以前にもなんか無愛想な感じで対応されたことがあるんです。夜Nilakottaiから帰ってきたとき、直接大学かChinnalapattiに来るバスがなかなか来なかったのでSempattiまで来て乗り換えることにしたわけ。でもSempattiについてこの人に聞いたら22時まで次のバスは来ないとのこと。たぶん2時間後とかだったんだと思う。で、仕方なくSempattiからAutoで帰ってきたものの、Shared Auto(同じ方向に行く人たちが同乗して料金を割り勘する)だと思ったのに一緒に乗ってきた人が実はドライバーの雇用主だったとかで、彼らは支払いせず、私が全額払うことに。

なーんてことがあったため、もちろんこのお兄さんのせいではないにしろこの人に対するネガティブなイメージがあったんですね。

でも今日は、Ayyampalayam行きのバスが来て停車しているのをきちーんと教えてくれました。

で、バスに乗る。空席なし泣。前方に立っていると、座っているおばちゃんがニコっとわらいかけてくる。そして、隣に座れと2人席なのに私の分まであけてくれる。で、座ると、なにやら「Gandhigram」「勉強してるのよ」などと言っている。なんでこのおばちゃん私のこと知ってんだ…。。。なおかつ、ティーが飲みたいのよと小銭をくれと言ってくる。タミル語がわからないふりをしてやりすごす苦笑

そのうちおばちゃんが降りる。私は通路側の席に座りなおす。

しばらくバスが走っていると、ココナッツが生い茂る場所にさしかかる。あぁ、昨日もこんなとこ通ったっけと思ってぼーっとしていると、座っている人たちが何やら動き出す。なんだろうと思った瞬間、

!!!!!!!!!!!!!!!!

座席から通路にすとーーーーーーーーーーんと落ちた私。

急カーブでした苦笑 他の乗客が私に注目(当たり前)。隣に座っていたおばちゃんが私をひっぱって座席まで戻してくれて、「大丈夫、よしよし」と慰めてくれる。恥ずかしいけど、自分が急カーブで飛ばされたことにショック。ドアなし入り口からおっこちなくてよかった。


と、言うことでイケメン車掌さんには会えず、座席から振り落とされ、さんざんなスタートだった今日。でもまたまったーりとExecutive Directorと話をし、エンジニア君にまた現場に連れて行ってもらい、おいしいランチもいただき、充実した1日でした。

ちなみに、帰りはExecutive DirectorとBatlagungu経由で帰ってきたので位置関係がなんとなくわかりました。

Sempattiでの乗り換えはまたお兄さんに聞こうかと思ったけど別のおっちゃんもいたのでこの人に「Gandhigram行きいつですか」と聞くと「あと5分」。インドの「すぐ」「近い」はとりあえず信用しないと決めているのだけど、5分が30分になるとさすがにへこむ。

とか思っているとお兄さんと目がばっちり合う。半ばにやりなニッコリをするお兄さん。私も「バスが来ないよ」という気持ちをこめて力なくニッコリ。

顔を覚えてもらえば次回のコミュニケーションが楽なので、なんだかんだでこれもよかったかなと思います。














で、車掌さん。

皆さんに写真を撮れと言われたのですが上記の理由でムリでした。

かわりにエンジニア君の写真を。






え?顔が見えない?笑



2012年12月9日日曜日

My Master's Thesis (1) 私と流水域開発

こんばんワニ。


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うちの寮の1階には、うちの大学で働いている人たちなどの子どもを預かる保育所があります。

いつもぶつくさ書いてますが私は子どもが苦手なので、よりによって保育所のある場所に住んでるなんてといつもしょげています。

で、これもいつも書いていることですが、子どもが苦手なのは子どものせいじゃなくて彼らの両親がきちんとしつけない→ギャーギャーわめく→私げんなり、という構図なので、子どもは敵と思ってませんよ。これがわかってきた最近はね。

最近気になることがあります。

今月はクラスがないので平日保育所があいてる時間にも部屋にいることがよくあります。子どもたちは家族にバイクやオート、車で送ってきてもらうのですが。

ここに到着した瞬間に泣き出す子どもが、めちゃくちゃ多いんです。

エンジンが止まる。「…わぁぁっぁぁっぁああああああああああああああああん」

これって、普通なんでしょうか。保育所に勤めている友人に一度聞かなくちゃと思っています。

保育所についたとたんに泣くってことは、もちろんお父さんやお母さんと離れるのがいやってのもあると思うんだけど、保育所がイヤってこともあるんじゃないでしょうか。すぐに保母さんが出てきてよしよし、となだめるんですけどね。毎日ついたら泣く場所に毎日連れて行かれる子どもは、どう感じるんだろうと思います。

あと、保育所の営業時間(?)中も泣いてる子がたくさんいます。なんでかはわからないけど、ぎゃぁぎゃぁ泣いてるのに保母さんたち何やってんだろうと思っちゃう。これも普通なの?


こんな感じで調査してますよ

さて。私の修士論文についてです。

いろいろ書きたいことはあるのですが、時間がなかなかないので少しずつお話しようと思います。

ずばりテーマは「流水域開発のガイドライン・マニュアルの効果について」です。

さっぱりわかんないですよね笑

ということでまずは流水域開発から。ものすごくシンプルに説明します。


流水域を説明するのによく比較される葉っぱ

この1枚の葉っぱを山から谷を含んだ土地と考えてください。

緑のラインが山のライン。このラインに囲まれたエリアを流水域といいます。雨が降ったら水がこのラインの内側に流れていきます。この緑のラインの外降る雨はこの流水域の外に流れていく。だから流水域の区域わけは水の流れで決まってきます。

黒い矢印が示すように、水はオレンジと青のラインを伝って谷に流れ込みます。オレンジのラインは細くて小さい水の流れ道。青のラインはメインのラインで、オレンジラインの水が流れ込みます。

この水が最終的にたどり着くのが赤い丸で囲まれたポイント。場所によって、この赤丸ポイントで大きな川だったり池に水が流れていきます。


流水域開発、というのは、この流水域エリアの開発をすること。内容は大きく分けて二つあって、一つはこの流水域の土地や水の流れ道を整備して水と土を保全すること、もう一つはこの保全活動を効果的にするために人材育成など幅広い活動をすることです。

たとえば、以前にポストしたチェックダムというのは水の流れ道に建設して、雨水や表土(作物を育てるのに大切な栄養分がたっぷり含まれている)が雨ですぐに流れるのを防ぐ役目があります。この水と土の保全活動にはチェックダムのようにコンクリートを使ったガッシリしたもののほか、ただ土地をさくっと掘っただけのものもあります。詳細はまた今度。

人材育成には、女性たちのグループ(SHG: Self Help Group、自助努力グループ)を作って共同の銀行口座を作ったり、有機農業を普及したり、子どもたちに環境のことを学んでもらったりと、団体によって実にさまざまなとりくみをしています。


私がこの流水域開発という事業に出会ったのは、初めてインドに来たときでした。私が当時所属していた東京の団体はJICAの支援を受けて、インドのNGO(パートナー団体と言います)MYRADAと共にカルナータカ州で流水域開発事業をしていました。

MYRADAは流水域開発にかけてはかなり経験のある団体で、私は事業の内容をぼんやりとしか理解していなかったけど、「なんかこれって、すごい」と思いました。

もともと、途上国の水問題については昔っからガールスカウト活動などで学んでいて、温暖化もあいまって今途上国のあちこちで深刻な水不足が大問題になっているというのは知っていました。それが、途上国の収入のメインになっている農業に大打撃を与えていることも。でもじゃぁ水問題どーすんだ、という解決策については正直何も知りませんでした。だから、水と土を保全して、農業を復興して、なおかつ人材育成をして事業地の人びとの生活水準を全体的に改善する、というこの壮大な事業・コンセプトに惹かれたのです。

このあと、3回目のインド訪問で滞在したCIRHEP(私が入り浸っているNilakottaiの団体)で再度流水域開発事業を見学し、MYRADAとは少し違ったアプローチをしつつ、結果をしっかり出している彼らの活動を見て、もっともっとこの開発事業について学びたい!と思ったのです。

というわけで、2010年に3ヶ月のインターンシップをCIRHEPでやったんですね。以前のポストで流水域開発を含めたCIRHEPの5つのメイン事業について勉強させてもらったと書いてますが、実は5つとも、包括的流水域開発事業の一部なのです。

このインターンシップは、実は大学院留学を見越してやったものでした。このころまでに「インドの大学院に留学して流水域開発について研究をしたい」と考えていたので、その前に実地に滞在して実際のプロジェクトについて知識を蓄えておきたかったのです。

その後、ご存知の通り(?)私はインド行き奨学金をいただくことになり、CIRHEPに近いうちの大学院に受け入れてもらえることになり、ありがたやありがたや、とインドにやってきたわけです。

ここのシステムは2年間の大学院生活で最後の学期しか論文に費やせないので、流水域開発研究のためにはるばるやってきたもののビジネスマネジメントなんか勉強してたりして、(ぶっちゃけ)たまに自分がここに来た理由を見失いかけたこともあります。

しかし、その最終学期に入り、今月の頭からいろんな団体で流水域開発事業のもたらした効果について勉強させてもらって、本当に、心から、うれしく思っています。奨学金スポンサーにも今になって大感謝です。また、流水域開発に関わっているNGOスタッフたちのアツい想いを聞くと、インドのNGOってすごい(でも政府はへっぽこ!)と強く感じます。


と、いうことでこれが私の修士論文の内容のイントロです。

わかりづらかったら(つまんなかったら)ごめんなさい。でもこれが私のものすごーく興味のある分野なんです。


2012年12月7日金曜日

Vacation for Elephants 意味なし

おはよウナギ。


SHG(自助努力グループ)メンバーの女性たち

ひさしぶりに会ったクラスメートに

「ミワが帰国するころは骨だけになってるわね」

と言われました。そんなにやせこけてません。

日本からの救援物資を毎日おいしくいただいています。スパゲッティなんかソース適当だったけど食べて感動したよ。体も喜んでるのを感じます。


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具合を悪くしている間に新聞で読んだ話。

あちこちでなんとなく書いているかもしれないけど、私は「動物を見世物にする」ということに反対しています。動物園、水族館、イルカショーとかサーカスなんて特にそう。動物園なんかは動物を保護する目的でめっずらしー動物なんか飼育していることもあるけれど。なんにしろ、動物には毎日じろじろ見られることが苦痛なんじゃないかと(勝手に)思っているのです。

インドでは大きなお寺にはゾウさんがいます。お祭りのときにハデに体中にペイントを塗ったりおみこしを運んだりといろいろ役割はあるようなのですが、私にはどうもしっくりきません。ヒトがやればいいんじゃないか、と。まぁ文化なので仕方ないのでしょうが。でもどうしても許せないのが、参拝客観光客が小銭をゾウさんに差し出して、ゾウさんが鼻で頭にぽんと触れるというもの。ご利益があるのかなんだか知らないけど、こうやってゾウさんが働かされて小銭稼ぎをさせられているのを見るのはとても辛いのです。はじめて見たときはおぉと私も思ってやったので、私も前科もち。でも今はどうしても許せません。

それと、マイソール観光のときにちらっと書きましたが、観光地ではゾウさんの背中に観光客をのっけてそこらへんをぐるっとひと回りというのがあります。これもゾウさんやラクダさんが酷使されているのが明らかです(ひざは傷だらけ←たぶん係の人間が何かでたたいている、暑い中立ちっぱなし)。実はパレスで私わんわん泣いてました。クラスメートびっくり。

ということで動物、特にゾウさんはインドで大変な扱いを受けているのです。ゾウさんがどう思ってるかはわからないですよ。ヒトとのふれあいを楽しんだりする子もいるかもしれないし。でも、ゾウってすごく頭がいいじゃないですか(戦時中の日本の動物園のゾウさんの話、ありますよね)。だから、こんなのバカバカしいって思ってる子もたくさんいるんじゃないかと私は思うのです。


で。

最近新聞で読んで知ったのですが、お寺のゾウさんたちにはVacationがあるようなのです。

たぶん州政府がスポンサーとなっているプログラムで、48日間ゾウさんたちにRejuvenation(元気回復)を提供するというもの。

栄養価を考えた食事、適度な運動、水あび、などゾウさんの健康を考えたプログラムが組まれ、担当のスタッフは特別なトレーニングを受け、とかなり準備もしっかりやっていたようす。

結局ヒトの監視下におかれるわけだけど、棒でつっつかれたり子どもの頭をぽんぽんしなくていい48日間。酷使されているゾウさんにとってはホントにいい休暇になる。

と、思っていたら。

なんとこのRejuvenation Campに来たゾウさんが亡くなったのです。

記事では「キャンプがはじまる数時間前に亡くなった」と責任逃れをしているような書き方でしたが、完全にスタッフの責任。

このキャンプのためにこのゾウさんはトラックで13時間もかけて移動してきました。この間もちろん立ちっぱなしですよ。。。やっとこさキャンプの会場について、夕方水を飲むために近くの川へ。ヒザをついてしばらく水を飲んでいました。しばらく、というのがなんと2時間です。つきそっていたスタッフは「水が気持ちいいのでずっと浸かってるのだと思った」とアホなことを言っています。

実は、この老いたゾウさん(55歳以上だとか)、老いと疲労で立ち上がれなかったそうなのです…。しばらくしてスタッフが立たないんじゃなくて立てないんだと気がつきましたが、
大きなゾウさんを立たせるのはヒトにはムリ。最後にゾウさんは脇に倒れこんでしまいました。

大きなゾウさんをクレーンで運んで獣医が手当てに奮闘しましたが、手遅れ。元気回復どころかこのゾウさんBhavaniは亡くなってしまいました。

もう、ゾウさんのことを思ってやるんだったらしみじみやってよ!

としか言えません。(しみじみ=マジメ、の茨城弁)意味なし!

これってインドでよくある"The idea is good, but the implementation is not good"(アイディアはいいけどいざ実行しようとするとてんでダメ)という状況です。



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今日も調査に出かけてきます。外にいることが多くなって太陽さんにがっつり当たっています。今月だけは高校のクラスメートMちゃんを見習って健康的に日焼けしようと思っていますが、やっぱり皮膚が痛い。

日本に帰るころは黒々してるかもしれません。



2012年12月4日火曜日

病み上がり! Beans

こんばんワニ。


ついにはじまった
最終学期

(え?期末テストのあとの休み?
そんなもんないない。2日3日あればラッキー)


初日から
修士論文の調査。

訪問先:Gandhigram Trust
(うちの大学の親団体。。。)


めちゃくちゃ疲れたので写真のみ紹介笑


チェックダム

…水をせきとめるものです


豆。どちらも食べられる

農家の方の豆園(畑?じゃないよな)

これを袋にいっぱいもらった(おみやげ)
→今日の夜ご飯に変貌。


Jさん 奥さん

3時間ほどおつきあいいただいた農家のおじさん。

すごく気さくでたまに英語がぽろっと出る人でした。

すごくやさしかった。

奥さまも笑顔が超キュート。



…わかってます。

ブログのどこにも
まだ修士論文のテーマ書いてないと思います。

(むか~し書いたかも)

もうちょっと
自分の行き先が見えてから、
もっと詳しくご紹介しますね。


今日はどっちかっていうと
自分が外出できるほど回復したと
主張したかった笑



2012年12月1日土曜日

For the past few days...(2) テンテキ



薬やらビタミンやら


インドにいると日本のことがもっとよくわかってくる。

というか、日本で「できること」がどれだけありがたいかということ。

それをいつも当たり前のこととして生活してきた自分。

同じものをインドで期待するのは間違っている。いつもそれは自分に言い聞かせてる。

停電ばかりなこととか、何もかも時間通りに始まらないこととか、教授が来ないこととか、食堂が汚いこととか。

何でこれができないんだろうとは思うけれど、仕方ない、妥協する、そう考えるしかないことはたくさんある。いちいち日本のようにことがすすむように願っていたら何もはじまらない。

だけど。

自分の体に関しては、日本にいるのと同じくらいのケアをしたい。

今週になってそう思った。自分の体は守らなくちゃと思った。




前回のポストで、コーヒーを飲んで最後の筆記試験を受けた私。

実はその日お腹の調子は最悪で、テスト中にトイレに行きたくなったらどうしよう、時間ロスすると思ったけど、なんとかこれは終了。これが火曜日。


水曜日、翌日のヨガの試験の資料集めをしているときに、自分の体の変化に気がついた。

のどがかわいて、かわいて、仕方ない。水を飲んでもすぐ、のどがかわく。飲んでるのに、トイレにも行かない。

目がぼぉっとして、勉強に集中できない。あきらめて寝ることにする。

でものどがかわいて眠れない。何度も起きて水を飲む。何度も何度も何度も。

こりゃ、ゲリのせいで脱水症状になったなと思う。


木曜日。着替えるときにかなりやせたことに気がついてビビる。

あまり勉強もできなかったヨガの筆記試験も4問(!)のみという内容で、とても体がだるかったのだけど30分で終了。

また病院に行きたくないけど、点滴してもらったら気分がよくなるかもと思い、またマニプーリシスター(妹)につきそってもらう。が。

先週の土曜日にウィルス性の熱だと再度診断してもらったKasturbaに行く。看護婦にひと通り説明して医師を待つ。

前回私は3人の医師と話をしている。
ひとり目:おばあちゃん→血液検査と尿検査をするように指示(そのあといなくなる)
ふたり目:有名なおばあちゃん→検査結果を見て腸チフスかもしれないから専門の医師と話をするように指示
3人目:おっさん→腸チフスじゃなくてただのウィルス性の熱だと診断

私がこの日面会したのはやはりひとり目のおばあちゃん。私のカルテ(といっても小さな紙切れに前回の記録が書いてあるもの)をひと通り見て、

「あなたは腸チフスね」

「いえ、専門の先生(名前知らない)は違うとおっしゃいました」

「でも結果がそうなのよ」

「いえ、先生が違うと言ったんです。今日はそのことではなくて脱水症状の相談に来たんです」

「ゲリの脱水症状なら水分をたくさんとりなさい。ココナッツ水、バダムミルク(アーモンド味のミルク)がいいから、今すぐ買いなさい」

コミュニケーションが皆無なのがわかりますか。

まず、土曜日の私の最終診断結果(ウィルス性熱)がシェアされてない。紙切れに書いてないんでしょうか。

そして、看護婦に説明したことが伝わってない。

この人じゃらちがあかないと思ってスーパーおばあちゃんを待つ。

おばあちゃんに専門の先生がウィルス性の熱だと言ったから腸チフスではない。今日はそのことではなくて脱水症状で困っているから来たと言うと、横からひとり目が

「患者が希望しているからといって医師が点滴をするわけじゃない」

…いや、まぁ、そうでしょうけどね。くみとってもいいんじゃないでしょうか。希望、なんだから。

結局スーパーおばあちゃんも私が腸チフスではないことが信じられないようで、ただ水分をとれと。それに、また専門の医師に会えと言う。この医師が来るのは何時間もあとなので待ってられない。

ORS(Oral Rehydration Salt)という塩分入ったポカリみたいな粉とビタミンが処方される。

体重測ったら、絶対土曜日より減ってるはず。そしたらことの重大さもわかってもらえたかもしれないのに。話は全然聞いてもらえないし、ただ水分取れ、オンリー。

がっかりして、別のところに行く。政府運営のPrimary Health Center。前回マニプールの子もここで点滴を受けたそう。

昼食休憩の時間だったけど、ぐったりしてる私を見て、看護婦が入りなさいと言ってくれる。ひと通り質問をして、すぐに点滴。あっさり。

ぶっとい針から水分が入っていくのをみて、なんてありがたいんだろうと思う。

あと、こっそり、前回点滴してもらったのは…だったなぁと苦笑いする。

ここで、ゲリの薬と、抗生物質の薬も処方してもらう。医師のひとりがうちの寮のひとだったらしいけどさっぱり気がつかなかった!

で、この抗生物質。Ciproと通称呼ばれるそうですが(Ciprofloxacin Hydrochlororide)、Paracetamol同様これも強い薬でした。Paracetamolと同じ作用がありました。


で、どうしよう。こんなんじゃだめだ。ということで、翌日最後の頼みの綱、DindigulのSt. Joseph Hospitalに連れていってもらいました。ここはマニプーリシスター(姉)がやっぱりウィルス性の熱のひどい症状で苦しんでいたときに、Kasturba、City Hospital(Hが入院していたところ)でろくな治療をしてもらえず、最後にオートドライバーSが連れて行ったところだそう。私立の病院なので料金が高いけれど質のよいケアをしてくれたと彼女は絶賛してました。

でも、まぁ、外来は普通でした。患者はずっと待たされて、明らかに具合がかなり悪い人が床であちこちにねころがってる。腰の悪そうなおばあちゃんが立って待たされる。看護婦は急がしそうでいつもまゆがつりあがっている。受付まで昼の休憩時間あり。なんだそりゃ。。。

この日も血液検査と尿検査。結果出るまで3時間くらい?一緒に来てくれた妹とイトコに申し訳なく感じながらぼーっと待つ。

やっぱり血液尿共に問題なし。ウィルス性の熱。あぁ、そうですか。




ということでこの1ヶ月3回も採血しました。もったいない。献血できたらどんなによかったでしょうねぇ。

このウィルス性の熱、どんだけ長引くのかわからないですが、もう腹くくりました。あきらめて治療するしかない。あぁ、病気にかかった自分はキライ。

でも、患者の話を聞かない医師はもーっとキライ。